彼と僕のエトセトラ

真昼でも薄暗い部屋だった。

部屋の電気をつける彼を僕は見たことがない。ただ僕も電気をつける気にはならなくて、いつもその部屋は薄暗かった。カーテンも閉じているから、陽の光すらも部屋に入らない。明るい色のカーテンだったが、いわゆる遮光カーテンというやつで、日の光は部屋を明るくするには心もとなかった。薄暗い部屋で2人ソファーに寄り添うように座っていると、世界に二人きりしかいないような気がしてひどく落ち着いた。白い革のソファーは何年も前に買ったもので、使い古してボロボロになっていたけれど、それでも僕は構わなかった。僕たちはそれでも構わないと、そう思っていた。

彼と僕は同じ大学で同じ家に住んではいたけれど、大学ではほとんど話したことがなかった。彼はお世辞にも明るいとは言えない人だったけれど、彼の周りには沢山人がいたし、僕がその周りに入れるとは欠片も思わなかった。人に囲まれて穏やかな笑みを浮かべている彼を、後ろからぼんやりと眺めるのが僕の常で、それで満足していた。正確には満足するようにしていた。高望みをしてはいけないと自分に言い聞かせた。

残念なことに、彼が僕に話しかけてくる頻度は、最初の頃は多かった。僕がつっけんどんな態度をとっても彼は変わらず、にこやかに此方に接してくる。いつも大学で彼の周りにいるその他大勢と全く同じような態度に、僕がイラついていることも知りもしない。柔和な微笑みがどれだけ僕の琴線に触れているのか、きっと彼は一生知ることもないだろう。そのうち僕が諦めてある程度の対応をしていると、なぜか彼が話しかけてくる頻度は減った。よくわからないと思ったが僕はそれをよしとした。それが悪かったのかもしれなかった。

「付き合ってほしい。君が好きだ。」

そう言われたのは同居して1年が経った頃。そう言われるまでに、彼の態度に変化は全くと言っていいほどなかった。ずっと、友人としての彼が居て、僕はそれに寄り添って生きているはずだったのだ。

「どうして。」

声が震える。当たり前だった。こんな時に動揺を隠しきれないのが僕の悪い所だ。けれど、こんな状況だったら誰だって、そんな風にもなるだろう。誰にするでもなく言い訳をしたくなった。僕が彼を見つめていると、彼は僕から目を逸らした。後ろめたさだろうか、罪悪感だろうか。

「ごめん。」

彼はそういったきりだった。僕はひどく傷ついて、けれど、このままにはしておけないこともわかっていた。言葉を返さなければいけない。肯定か否定の二つに一つしかない答えは、ひどく曖昧に生きてきた僕には鉛のように重く、トゲのように鋭かった。どちらを吐くのも、僕には難しすぎた。

せめて彼が傷つかない方を選んであげよう。そう思ったのは、僕のエゴだったのかもしれない。僕の答えに彼は、緩やかに笑った。なんとなく彼の以前の笑みとは違うような気がしたけれど、昔の彼の笑みなんて欠片も思い出せなかった。僕も諦めて笑った。

そして同居から同棲になった生活を、僕らは曖昧に続けている。いつか来る終わりを信じているのかもしれないし、永遠に終わらないでくれと思っているのかもしれなかった。もう、知る由もない。

電気のついた明るい部屋で、僕たちは二人、黒い革のソファで、寄り添うように生きていた。

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