植物人間
君が事故にあったのは何年も前の事。
君は優しくて美形で運動もできて勉強も出来て、完璧という言葉があまりにも似合う人だった。
人の話に耳を傾けることも面白い話をすることも得意なものだから、君を嫌う人なんてごく少数。それも単なる妬みつらみに過ぎない。そんな君を好きになることなんて当たり前だった。君はなぜか自分のことを友人だと思ってくれているようで、ともに帰路を歩くだとか同じ部活に入るだとか遊びに行くだとか、友人らしい事は一通りしたように思う。
君が事故にあったのは、いつものように二人で歩いていた学校の帰り道。突っ込んできたトラックに、運悪く彼が引かれてしまった。
何年も経って、君はずっと生きている。息をしている。歩くことも喋ることも動くこともないまま、呼吸器に繋がれて生きていた。
「大学生になったよ。僕は君と違ってあんまり人付き合いが上手くないけど、友人ができたらいいな。」
今日も僕は彼に語りかける。彼からの返事は期待するだけ無駄だ。返ってくる答えなどないと知りながら、それでも話をしてしまうのは僕のエゴ。僕の言葉が彼の耳に届くはずはなくても、ただ聞いてほしかった。というよりは、話したかっただけなのかもしれないけれど。
彼が植物になって、彼を見限る人間は多かった。彼の親でさえ彼を見捨てた。もう二度と目覚めない彼を、臓器にしようとしたのだ。
今も彼がこうやって息をしているのは、僕がそうしたかったから。彼の親に頭を下げて、僕は彼の医療費を支払い続けている。
「今日は新しい友達ができたんだ。同じサークルの人なんだけど、おんなじゲームが好きで。結構話が弾んでさ。」
僕は今日も今日とて彼に話を続ける。彼は答えない。二度と答えてはくれない。それでよかった。その方が、都合が良かった。
共に歩いた帰り道、彼は僕にこっそり教えてくれた。
「実は今日、告白したんだ。緊張したけど、オッケーもらえた。」
耳元で低く聞こえる彼の声に鳥肌が立った。背中に走る悪寒が嫌で厭でたまらない。
その瞬間に僕は、世界を捨てることに決めた。
僕は走り出して、目の前の赤い信号に飛び込む。トラックが見えて、心が安らかになったあの瞬間を、今でもはっきりと思い出せる。衝撃に耐えるように目を瞑ると、何かに横から突き飛ばされる感覚がして、僕は歩道に倒れこんだのだ。
目を開けると、彼の赤い血が道路に流れるのが見えた。誰かの叫びも何もかもが遠くて、僕は知らぬ間に笑みを作っていたのだった。
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