それでも恋だと確かに言えるか

ずっと地獄に落ちればいいと思っていた。勿論自分に対してである。自分のような人間に生きている価値を見出すなんていくら聖人でも無理だろう。ましてや愚者である自分は以ての外だ。

「だからって、何も死ぬことはないんじゃないのかい。」

上から声が聞こえた。顔を天井の方に向けると、こちらを覗き込んでいる彼の真っ黒な瞳と視線がかち合う。僕は眉を寄せた。自分からは見られないが、きっと眉間にはしわが寄っていることだろう。

「なに、お前。僕が自殺するとでも思ってるの。」

とりあえず適当に彼へ返答を返しておく。彼に僕の思想を話したことはない。

話す気もない。彼が僕に興味を持っていないことは知っていた。彼はただ、僕に会うたびに何とはなしに話しかけてくるだけなのだ。

「まさか。君は自殺するような人間じゃないさ。君なら大丈夫だよ。」

「…………。」

その言葉には根拠も確信も無いはずなのに、何故か安心感を覚えるのは何故だろうか。

彼といる時だけは心が落ち着くのだ。いつも耳障りで仕方がないはずのに、同時に彼の声が心地よく感じるのはどうしてなのか。

自分でもよくわからない感情を抱えながら、僕はゆっくりと目を閉じる。瞼の裏に浮かんだのは、いつか見た彼女の笑顔だった。


『あぁ、本当に幸せ!』

『こんな日が来るなんて思わなかったわ!あなたのおかげよ。』

『ありがとう。大好きよ、愛してるわ!』


彼女は笑っていた。屈託のない笑みを浮かべていた。それはまるで天使のように美しく、無垢であった。


彼の男性にしては高いソプラノは、彼女の声によく似ていた。それがなんとも不快で仕方がなかった。


「……ねえ。」

ふと思いついたことを尋ねようと口を開く。彼はそれに首を傾げながら返事をした。

「うん?」

「お前さ、好きな人とかいないわけ。」

唐突に投げかけられた質問に、彼は少し驚いたように目を瞬かせた。そして数秒ほど考え込むそぶりを見せると、やがて苦笑いしながら答えた。

「……いるけどね。でも多分、君とは違うかな。」

「……あっそう。」

自分から聞いたくせに、興味の無いふりをして答えた。本当は心臓が止まるくらい動揺していたのだが、彼に悟られるのはなんだか嫌だったので必死に取り繕った。

違う、違うのだ。だって彼女は死んだはずだ。もうこの世にはいないはずなのだ。それなのになぜ、あの時の彼女と同じ顔で笑うのか。

一体何が違うというのか。もう分からなかった。

「なぁ、神様って信じる?」

僕はまた唐突に聞いた。彼はいつも、僕がどんなに突飛な、あるいは急な話をしても、嫌な顔ひとつせずに返事を返してくれる。

「う~ん。まぁ…。君が信じるなら、居るよ。」

また彼女と同じ答え。嫌になった。同時になんだか希望も見えたような気がして、やっぱり嫌になった。

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