第1話、反逆者の少女と怒りの化身

 異世界に召喚しょうかんされてからその先、俺達は殉教じゅんきょうという名目の許に背教者の殲滅を繰り返していた。俺達が神にめいじられたのは信仰を広め、背教者を滅ぼす事。それに淡々と準じる日々。

 俺も幼馴染の二人も、そんな日々に疑問すらはさまない。そして、そんな俺達を神殿の者達は神の使徒としてうやまってきた。

 信仰を広め、広め、広め。背教者を滅ぼし、滅ぼし、滅ぼした。その先に待っているものが一体何なのかすら考える事もせず、俺達は従順じゅうじゅんに神の命令を遂行する。果たしてそれがただしいのか?そんな疑問すら挟まずに。

 そして、そんなある日のこと。俺は一人の少女と相対あいたいしていた。

 その少女は背教者として活動かつどうしていた一人だ。むろん、それを神が許す筈がない。

 すぐに俺がつかわされ、その日も背教者の一人として少女を始末しまつする筈だった。その筈だったのだが……

「……ねえ、貴方は本当にそれでいの?」

「…………私は神の使徒しと、神の名のもとに滅びろ背教者」

「……ごめんね、辛かったよね。今すぐ解放かいほうしてあげるからね」

 俺は、神の使徒として少女に剣をりかざす。だが、少女はそれをけようともせずそのまま剣を受ける。当然、少女の肩に剣がい込み……

 食い、込み……

「…………?」

 何故か、俺は少女に剣を振り下ろせなかった。振り下ろそうとする剣を、俺は必死に抵抗ていこうしている。何故?どうして俺は神のてきを前にして、少女一人を切れずにいるのだろうか?

 そんな俺を前に、少女は俺のほおに手を伸ばす。俺の、雫でれた頬に。

「ごめんなさい、貴方あなたを苦しませて。つらかったよね。悲しかったよね。大丈夫、貴方を今すぐに解放かいほうしてあげるから」

 そうして、少女はおもむろに俺の顔に自身の顔を近付けて……

「…………っ⁉」

「んっ……」

 俺は、少女にキスをされていた。何故なぜ、どうして?今まで一切感じる事もなかった疑問が、今更一気にき出てくる。

 手に持っていた剣が、からんと音を立ててちる。少女を突き放そうと抵抗しようとするが、少女がそれをゆるさない。少女の甘い香りが、俺の鼻孔をくすぐる。いや、それ以上に俺を驚かせたのは俺の中にある何かがこわされていく事。

 少女のキスにより、俺の内にある神の支配しはいが壊されてゆく。

 少女が俺の口をついばむ音が、俺の耳に届く。それが、俺ののうを甘くとろかして。

 そのまま、俺の意識を暗転あんてんさせた。

「ごめんなさい、貴方を此処までくるしませて……本当に、ごめんなさい」

 最後に、そんな声がこえてきた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 の海だ。周囲は火の海に囲まれている。周囲は純粋な暴力ぼうりょくにより成された破壊が広がっていた。そんな火の海の中心ちゅうしんに、俺ともう一人が立っていた。

 そう、此処ここにはもう一人居る。俺以外にもう一人、燃えるような赤い髪と瞳をした黒衣の魔人まじん。彼は俺に笑い掛けている。いや、その口元こそ笑ってはいるがその目は一切笑っていない。

 むしろ、その瞳はこらえ切れないいかりに満ちていた。その顔は、憤怒ふんぬの相。

「よう、ずいぶんとまあ神に弄ばれたようだな?」

「……お前は、誰だ?」

「俺の名はサタン。憤怒の悪魔あくま、サタンだ」

 悪魔、彼は自身の事を悪魔と名乗なのった。そして、サタンと……

 サタンとは、神の敵対者てきたいしゃである悪魔の代名詞だ。だが、そんな悪魔を前に俺は一切恐怖していなかった。むしろ、俺のこころにあるのは純粋な怒り。極限まで余分なものが削ぎ落とされた怒りのみが満たしていた。

 ああ、そうだ。今俺は怒っているのだろう。神に弄ばれた、神に全てをうばわれた俺達の境遇に怒りを覚えているのだ。

 大切なものを奪われたと、俺は怒っているんだ。

「……そうだ、お前は今怒っている。自分達を弄んだ、自分達から全てをうばった神に怒りを抱いているんだ。そのいかりは至極正しい」

「…………お前は、俺にどうして欲しいんだ?俺に怒りを自覚じかくさせて何が目的だ?」

「何も?俺はただ、お前がその怒りをどうるうのかを見届みとどけるだけさ」

「怒り……?」

「そう、お前は今怒っている。その極限の怒りをお前はどうあつかうのか?俺の目的はそれだけだ」

「……………………」

「さあ、お前はその怒りをどう扱う?」

 憤怒の悪魔は、俺に手を差しべた。その形相かおは、相変わらず怒りに満ちている。口元のみ笑ったまま、憤怒の相をかたどっている。

 俺は、そんな憤怒の魔人を前にその手をった。

「俺は、神に全てを奪われた。だったら全てを取り返すだけだ」

「そうか、だがお前はまだ未熟みじゅくだ。神には到底とうていかなわない」

「なら、俺は手を伸ばす。何処までも、全てを取り戻す為に突きすすもう」

「良いだろう、ならばお前は俺の同胞どうほうを探し出せ。世界に散らばった俺の同胞を探し出して神をち果たせ」

 瞬間、俺の中にサタンは吸収きゅうしゅうされた。俺の中に力が満ちてくる。それは、怒りという名の純粋な暴力だ。純粋無垢なちからそのものだ。

 怒りは行き過ぎれば全てを破壊する。そういう事なのだろう。

「なら、俺はその怒りを制御せいぎょしよう。そして、その力をって神を討ち果たす」

 俺は、此処に一つ宣言せんげんした。

 ・・・ ・・・ ・・・

 其処は、神殿のベッドの上だった。どうやら俺は神殿に運び込まれてねむっていたらしい。傍の椅子には幼馴染おさななじみのオトメが座っている。

 オトメは神の使徒としての衣服を身にまとい、腰には剣をしている。そして、その表情は何処までも無表情むひょうじょうだった。

「……オトメ、か」

「……目を覚ましたか。なら、私は背教者の殲滅せんめつに向かう」

 そう言って、立ち去ろうとするオトメ。その背中に、俺は声を掛ける。

「なあ、俺達は本当にただしいのかな。神の名の許に、背教者を粛清しゅくせいして」

「……何が言いたい?」

「別に。ただ、お前の意見いけんが聞きたい」

「……私はただ、神のちからでしかない。我らは神の使徒しとなのだから。我らに自由意志など不要ふようだ」

「そうか、すまない……」

「では、私は行くぞ」

 そう言って、今度こそオトメは去っていった。その背中せなかを見て、俺は確信する。

 オトメの去った部屋で、俺は一人溜息をいた。

「……俺は、オトメの事がんだ」

 そう、オトメの事が好きだった。だったんだ。

 オトメのさりげない仕種しぐさが好きだった。セクハラまがいの発言をされ、照れて真っ赤になるのが好きだった。そして、何よりもオトメの笑顔えがおが大好きだった。

 全ては今となっては過去かこのものだ。そう、全ては神に奪われてしまった。

「今のオトメは、大嫌だいきらいだ……」

 俺は、心からにくしみの言葉を吐き出した。全てを奪われた。全てを失った。今の彼女は俺の大好きだった彼女ではない。今の彼女オトメは大嫌いだ。

 ああ、だからこそ俺は全てを取り戻す。奪われたものは取り返さねばなるまい。

 神を殺す。ち果たす。

 その為ならば、俺は全てのあくを背負っても構わない……

「だが、その為にはまずやらなければならない事があるよな」

 俺を神の支配からき放ってくれたあの少女。彼女に会わねばならない。

 彼女と会って、彼女の真意しんいを問い質そう。そして、その意思が俺と合致するなら共に行こう。神を討つ為のたびへと……

 そう思い、俺はそっとベッドからりた。

 ベッドのそばには剣が立てかけられている。その剣は、俺が今まで背教者を斬ってきた剣だ。本来、俺としてはむべきものだろう。だが……

 俺はその剣を躊躇ためらう事無く手に取った。

 この剣は、俺自身のつみの証。なら、俺はその罪とともに歩もう。

 そして、今まで俺が背負ってきた罪のにがさや苦しさを倍にして神に返す。俺が今まで神によって味わわされた苦痛の全てを、あの悪辣あくらつな神にも味わわせるんだ。

「もう、俺は神になんてしたがわない。俺は俺だ……」

 そう、俺は俺だ。俺は自分自身として、此処ここに立つんだ。

 その意思を以って、俺は部屋を飛び出した。

 向かうべきはオトメの向かった先。その先にきっと、彼女は居る筈だ。

 そうしんじて……

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