第11話 フュースの困惑
「その期待に応えるべく、私たちが中心となって魔族領への遠征軍を発し、魔王、そして魔族自体を根絶やしにしたいと考えています」
アレンが意気軒昂と言い放ち、沈黙の空気が流れる。
--ちょっと待ってよ、王子さま。その『私たち』に私は入っていないでしょうね?!
ローラは気が滅入りそうになりながらクラスメイトたちの顔を見回す。貴族組はアレンを頼もしそうに見ている。そもそも彼らは側近候補と婚約者候補たちだ。アレンに心酔していてもおかしくはない。
--心酔しても構わないのだけど……。「ハイかイエス」だけ言ってれば良いって訳じゃないと思うのよね……。この子はどうかしら?
ローラは隣に座るヴェールを被った少女を見る。
--え?! 魔族を根絶やし? 本気だったの? 勇者さまは隠居され、大戦時ほどの力は既にないし、大賢者ゼニスさまはお亡くなりになられた……。勇者さまと大賢者さまの後継者は未だ現れていないのに……。
フュースはアンナたちとは違い、フレイアージュから大賢者ゼニスが存命であることを聞かされていない。このため、勇者と大賢者が欠けた状態で魔族と事を構えることに不安を感じている。
勇者とは、『世界を災厄から守るための力を魂に刻まれた者』である。誰が勇者の魂に力を刻み込んだかについては諸説あるが、一般的には神王ゼウス、海王ポセイドン、黄金龍アルハザード、妖精王ニヴィアンの
勇者は魔王が世界を支配せんとする時に必ず現れるので、『災厄』とは魔王リュツィフェールの事とされている。『真なる王』の
これに対して大賢者とは、『古の大賢者アルネ・サクヌッセンム又はサクヌッセンムから啓示を受けた者』である。大賢者アルネ・サクヌッセンムは世界創造に関わった者たちの一人または協力者とされる、人であるとも神であるともいわれる存在だ。
大賢者もまた魔王が世界を支配せんとする時に現れる。特筆すべきは二百年近く前の『真魔大戦』であり、この大戦にはサクヌッセンム自ら顕現し、邪悪龍ヴァデュグリィと冥王の封印に尽力している。そして、先の大戦である『
--魔族との戦いには勇者さまと大賢者さまが必要だということは歴史が示している通りなのに……。でも、あの自信は……?
フュースはアレンの自身ありげな様子に何かあるのかも知れないという気がしてきた。
--まさか、今代の勇者さまと大賢者さまが現れたの? それなら……!
フュースは一つの可能性が頭に浮かび、それならアレンに賛同しても良いのかも知れないと思った。
しかし。
--でも、全くの犠牲なしに魔王を倒し、魔族を根絶やしにできる訳がない……。郷の皆が死ぬかも知れない。先の大戦でも多くの剣姫たちが冥府に旅立ってしまった……。
フュースは次代の首領として、郷の者たちを死地に送るようなことはしたくはない。故に『魔王が軍を発した時には防衛戦のみに参加せよ』という『剣姫の郷』の掟に従うつもりだ。
--ただ……、私が『フリュースティ』であることで掟を破棄し、魔族領への遠征に参加することを求められるかも知れない……。
『剣姫の郷』の掟は郷を開いた英雄、"大剣姫"フリュースティが定めたものだ。その名と血を受け継いだフュースが首領となった時には、里の開祖フリュースティと同一の権限があると見なされる。このため、『フリュースティが定めた掟に反する』ことを理由に遠征軍への参加要請を断ることが難しくなる。
『ならば、貴女が掟を破棄すれば良いのだ』
という反論があり得るからだ。
これは『剣姫の郷』が勝ち取った自治権を侵害するものだが、王国内の力関係、対魔族政策によっては抗い難くなる。
これまで、"大剣姫"フリュースティの再来と持て囃され期待に応えてきたが、フュースの懸念通りの事態となった場合、努力だけではどうしようもない難しい立場へと追いやられるだろう。
--この子は王子さまの言葉に困惑している……。良かった。クラス全員で「魔王を倒す!」なんて熱血やられたら堪らないもの。はぁ〜、早く一人になってオカメ面を彫りたい……。
悩むフュースを見てローラは安堵する。フュースが悩んでいることはローラからも感じ取れるが、それについて口出しするような関係になっていないのでローラは気にしないことにした。
--仲良くなれば、そのうち話してくれるでしょ。
ローラはそれをフュースの口から聞けるような気がしていたのだった。
◇◆◇
ローラたちが住むアステリア王国があるアステリア大陸から海を隔て、西方にあるザドレニア大陸に『御所』と呼ばれる建造物がある。建物からは瘴気が漏れ出ており、近隣の住民は不用意に近づこうとはしない。
その建造物の二階の廊下を額に『3』の数字が書かれ、黒と紫の布地の魔導師のローブを着たスケルトンが歩いている。二階の奥にある部屋の前で立ち止まると、恭しくドアを開け中に入る。
部屋には執務机があり、紫の法衣を着た男が座っている。その男は入室したスケルトンに声をかける。
「ホホホ。No.3、お疲れさまですねえ」
「ふぉっふぉっふぉっ。お召しにより参上致しました」
スケルトンは返事を返すが、二人の間に流れる空気は和やかなものだ。
「ホホホ。No.3、実はちょっと行ってもらいところがありましてねえ」
「--さま、ご命令とあれば何処へでも」
No.3と呼ばれたスケルトンが襟を正して答える。
「ホホホ。アナタであれば半分休暇のつもりで気楽にやってもらっても差し支えないですねえ。場所は……」
その男は一呼吸おいてからNo.3に告げる。
「アステリア王国ヘクトール冒険者学園」
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