第10話 SSSクラスへの期待

 にこやかに教室に入ってきた”水の聖女”ミストリアは教卓の前に立ち、生徒一人ひとりの顔を見る。


「皆さんは、伝統あるヘクトール冒険者学園のSSSクラスの生徒として、修練に励むことになります。皆さんへの待遇は破格のものですが、それは皆さんに対する期待に由来するものです。それを忘れないようにして頂きたいですわ」


 SSSクラスで育成する人材は、有事の際の陣頭指揮、平時の際は国の統治機構の運営を担うことを期待されている。

『冒険者を育成する学園でそれはおかしくないか』という疑問も出てくるだろうが、長年に渡る魔族との大戦や平時の魔物討伐を経験する中でこのようになっていった。魔族との大戦において野から現れる英雄たちの多くは冒険者出身であるため、冒険者たちとの連携が必要となる。彼らと連携するためには共通の土台となるものが必要である。平時においても魔物の大量発生が度々起こるため、冒険者との連携が必要なことは大戦時と変わりはない。

 このため、国の統治機構の各所に冒険者と連携が取れる人材が必要であり、それを担う人材となるべく貴族の子弟が冒険者学園に籍を置くようになっていったのだ。


ーーそういうのはどっか他のところでやって欲しいのよね……。


 ローラは少しうんざりしながら聴いている。自分を養っていけるだけの稼ぎを得て、趣味に没頭したい。魔族との大戦は100〜200年単位の周期で起こっている。前大戦は20年前だ。普通に考えればあと80年は起こらない。

 しかし--


--前大戦は魔王が軍を引いちゃったから、決着がついていないのよね……。だから、魔王がいつ攻めてくるか分からない。嫌になっちゃう。


 前大戦--混沌カオス戦争--はアステリア王国における『第二次王都攻防戦』をもって一応の終わりを迎えている。この戦いでは大賢者ゼニスが戦線離脱するという全軍の士気に関わる事態が起きたが、勇者たちを中心に持ち堪えていた。

 そのような中での魔王軍の撤退。そして、人の諸国家に対する軍事行動の停止。これによって『混沌カオス戦争』は終結したとされたが、魔王を伐っていないことから、『大戦』という呼称は前大戦においては使われていない。

 もっとも、『第二次王都攻防戦』直後に獣人族と魔族による『獣人族独立戦争』が勃発しており、これを『混沌カオス戦争』に含める学者も存在する。

 また、『混沌カオス戦争』の発端となった『無道戦役』により国を失った黒土シュパッツェボードゥン族の生き残りを『真なる王』を自称するようになった獣王が保護していると言われている。獣王の背後には策略に長けた冥王がいるため、これを『混沌カオス戦争の残り火』と呼ぶ者もいる。

 このようなことから、前大戦というと『混沌カオス戦争』を指すのだが、『混沌カオス戦争』自体には大戦という呼称を用いられておらず、更に完全に終結したとも言い難い、やや分かりにくいことになっている。

 そして、『混沌カオス戦争』後は魔王の再度侵攻に備えるべきと考える者たちと国内の安定を図るべきと考える者たちの綱引きで人の諸国家は動いている。


--期待か……。私に応えることはできるのかな……。


 フュースは重圧を感じている。『剣姫の郷』の古老の占いにより、郷を開いた英雄フリュースティの再来として、その名を授かった郷の首領フレイアージュの娘。

 周囲の期待に応えるべく、郷に伝わる『聖剣舞』を習得したが、同じく郷に伝わる『魔剣舞』は習得できていない。これは母フレイアージュも『魔剣舞』を習得したが『聖剣舞』を習得できなかったことと対称的なのだが、周囲の落胆を感じてしまった。『聖剣舞』と『魔剣舞』は郷の開祖フリュースティが編み出したものだからだ。

 しかも--


『我らに伝わりし剣舞には恐らく「更にその先」が存在する』


 という母フレイアージュの言葉。


 その時、フュースには『魔剣舞を一日も早く習得して、その先を目指せ』と言われたような気がした。


 しかし--


 --私にそんな事ができるなんて思えない……。


 その姿を見せると花が咲き誇り、鳥は歌い、蝶が舞い始めると謳われた開祖フリュースティ。母フレイアージュに遠く及ばない自分に開祖が編み出したものの『その先』に到達できるとは思えなかった。


 ローラとフュースがそれぞれ物思いに耽っていると--


「その期待に応えるべく、私たちが中心となって魔族領への遠征軍を発し、魔王、そして魔族自体を根絶やしにしたいと考えています」


 アレンが意気軒昂と言い放ったのだった……。

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