第4話 娘への想い
「おはようございます。お母様。」
ホテルのレストランの個室に入ったフュースは先にテーブルについているフレイアージュに挨拶をする。
「おはよう。よく眠れたか?」
フレイアージュはぶっきらぼうにフュースに返事をする。
『剣姫の郷』首領フレイアージュ。
『聖剣舞』を修得したフュースに対し、『魔剣舞』の『焔』を極めている。その実力は『剣姫の郷』を開いたフリュースティに最も近いと言われている。
「はい、お母様。少し緊張したせいか、寝坊してしまいました」
「そうか。入学後は寝坊しないようにな」
フュースは母親が苦手だ。『
このため、フレイアージュは魔物討伐に参加することが多く、母娘の関わりはあまりない。
フュースがテーブルについて食事が始まる。
大きな深皿になみなみと注がれた野菜スープ。厚切りの炙ったハム、小山のように盛られたパン。健啖家のフレイアージュの要望により、見た目より量が重視されている。
「フュース。食事はしっかりととれよ。」
「はい、お母様」
「夜更かしはしないようにな。」
「はい、お母様」
「勉強で分からないことがあったら、先生や友達に聞くんだぞ。」
「はい、お母様」
「お前が修得した『聖剣舞』。私が『焔』だけだが極めた『魔剣舞』。我らに伝わりし剣舞には、恐らく『更にその先』が存在する。
お前がその片鱗を垣間見ることができるか、到達できるかは分からぬ。
お前は思うがままに修練に取り組むといい」
「はい、お母様」
「それと、我が郷の掟だが…まずは目を養え。下らぬ者と情を交わさないことだ」
「はい、お母様」
--さっきから、『はい、お母様』しか言えてない。できればもっとお話ししたいのだけど…。
しかし、フレイアージュから感じる威圧感がフュースから話題を振ることを躊躇させる。
「………」
「………」
妙な沈黙が二人の間に流れる。こうして朝食は終わった。
「ご馳走様でした。それでは、時間まで部屋にいます」
フュースはそう言って立ち上がる。
「ああ。フュース、アンナに私のところに来るように言ってくれないか」
「分かりました。お母様」
フレイアージュに答えたフュースはドアを開け、部屋に戻るのであった。
◇◆◇
廊下に出たフュースは、どっと疲れを感じた。
フレイアージュから発せられる威圧感を受け流すのに気を張ったからだ。
フュースはフレイアージュから言われたことを思い出す。
【我らに伝わりし剣舞には、恐らく『更にその先』が存在する。
お前がその片鱗を垣間見ることができるか、到達できるかは分からぬ。
お前は思うがままに修練に取り組むといい。】
【我が郷の掟だが…まずは目を養え。下らぬ者と情を交わさないことだ。】
--これって、
①『更にその先』を目指せ
②目を養って、いい男がいたら子供を産め
ってことかな…。
わざわざ言い出すということは、やれと遠回しに言っているのだろう。
『剣姫の郷』開祖たるフリュースティの名を受け継ぐ身として、母フレイアージュの言葉が正しい--
そう思うとフュースは胸に重いものがのしかかっているように感じられるのであった。
◇◆◇
「失礼します」
フュースから伝言を聞いたアンナはフレイアージュのいるレストランの個室に入る。
フレイアージュはアンナに駆け寄り、アンナの両肩に手を置き、まくし立てる。
「アンナ〜! フュースのあのほっそりとした腕! 腰!
ちゃんと食べているのか? 悩み事があって、食が進んでいないのではないか?」
フレイアージュは先程のぶっきらぼうな様子と打って変わって狼狽えているようだ。
「あんなに細いんじゃ、抱きしめたら折れてしまうんじゃないか?
あんなに儚げで学園の授業についていけるのか? 野獣のような下種どもに襲われてしまうのでは……。今からでも入学を取りやめにできないか?」
--この方たちは……。
アンナはフレイアージュの様子にフュースとの血のつながりを感じてしまう。
フレイアージュはフュースに
①無理はするな
②掟のことは考えずに恋愛はゆっくりでいい
と言いたかったのだ。
フュースには逆に伝わってしまったが。
「私の娘とは思えないほどの愛らしさ! お前がそばにいるから安心できたが、お前はもう側にはいられない! 私もだ! あの愛しい娘に何かあったとしたら……私は王都を更地にしかねない!」
--この強い情愛がこのお方の強さの源泉……。しかし……。
フレイアージュは先の大戦『
仲間を決して見捨てず、その上で生還するフレイアージュは『英雄』と呼ぶに相応しい戦功を立ててみせた。
「アンナ! アンナ! どうすればいいの〜!」
なおも狼狽えるフレイアージュにアンナは
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