第3話 剣姫の郷

「ふふっ、アンナの手、だーい好き!」


 フュースは、自分の髪をかすアンナの手の動きを感じながら、鏡に映るアンナに笑顔を向ける。


 すると、アンナもフュースに微笑みを返す。

 二人の想いが通じ合っているのを感じられる時間。

 明日からはもうこんな時間を過ごせないという事実が、この時間に輝きを持たせているように思える。

 フュースは今日から寮に入ることになっており、寮にはメイドを連れて行けないからだ。


 フュースもローラ同様、ヘクトールに入学する。持ち前の身体能力でSSSクラス入りを果たした。


 フュースは『剣姫の郷』の首領フレイアージュの娘だ。

『剣姫の郷』とは、その名の通り戦いを生業にする女たちの郷で、男はいない。


『剣姫の郷』の女たちは、一定の年齢になると外に出て、恋人を作り自身が産んだ女児を連れて戻ってくる。


 あるいは、様々な理由で行き場を失った女が助けを求めて『剣姫の郷』に移り住む。


 このようにして、『剣姫の郷』は世代交代を果たしてきた。


『剣姫の郷』は遥か昔、戦乱で帰る場所を失った女たちが、当時、英雄の一人として名を馳せていたフリュースティの元に集まり、できた集落が元になっている。


 そのフリュースティの血と名を受け継ぐのがフュースなのだ。フュースとは愛称で本名はフリュースティである。


『剣姫の郷』の古老が星々を占い、郷の開祖たる英雄フリュースティの再来としてその名を授けられた少女、フュース。


 郷の者たちの期待に応え、『剣姫の郷』に伝わる『聖剣舞』を修得してみせた。更なる成長を果たすため、首領フレイアージュは娘をヘクトールで学ばせることにしたのだった。


 ◇◆◇

 フュースはアンナに制服を着せてもらう。自分でできるのだが、今、この時だけはアンナに甘えたかった。


 --もう、アンナに甘えられないのね。だから…


 制服を着せてもらったフュースは、アンナに向き直るとアンナに抱きつく。


 自分の全てを包み込んでくれるような温かさをフュースは感じる。


 これで最後、これで最後と思っても、甘えるのを止められない。卒業後は首領の娘として郷に戻り、あるいは外に出て子を宿すことを求められるだろう。


 それが嫌だとは思わないが、その時にはアンナに甘えることはできないだろう。


 アンナはフュースの頭を撫でながら、無事を祈るまじないを施す。


「フュース様。そろそろ食堂へ行きましょう。フレイアージュ様がお待ちです。」

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