第2話 両親の期待と注意

--あぁっ!温かいパン粥にトロリと溶けたチーズ!幸せ〜!


 スプーンでパン粥を口に運び、ローラは幸せな気持ちになる。


--え?うそ?半熟卵まで!嬉しい!!


 とろとろチーズと半熟卵はローラの大好物だ。それを両方一緒に食べるのはもっと好きだ。

 ところが両親は、


「ひとつひとつで美味しいんだから、そんな贅沢なことはやめなさい!」


と言い、いい顔をしない。


--それを出してくるってことは…


「ローラ、お前は晴れてヘクトールの生徒となった。俺やマーサには成し得なかったSSSクラスに入るという最高の形でだ。

 そんなお前に俺たちは期待してしまう。お前なら俺たち一族の夢を…」


--まーた、始まった…。


 ヘインズがローラに滔々と語り出したのは、ローラの一族のことだ。


 それによると、


【自分たちは"偉大なる"アル・バーニヤの子孫であり、子孫として失われた『時空魔法』を蘇らせなければならない】


というのだ。


 "偉大なる"アル・バーニヤとは、時と空間に干渉する『時空魔法』を極めた強大な魔術師で、彼の死をもって『時空魔法』は失われたとされている。


 彼に子はいなかったとされているので、自分たちがその子孫だというのは、眉唾ものなのだが、ヘインズの話によると、


【晩年妻と隠遁生活をしていたアル・バーニヤは子供を授かることができたが、難産のため妻は亡くなり、アル・バーニヤ自身も程なくして亡くなった】


ため、子はいなかったというのは間違えているらしい。


 その子供はどうなったかについては、


【親切な方が偶然通りかかり、養育を引き受けた】


らしい。


 アル・バーニヤが晩年、隠遁生活に入り、そのまま記録から消えたため、アル・バーニヤが死亡したと考える者は多い。

 隠遁生活中を始めてから子供を授かり、アル・バーニヤ夫妻が亡くなり、遺児が都合よく引き取られたという話は一族の者しか主張していない。


 --普通に考えたら嘘くさいのよね…。一番おかしいのは、アル・バーニヤの子供を引き取った『親切な方』なのよね。都合よく通りかかるとか、おかしいとは思わないの?


 ただ、一族の者たちはこれを信じ切っている。


 ローラたちの本名は、

 父ヘインズが、『アル・ヘインズール』

 母マーサは『アル・マーシリア』

 そして、ローラは『アル・グローラ』

となっている。


 --まあ、別に信じるのはいいのだけど…

 名前まで揃えるとか、やり過ぎでしょ。


 ただ、ローラの一族--ローラにとっては、一族というより、親戚と言った方がしっくりくるのだが--は、魔術師としての何らかの適性を持っている。


 ヘインズは高い魔力、マーサは魔力制御といったように。もっとも、ヘインズは魔力制御を苦手とし、マーサの魔力は魔術師の平均より少し高い程度だ。


 ローラ自身はヘインズの高い魔力とマーサの魔力制御能力を受け継いでいるため、ヘクトールの入学試験では試験官を驚かせる程の魔法を身につけている。


 --魔術師として無能な訳じゃないんだから、"偉大なる"アル・バーニヤとか、『時空魔法』とか言わなくてもいいんだけどね〜


 ローラは自身の両親・親戚がなぜこだわるか分からない。


「そして、俺はマーサに結婚を申し込んで--」


「ヘインズったら、やーねー」


--何故か『一族の悲願』から、『両親の馴れ初め』に話は変わっちゃうのよね…。


 両親の仲が良いことはいいのだが、ローラは横の小さなベッドで寝息を立てるバーニーを見ながら苦笑する。


「そうそう、ローラ。ヘクトールのSSSクラスに平民の身で入るのだから注意しなさい。

 貴族が多くってね、貴族の男は政略結婚前の遊び相手を探しているし、貴族の女は『平民は気に入らない』って足を引っ張る事しか考えていないんだから!」


 マーサが低い声でローラに注意する。


「マーサは苦労したからな…」


 ヘインズが遠い目をしてマーサに反応する。


 マーサはヘクトールのAクラスに在籍していた。

 Aクラスには貴族・平民の比較的優秀な者が集まるため、身分を笠に着る貴族と反発する平民という構図が出来やすい。

 ただ、お互い本音でぶつかるため、卒業後も協力し合う関係を築いている者も多いのもこのクラスだ。


「俺はZクラスだったからな〜」


 Zクラスは落ちこぼれの集まりのクラスで、完全放置が常態となっている。このため、生徒たちは好き勝手なことばかりしており、学費をドブに捨てているようにも思われている。しかし、卒業できた者、できずに退学した者ともに社会で成功している者が多いので、あまり問題視されていない。


「貴方は授業時間はずっと大工の真似事してたものね。それが今に生きているのだから、不思議なものよね。」


 マーサはヘインズに微笑みかける。ローラは自分がお邪魔虫に思えてきた。


「ただね、ローラ。貴女のその趣味は、学園では控えた方がいいと思うの。」


「別にいいでしょ!別に誰かに迷惑かけた訳ではないわ!」


 いきなりのマーサの言葉にローラは反発する。


「いや、俺の影響で木工に興味を持ってくれるのは嬉しいんだが…」


「オカメ面って言うの?それはちょっと…」


 --オカメ面を彫ることの何がダメって言うの!楽しいんだから、別にいいじゃない!


 ローラの趣味はお面作り。それも、外つ国からもたらされたオカメ面を彫ることだったのだ。

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