第5話 大賢者ゼニス
ローラは両親--ヘインズとマーサ--を伴ってヘクトールの校門をくぐる。
今年は第三王子も入学するということで、一層華やかな装飾がなされている。
ヘクトールは冒険者を養成する学園なのだが、創立に黄金龍アルハザードや妖精王ニヴィアンと言った『真なる王』たちが関与しているため、王族や貴族も入学することが推奨されている。
魔族との戦いにおいて冒険者たちとの連携は必須であるため、ヘクトールで学ぶことは有意義とされている。
このため、第三王子もヘクトールで学ぶことになったのだが、これに併せて第三王子派閥の貴族の子弟、彼らを監視するために第一、第二王子派閥の子弟も入学している。
今年入学する第一、第二王子派閥の子弟は、派閥内では傍系の者が多い。彼らは何らかの手柄を立てて、派閥内での地位向上を狙っている。
また、第三王子の婚約者は決まっていないため、その座を狙う貴族の令嬢も多い。
更に今年は、『剣姫の郷』の首領フレイアージュの娘も入学するということも噂になっている。
その強さと美しさが語り草になっているフレイアージュの娘……。
第三王子ほどではないが、こちらも注目を浴びている。
ローラは以上のことを頭に思い浮かべ、
--関わると面倒ね……。まあ、私のような平民には縁のない話だと思うのだけど。
と人ごとのように思うのだった。
◇◆◇
フュースは、母フレイアージュとアンナ、護衛の剣姫たちを伴い校門をくぐる。
フュースはヘクトールの制服を着て、頭に薄絹のヴェールを被っている。これは『剣姫の郷』の女性たちの伝統的な衣装で、フレイアージュたちはヴェールを被った上に、体を覆うゆったりとした服を着ている。
これは、露出を多くして余計なトラブルに遭わないようにする事と、各地を放浪する際に蚊などが原因で発症する感染症に罹患するのを防止できるなどの理由がある。
フュースたちが入学式の会場である講堂に向かっていると、額から頭のてっぺんにかけ、半分ほどが禿げ上がった教員が通りかかった。
その教員を見て、フレイアージュはため息をついて声をかける。
「久しぶりだな。変態賢者」
フレイアージュに声をかけられた教員はニヤリと笑ってフュース達のところにやってきた。
「久しぶりじゃのー、フレイ。其方は相変わらずいい体をしておるのー」
その教員はフレイアージュの体を舐め回すように見ながらニヤついている。
「お前こそ、な。死んだと聞かされていたが、お前のようなヤツが死ぬわけないだろう。事情があるようだから、聞かないでおいてやるよ」
フレイアージュはニヤリとしながら答える。少しだけ嬉しそうにしているのが感じられる。
「で、今お前がここにいるのは、そこの娘の入学式のためかのー」
「そうだ。フリュースティだ。フュースと呼んでやってくれ」
「ほおー、かの剣姫フリュースティの名を継ぐ者か……。かの英雄に勝るとも劣らない可憐さよのー」
教員は母同様にフュースの上から下まで舐め回すように見て言った。その視線より言葉にフュースは嫌悪感を抱く。
『剣姫の郷』を開いた剣姫フリュースティ。彼女が舞うと花は咲き乱れ、鳥は舞に合わせて歌い出すという伝えられている。
フュースとしては、そんな伝説上の人物と並べられる事に重圧を感じている。母フレイアージュと自分との間に大きな力の差を未だに感じるというのに、そのフレイアージュですら及ばないとされる郷の開祖の再来と持て
--またなのね……。
フュースはもはや諦めに近い気持ちでこの会話を聞き流すことにした。
すると、
「フュースよ。今の気持ちこそが其方の宿命じゃのー。立ち向かうもよし、逃げるもよし。其方の思うがままに振る舞うがいいのー」
とその教員は言うのであった。
「逃げるだと? フュース様に何たる無礼!!」
フュースとフレイアージュの後ろに付き従っているアンナと護衛たちが怒りをあらわにする。
「控えろ、アンナ。」
「しかし……、先程からの不埒な視線に今の言葉! 見過ごすわけには……!!」
「落ち着け、アンナ。」
怒るアンナたちをたしなめ、フレイアージュはフュースに向き直る。
「聞いたか、フュース。お前が今抱えているものと、この変態の言葉。ともに覚えておくがいい。お前がこの学園で大きく成長することを私は願っている」
「はい」
フレイアージュの言葉にフュースは分からないながらも返事をする。
その表情を見たフレイアージュは、慈しみを込めた視線を向ける。
--答えが出る頃には、娘はどうなっているのだろうか……。
フレイアージュはまだ見ぬ未来に想いを馳せる。この学園での生活がフュースにとって実りあるものになることを願わずにはいられない。
「で、変態賢者。お前がフュースの担任になるのか?」
フレイアージュは教員に問いかける。
「残念だが、それは違うのー。ワシはZクラスだからのー」
「それは少し残念だ。安心とも言えるが……な。話が長くなってすまんな。私たちはそろそろ講堂に行く。それじゃあな。」
フレイアージュは教員に別れを告げ、講堂に向かう。フュースとアンナはそれについて行く。
◇◆◇
生徒席に向かったフュースを見送った後、アンナはフレイアージュに抗議する。
「あのような不埒な教員を何故捨て置かれるのですか? 貴女のご命令が無くても、この私が……!」
「よせよせ。私たち全員で襲い掛かっても倒せるか分からん。それにヤツは郷の恩人でもある。それに免じて許してやれ」
フレイアージュは笑いながらアンナたちをたしなめる。
「どういうことですか……?」
「大賢者ゼニス、と言えば分かるだろう?」
「は……?」
アンナはあまりの事に呆然とする。二十年前の
フレイアージュが率いた剣姫隊も、ゼニスがいなければ全滅の憂き目に遭っていたであろう戦いが何度もあったと『剣姫の郷』では言い伝えられている。
しかし、大賢者ゼニスは、戦争末期の『第二次王都攻防戦』で受けた傷が元で亡くなったはず--
「ヤツが死んだなどという与太話を真に受けたマヌケはヤツを見知った者の中にはおるまいよ。どこで何をしているかと思ったら……まさか、こんなところに居たとはな! 盲点だったわ!」
嬉しそうに笑うフレイアージュと対称的に、アンナたちは気高き大賢者というイメージが崩れ落ちていくのを感じるのであった……。
◇◆◇
「ローラ! あそこにおられるのは、第三王子のアレン様じゃ……。ローラが見初められたなら、アレン様が私の息子ということに……。夢が広がるわあ!」
「マーサ。そんな突拍子のないことを……、まあローラなら無くもないが……。」
マーサの妄想にヘインズは呆れながらも親バカぶりを見せる。
--王子様と平民のラブストーリーは物語ならアリだけど……、現実にはナシね……。第三王子もバカじゃない限り、平民とどうこうしようとは思わないでしょ。
ローラは両親に呆れながらも講堂に入るのであった。
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