第7話―らせん階段への道
帰宅。レアチーズケーキの材料が入ったスーパーの袋を持って、冷蔵庫へと向かいながら片手でスマホを操作する。
何も通知が来ていないことを確認。先ほどサヤカちゃんから付箋に「?」と貼られた世界史のノートが送られてきて「この部分、先生なんて言ってたっけ?」とメッセージが来ていた。
サヤカちゃんは文系志望だからか文系科目はしっかりやっている。
リビングではママがダイニングテーブルに座ってテレビを見ていた。
「おかえりー、ご飯食べる?」とは言っているけど、もうすでに焼き魚と切ったレモンが乗った皿がテーブルに置いてあった。
「あと少ししたら!」そう言って2階に上がる。
自分の部屋に入って机の横にカバンをかけ、世界史ノートを取り出す。何を言ってたか思い出す。思い出した内容をサヤカちゃんに送信する。
さて、日本史やりますか。教科書を取り出す。
あの先生早口で理解できないからな。そのうえ定期テストはなかなか点が取りづらい。あいまいな理解では点を取らせてくれないのだ。記述回答が多いし。
というわけで、日本史は当てられる心配がなくとも前日には読むようにしている。
3限が日本史。2限は体育だから、直前では日本史ができない。まさか体育で日本史の教科書を読むなんてことはね。あとは英単語テストの復習。単語テスト用紙の裏に5回以上やり直して提出する課題が課されている。前回のテストはきちんと準備していたからいいものの、今回は直前に電車で見ただけだから次にテストが返ってきたときは間違いなく地獄だ。
そろそろ中間テストも近いなあ。テスト期間中に勉強配信でもしようか?でも通ってる学校バレるか?いやもうミズタさんにはバレているから遅いか。
「ご飯まだー?もうお風呂入りたいんだけどー?」下からママの声が聞こえる。
「はーい、今行くよ」見ていた単語帳のページにシャーペンを挟んで下に降りる。
◇ ◇
ご飯を食べ終わってスマホを見ると、ミズタさんからメッセージが来ていた。
「ボードゲームポチリましたよ。日曜日いっしょに配信しませんか?」
メッセージと共に、買ったボードゲームの写真が送られてきていた。おもちゃの兵隊と将棋の盤のようなマス目。これ二人でもくもくやってるところを配信して、はたして楽しいのだろうか?
日曜日は特に用事ないけど、どこでボードゲームやるんだろ?ミズタさんに返信のメッセージを書く。
「わかりました。どこでやりますか?」
送信、と。
さてと、今日は動画見ますか。動画サイトを開き、いつものお気に入りグループ『キュルキュルセブン』を見る。
今回の動画は、どうやらいろんなサンドイッチを作って食べるという食レポをしている動画のようだ。
メンバーのジュンくんがが炒めたにんじんを、焼いたパンに乗せてファイくんとトーパスくんに出している。
「うわっ何入れたんこれ?」とファイくん。「オリーブオイル直に入れた」「はぁ?そんなん入れるなよ」二人のやりとりが続いていた。
トーパスくんは普通にモクモクと食べていた。「なんでお前そんな食えるん?」とファイくん。「いや、普通にうまくね?」ほぼ真顔でトーパスくんは答える。
それにしてもサンドイッチいいなあ。サンドイッチにアレンジを加えるだけでこんなにも面白くなるのか。手軽につくれるし。
でもこんなにも面白いのはキュルキュルセブンのメンバーだからこそなんだろうね。私にもメンバーが居ればいいのに。
サヤカちゃん誘おうか?いやそれはないか。マナちゃんとかいいかもしれない。彼女は今は違うクラスだけど、一年生のときは同じだった。始業式の日に席が隣同士だったのだ。明るくやわらかな声で、髪が長いのが特徴。どの部活に入ろうか一緒に部活動を見て回ったりもした。
わたしはバドミントン部を選んだけど、彼女はけっきょく手芸部を選んだのだった。「ぬいぐるみつくりたいんだ」と言っていた。今度彼女を誘ってご飯でも食べに行こうかな。
キュルキュルセブンの動画を2、3個見終えたあと、ハムスターがさけるチーズを食べる動画や、緑色の仮面をつけて街でインタビューする人の動画を見る。だいたいこういうことする人はクラスで目立ちたがり屋な印象がある。スマホの上部から、サヤカちゃんの「ありがとう!」という通知が来ていた。
1限は現代文。いつも講義がつまらない。すべての科目に言えることだが、文系理系のどちらにしようか決まっていないところで身に入るものは何も無い。ひとまずテストの点数をそこそこに採ってやり過ごせばまあいいでしょといったところ。だけど先生は文章を読みながら私的な意見を言うだけ。ほとんどテスト対策できない。そのため周りを見ると、他のことをしている人が多数。わたしも5分授業を聞いたらだいたい飽きる。
国語の便覧を見る。平安時代の貴族料理が載っているページを無意識に開けてしまう。現代文が昼食時間前の4限でなくて良かったと思う。
ようやく1限目が終了。2つ前の男子の「はー」という軽くて鈍い息の音が漏れて聞こえてくる。他の人の背中もしおれてクタクタになっていた。2限目はしおれた背中を伸ばす体育が待っている。体操着を持って4階へと登る。
更衣室で着替え終わると、サヤカちゃんが「ねえ、ちょっと相談があるんだけど、昼休み時間ある?」と言ってきた。
「あるもなにも、いつも昼休みわたしのところに来るじゃん」
「ハハッ、そうだね、でも一応予約しとこっと思ってさ」
サヤカはいつも元気ですごいな。わたしはもう、さっきの現代文のせいで一日が終わったように感じてしまっている。
窓の外では一匹のスズメがモサモサとした緑色の低い木に乗って羽をばたつかせていた。
ようやく昼食の時間がやってきた。陸上100mを走った後の日本史は非常にダルく、かろうじて得意な英語で精神を回復している。英語を極めて、どこかの大学に推薦で行くのはありかもしれない。そんなことを英語の授業を聞きながら思っていると、やはりどこか動画配信をずっとしていたい気持ちにもなる。
お弁当を広げていると、例のごとくサヤカがやってきた。しかし女の子一人連れてきていた。「ねえ、ユイもいっしょに食べていい?さっきの体育で話しててさ、なんか鉄道のおもちゃ好きなんだってさ!」
隣にいたユイさんは顔が赤くなっていた。ユイさんはサヤカと比べて顔一つぶんくらい背が高い。少し目線を上げないと顔が見られない。
「へー、おもしろいね」素直に関心してしまってた。
「あ、ありがとうございます」初対面らしく、恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
まだ5月中旬だけあって、クラスみんなとしゃべることができていない。サヤカとはけっこう仲良くなったけど、他の人とはまあまあにしゃべれてるくらいか。
「で、なにさ、着替えのときに言ってた相談事って」
「ああ、あのさ、夏期講習どうしよっておもって」
そう言いながら予備校のパンフレットを出してきた。わたしのような動画配信者とは大違い。
「もう?」
「いやそれがさ、人気の講師なんだよ。早めに取らないと席うまっちゃうーみたいなさ」
「なるほどね、じゃあ迷うことなく取ればいいんじゃない?」
「それがさそれがさ、友達とも遊びたいじゃん、花火大会行きたいじゃん?ねえユイさん?授業取ってたら行けないし」
うん、とユイさんはうなずく。
「でも一個だけでしょ取るの?違うの?」
「あと日本史と世界史とマークシートテスト対策の数学とかいろいろ考えちゃってさ、英語だけじゃないんだよね」
パンフレットをパラパラとめくりながらサヤカちゃんは説明してくれた。「高2生向け」と記されたページを中心にいくつもページの端が折られていた。
「うーんそうだなー」
「ねえねえ、ユイさんはどう思う?」サヤカちゃんはわたしが悩んであげていることを無視して質問対象をユイさんへと変えた。
「わ、わたしは日本史だけでいいのかな、って思ったよ。文系なんだよね?」
確認するようにユイさんはサヤカちゃんに質問する。
「うーんそうなんだけどさ、わたし馬鹿だから今から対策しておきたいんだよね。憧れの啓生大学に行ってさ、学祭したいんだよねー」
啓生大学は偏差値65くらいもある。たしかに今から対策したくなるような大学ではあるけど、そんな急がなくても良くない?なんてのんきに考えているのは私だけなのだろうか?
「うーんじゃあ、講座とらずに参考書で勉強するのはどう?そしたらいつでも勉強できるから夏休み遊べるじゃん」
「それいいねー!ヒトミありがと!」
「まあ大したアドバイスになってないけどね」
「なってるよー!あたし先週くらいからずっと悩んでたもん」
サヤカちゃんは晴々とした表情で答える。ユイさんはその間、サヤカの予備校パンフレットを見ながらお弁当をもくもくと食べていた。
「ところでヒトミさん、部活なにされていますか?」夏期講習の話しは一段落して、ユイさんが口を開いた。
「あーわたしはもうやってないんだ。昔バドミントン部入ってたんだけど」
「ほんっともったいないよねこの人、わたしだったら全国大会目指すもん」サヤカが口を手で抑えながらもごもごさせてしゃべる。
「そういうあんたも茶道部入ってお菓子食べてるだけじゃん。お茶つくるとかしたほうがいいでしょ絶対」
「うるさいなーもう、わたしは勉強疲れて糖分摂取するのに忙しいの!」
横でユイさんが笑っていた。
「茶道部、大会あるんですか?」ユイさんがサヤカにたずねる。
「いーや、ないんじゃない?うん、たぶんない!」
「それくらい把握しときなよ」
3人で肩を震わせ合って笑う。
「次の時間なんだっけ?」サヤカちゃんが聞いてくる。
「世界史じゃない?」
「あーあのおばさんか、あの人のプリントよくまとまってていいよね」
「そうだね。」
「そいえばさ、今度どこか食べに行かない?」
「いいけど、どこに?」
「おいしいパンプキンスープ屋さんがあるんだよ、西原に。いろんなカボチャの味がするんだ」サヤカちゃんは嬉しそうに答える。
西原か。わたしの駅から2駅ほど行ったところの駅で、急行に乗り換えていく必要がある。わたしの家の最寄り駅は普通しか止まらないから、西原まで行くのは遅いのだ。
「ね、ユイもどう?」
「あ、いいですね、行きましょ」ユイさんが笑みを浮かべる。
「よしじゃあ決まり」
「あ、ちょっとまって、それいつ?」
「え、日曜日だよ日曜日。土曜日は予備校の復習で忙しいし、今週土曜日は犬を飼うかどうかでお母さんといっしょにペットショップに行くんだ」
「良いですねペットショップ」ユイさんがサヤカちゃんの後に続いて答える。
日曜日。ポケットに入っているスマホが重く感じた。
「ちょっと考えさせて。日曜日用事あるかも」
「えーなに、せっかくいい案なのにー」
「まあ、ちょっとね」
そのまま席を立ち、廊下のほうへ歩くことに。
「どこ行くのヒトミー?」
「ああちょっとトイレに」
「いってらっしゃーい」
サヤカはユイさんと一緒にまだ話しているのだろう。スマホ画面を見て時刻を確認する。5限授業開始まで残り10分。動画配信アプリから通知が来ていた。
歩きながらタップし、ミズタさんからのメッセージを見る。
「場所はぼくの家でやりませんか?」
家?それは…。
急に後ろから両肩を掴まれた。
「!?」
「なーにしてるの!?」
後ろを見るとサヤカだった。あわててスマホを持っていた右手の親指で電源ボタンに力を入れ、自分の身体に画面を向けて降ろす。
「いや、なんでもないけど」
「なんかすっごく猫背になって画面見てたからさ、何にハマってるんだろっておもって」
「あー自分の髪を見てただけだよ」
「ふーん」いつの間にかサヤカが横に来ていた。
◇ ◇
6限は物理で終了。いつもサヤカが「早く終われよ物理!」と言っている。文系でも大学入試で使うんじゃいの?と聞いたら「わたしは生物と化学にするつもりだもん」と言っていた。
でもこの学校は入試に関わらず、文系理系どちらも幅広く科目をやることを目標にしている。だから文系理系に分かれるのも3年生になってからだ。
「ほんっと余計なおせっかい」サヤカは以前そう言っていた。
とっとと帰宅の準備をする。ユイさんとサヤカちゃんがわたしの机にやってきて「けっきょくヒトミどうするパンプキンスープ?行かないならわたしとユイとで行こうと思うけど」とたずねてきた。
「うーん、やっぱり家に帰って用事確認していい?たぶん行けるとは思うけど、」
「おっけい!じゃあわたし帰るから!」
「はーい」
サヤカちゃんは今日は予備校かな。
下駄箱で靴に履き替えて校門を出ると、いつものようにシュウトが居た。シュウトがこちらにうつむきになりながら近づいてくる。
「今日はどうする?」シュウトがそう尋ねる。
どういうルートで帰ろうか、というのはお互いいつもなんとなく相談して決める。
「うーん」
「少し遠回りしない?」シュウトが提案する。
「それいいね」わたしも異論はなかった。
普段は他の人たちと同じく大通りに並行する道を歩いて駅前に到着するか、大通りを歩いて脇道に入ったりする。「遠回り」というのは、北か東の道路に沿って歩くという、駅に出る方向とは正反対に行くことだ。
遠回りと言ってもたいして面白いものはない。ただの住宅街。まっすぐ行くとコンクリートで固められた崖のてっぺんに突き当たる。コンクリート崖には雨などの劣化によってサビついてきた水色のらせん階段がある。
いつもシュウトが気にして「この階段入ってみたいな」と言うのだけど、鍵でかけられている。おまけに下をのぞくと保育園の庭につながっていることがわかる。入ったら怪しまれる。
しかしなんと今日、鍵が開いていた。
「ここちょっと降りてみてもいいんじゃない?」
「いやだめでしょ、さすがに見つかったらどうするの?」
「まあちょっとだけ」
シュウトは階段を降り始めた。下まで行っても行き着く先は保育園だと言うのに。仕方なく、わたしもおそるおそる降り始めた。
しばらくすると、園児たちがらせん階段を降り始めてきた。
「シュウト!もう戻ろう」
「あ」
シュウトもようやく気がついたらしく、あわてて階段を登ろうとする。
園児たちの群れに混じって保育園の先生が降りてきた。
「ごめんなさい」カバンをギュッと脇に抱え込み、顔をふせるようにして階段を駆け足で登る。
先生は「みんな気をつけてねー」と園児に声をかけながらゆっくりと降りていた。わたしたちのことは完全に無視である。
シュウトはわたしよりも下のほうにいたため、園児たちの群れを避けるのに精一杯であった。階段の手すりに寄りながら階段を登っていた。
らせん階段の一番上の歩道でシュウトを待っていると、もう一人の保育園の先生が園児を後ろから見守るようにしてやってきた。
「すみません、友達が階段を降りてしまっていて」
「あー大丈夫ですよ、もしよかったら降りてみます?」
「あ、けっこうです!」がんばってお腹から高めの声を出す。
「あなたたち桜花高校の生徒さんよね?」
「はい」ついにどうしたらいいかわからなくなってしまっていた。
「それなら安心よ。知らない高校なら『なにしにこんなところに来たんだろ』って不安におもっちゃうから。」
ああ、救われたような気持ちになる。
「そうなんですね」
「どう?よかったら階段降りてみる?ここもう閉めるから、降りたいなら今のうちよ」
隣にはいつの間にかシュウトがいた。園児は庭を通り抜けて玄関から建物に入ろうとしていた。黄色い帽子はたんぽぽを連想させる。
「どうする?」
「せっかくだし降りてみよう」シュウトは答える。
「うん」
わたしたちはらせん階段に再び足を乗せ、保育園の先生が後から階段に入って柵に鍵をかける。降りていくと、らせん階段上端にかかっているコンクリート崖と地面がつくる隙間に草がそこそこに生えていた。夏にさしかかった春らしい、青々とした雑草であった。
庭に入ると、砂場やすべり台、うんていといった基本的な遊具が目に入った。
「いつも散歩は何時にするんですか?」ふと疑問におもったことを先生に聞いてみた。
「今のこの時間帯と、あと朝だね。子どもたちが登園してひとだんらくして、そして朝の会をしてから外に行くの。」
「へー」
「もしよかったらお茶でも飲んでいく?」
「え、でも今保育中じゃあ」
「わたしを含めて他の先生はいるのよ職員室に」
「じゃあちょっとだけ」
少し先を行くシュウトに「お茶飲んでいくことになったから」と告げる。
驚いた顔をされたけど、「あーいいよ」と軽く返事をしてたから中に入ることにした。
保育園の先生は園児たちが上履きに履き替えるのを見守ったあと、「そっちの部屋に居といて」とわたしたちに指し示した。わたしたちは靴を脱いで案内されたほうに向かった。
向かった部屋は職員室であった。明るい木材と紙のような白い壁でつくられていて、先生たちが座る事務机やコピー機が置かれていた。コピー機の横には机が置いてあって、プリントが山積みされていた。近くにはソファーが設置してあって、なにやらお土産のような箱が置かれていた。窓からは道路が見える。
「あれ、何か用かな?」ソファーに座っていた50代くらいの女性の方が声をかけてきた。
「わたしたち、この部屋に居るように言われたんです」
「えーっと、どなたが?」
「さっき園児の誘導をしてきた人です」
「あー南木さんね、担当している園児の部屋は持ってなくて、フリーで入ってもらってるの。もう少ししたらこっち来るとおもう」
わたしたちは座って待つことにした。
「南木さんとは、どこで知り合ったの?」持ち物検査をするかのような眼差しで女性は尋ねてきた。
「あのー、階段で」
「階段?」
「らせん階段で先生と出会ったんです。」シュウトが答える。
「ふーん」感心しつつも何かを言いたそうな返事が返ってきた。この人は園長先生なのだろうか?とても年長者としてのオーラを放っている。
しばらくしていると南木さんが来た。
「お持たせ。さ、タルト食べようか」
南木さんが箱を開けると個装された小さな桃のタルトが出てきた。さっき話していたもう一人の方がお茶を入れてくれている。
「このお菓子、向かい側の洋菓子店で売ってたの。パンも売っててよく昼食に買ってるの」
「へー、ちょっと行ってみたいですね」
さっそく個装された袋を開けて食べてみる。甘い香りと少しとろっとした舌触りがいっしょに身体の中に入ってくる。
「南木さん、この子たちどこにいたの?さっきらせん階段のところにいたって聞いたけど」
「入口のところで会ったんですよ、物珍しそうに階段に居たから」
「鍵閉めてなかったんですか?」不満そうにとがった口調で南木さんに質問する。
「そうみたいです、後から閉めようと思って閉め忘れておりました。気をつけます」
「ほかの園児たちも居ますからね」
「でも階段使わせてくれてありがとうございます。とても気になっていたものでして」すかさず感謝の言葉を述べる。
「まあ結果は良かったかもしれないね。今回は大目に見てるけど」
ありがとうございます、と会釈。シュウトもぎこちなくお辞儀を座ったままでする。
「階段、いつ設置されてたんですか?」シュウトがたずねる。
「ここの保育園ができたときと同時だから古くからあるね、20年くらい前かな?」
南木さんではないほうの人が答える。なるほど、たしかにところどころサビがあったり金属が剥げていたりしていた。
「そうそう南木先生、七夕の準備できてます?」
「はい、ようやく保護者の皆様にお知らせを配る準備ができたところですよ」
あのプリントの山は七夕のことについてなのだろう。
「みんなで笹と短冊をつくって、外に出して、七夕の歌を歌うんです」南木さんが説明してくれた。
「へーそうなんですね」わたしが幼稚園に居た時もそんなことをやっていた。けどわたしは本を読むのが好きだったからか、短冊は現実のお願い事というよりファンタジーなことを書いていた。
「え?魔法つかいになりたい?そんなのなれないでしょ」ママそうに言われた。
でもわたしはそのとき本気だった。とがった帽子をかぶって空を飛んで、ほうきから自由にお菓子を生み出して食べたい―。
しばらく保育園児のこととかこの地域のお店のこととかを聞いていた。気がつけば1時間ちかくこの場所で話してる。シュウトは食べ終わってたタルトが入っていた袋をいじってあそんでいた。
「わたしたち、そろそろ帰りますね」一段落したタイミングで南木さんたちに声をかける。
「階段ありがとうございました」シュウトも挨拶する。
「いえいえ、またいつでも」南木さんが優しく挨拶を返してくれた。園長さんらしき人はだまって腰を上げ、自分のつくえに戻っていった。
玄関を出るとますます日が傾いていて、もうそろそろ地平線へと太陽が沈み込むのではないかというところであった。目の前には南木先生が言っていた洋菓子店があった。
「ここ、寄ってみる?」シュウトが聞いてきた。
「今日はいいかな、また今度寄りたい」
右を曲がってしばらくすると線路をくぐる。くぐって左を曲がれば住宅地、田んぼ、住宅地、と続いて駅に出る。この駅はわたしたちがいつも使う駅とは違うけど、通学定期圏内。たまにこっちから帰る。周りはスーパーがあるくらいでなにも商業施設は無い。当然、いつも帰る駅とは違って急行は停まらない。
5分ほど待ってから乗車する。
「そろそろテスト近いけど勉強してる?」シュウトが訪ねてくる。
「そこまで近くは無いと思うけどね」テストは6月第一週目だ。今は5月中旬だけど、まあ近くはないよね。
シュウトに「え」という顔をされたけど。動画配信のほうが重要度は高い。降りる駅に近づくにつれて、窓から見える例の斜め模様のコンクリート壁が高くなってきていた。
わたしの家の最寄り駅についた。
「じゃあまたね」
「じゃあ」
シュウトの目線に合わせるように、腰の近くで右の手のひらをシュウトに見せるようにしてさよならの合図をする。
いつも通りの散歩をして、いつも通りに解散する。
二人の散歩道 パセリ @kakyuukyoku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。二人の散歩道の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます