第6話―師匠との道

 おそるおそる、彼からのメッセージを読んでみる。

「みなみさん、先ほどはよかったですよクッキー。今度、ぼくと話して見ませんか?ぼく、みなみさんと高校が近いんです。」


 え?どういうこと?いきなりなにを言っているんだろうこの人。わたしを落としめようとしている?こっちは全く知らないというのにこわすぎる。


 ひとまず明日、サヤカちゃんに聞いてみよう。上半身をベッドに倒して、横向きになって腕枕をする。


 「ヒトミ、ごはんできてるよー」下からママの声がした。



 ◇ ◇



 「えーなにその人!?やめときなってー」

 さっそくサヤカちゃんに相談したけど、案の定といった反応だ。誰だってわけがわからない人から誘われたら身構える。


「それでそれで、ヒトミは返信したの?」前のめり気味にわたしに聞いてくる。

「いや、してはないけど、やっぱり返事はしとかなきゃなって」なんとかサヤカちゃんに合わせる。


「いや、そんなの無視しなよ!それヒトミをはめようとしてるんだって」

 たしかに、彼から見てわたしのほうが配信のポテンシャルがあると感じれば、わたしに近づいて脅すなどして配信をやめさせるかもしれない。でも考えすぎな気もする。


「うーんそうはいっても、相手はこっちを知ってるみたいだし、もうすでにはめられてるかも」


「じゃあもうアプリ消しちゃいな!配信なんてしてないことにしてさ、ね?」サヤカちゃんは得意気に熱弁を振るう。


「えーでもそれじゃあせっかくの配信した時間もったいないし…」

「ヒトミ、あんたの身は危ないんだよ、わかってる!?」


 サヤカちゃんはもう私を3万人の彼から離そうと必死だ。こちらとしては、せっかく3万人もの登録者がいる配信者に接触しないのはもったいないと感じるのに。こわいけど。


「そうだね、わかったよ。サヤカの言う通り、わたしはもうその人のこと忘れるよ」

「そうそう、もう触れないこと。そしてアプリも」

「アプリは消さない」

「えーつきまとわれるってー」

「だいじょうぶだよ、わたしの顔知るわけないし」

「でも高校知ってるんでしょ?」

「高校だけじゃん」

「あやしいよぜったいその人!」

「アハハ、まあそうかもね」


 両手を組んで腕を上に伸ばす。サヤカちゃんはわたしを引き留めようとすることが分かったし、ひとまずこの話題から逃れたい。


「そういえば宿題どうした?」

「あーやってないわ、でもあのひとあまり当ててこないから宿題やってなくてもだいじょうぶだよ」

「いやでも当てられたら困るよ」

「うーんじゃあ今からやる?」

「間に合わないよ」クスクス笑う。しかし笑ってなんていられない。サヤカちゃんがあたりをキョロキョロと見渡す。


「あ、ねえちょっと!そのノート写させてよ」

 隣の席でノートを見ながら会話していた男子2人にそう話しかけながら、サヤカちゃんはノートに手を伸ばした。


「え、ちょっとぼくたち答え合わせしてるんだけど」

「いいじゃないもう出来てるんだし、出来てるなら満点だよ」

 と言い終わったくらいにはわたしたちの机の上に彼らが見つめていたノートが置かれていた。


「いや、授業中当てられたら嫌じゃん」困った顔で男子はサヤカちゃんに訴えかける。が、サヤカちゃんはそんなことお構い無しにノートを写す。


「ほら、ヒトミも早くしなきゃ!」声で背中をバンバン叩くようにわたしを煽る。

「あ、うん、そうだね」黒板の上に設置してある時計を見て焦り、シャーペンを手早く動かす。


 ちらりと男子のほうに目を向ける。すまんな。うっすらと額に汗がにじむ。



 ◇ ◇



 下校。頭の中にはボウルと泡だて器と登録者数3万人の人。完全に上の空。と、校門前でシュウトに出会う。軽く手をあげる。「やあ」とシュウトに声をかけられ、肩を並べる。横に並んだところでシュウトが

「そういえば、お菓子作りどうなった?」と声をかけてきた。

「うまくいったよ。でも配信しながらだと難しいね慣れてても」

「そっか」


 シュウトそっちのけで次につくるお菓子をどうしようかと頭の中で考える。小麦粉は家にまだ余っていたのだっけ?


 あーいやいや、お菓子のことより、今は例の彼のことが気になる。彼にどう返信すべきなのだろう?


「今日は配信しないの?」シュウトの声で彼が頭の中から消える。

「今日は作らないよ。けど明日か明後日くらいにまたやろうかなっておもってる」

「そっか。じゃあ今日はどこか遠回りしていける?」

「今日は別の用事があるから、今日もどこも寄れないかな」

「そう。じゃあぼく、百均に寄って消しゴム買って帰るから」

「ほい、じゃあまた明日ね!」

「うん」

 シュウトは昔から変わらないな。純粋なのだ。シュウトを後ろから見つめる。

 南西の空には厚くて暗い雲が覆い始めていたが、厚みや高さが違う雲を避けて出てくる夕日の強さがシュウトの足を照らしていた。駅近くのマンションの影が長くなっている。

 シュウトと別れて駅へと歩く。

 例の彼の配信を見よう。返信はその後だ。



 ◇ ◇



 家に着き、すぐさま2階へと駆け上がる。

 後ろから「ドーナツ買ってきたけどいる?」とママの聞こえたが、聞こえないふりをして自分の部屋の扉を強く開ける。


 カバンを机の脇にかけて立ったままアプリを立ち上げると、あの彼が配信をしていた。すぐさま配信部屋に入る。


 彼はギターを演奏していた。音量を少しだけ大きくする。

「このゆびの置き方がエーマイナーって言うらしいんですよね。で、こうすると鳴ると。」


 座椅子に座ってジャララーンとギターを鳴らす彼がいた。そうだ、名前何ていうんだっけ?画面右上に表示されている名前を見てみる。ああそうだ、「ミズタ」だ。


「ぼく指太いんですかねー、弦に指置こうとすると二本くらい一気に置いてしまうんですよねー」


 彼のいかにも初心者がするギター講座は進んでいった。

「さてと、疲れたところでコメントじっくり読みますかね」

 ミズタさんがカメラをのぞくようにして画面に顔を少し近づける。頬にうっすらしたニキビ跡(?)が分かる。


「なになに、『授業いつも眠くなるのですけど、どうしてますか』ねー。まあ授業なんて睡眠時間みたいなもんでしょ。寝る子は育つ、ね、タイピーさん寝ましょう」

「草」

「うちもそんな学生だったわ」

「予習だいじよね」

「てかタイピーさん、ぼくの名前と似てますね、なんかうれしい!」

「タイピー」

「いや文字数だけだろww」

「タイピングうまそう」

「『タイピングうまそう』、ね、ほんとそれ」

「『テスト勉強どうするの?』えーテスト勉強!?もやし弁当にして食べれば?」

「ウケる」

「親に見つかるぞ!」

「ミズタのマネはやめとけ」


 ミズタさんがコメントを読み上げつつ、ごちゃごちゃとコメントが流れていく。少し明るめのいい人そうな感じではある。配信の仕方とか気になるし、会ってみようかな。ただ気になるのが、なんでわたしと高校が近いことを知っているのだろ?わたしはミズタさんのことは何も知らないのに。


 とりあえず、相手から情報を聞き出そう。

 ミズタさんにメッセージを打つ。


「ミズタさんと会うことに興味はありますが、わたしはミズタさんを何も知りません。なぜ高校が近いと断定できましたか?」


 入力し終わり送信ボタンを押す。ドサっとベッドに後ろ向きに倒れる。身体なまってきたな。バドミントンしたいかも。


「今日も配信するのー?キッチン使いたいんだけど?」

 下からママの声が響いてくる。

「今日はやらない!宿題するからー!」

「はーい」


 さてと、宿題しなきゃ。古文を訳すのめんどくさいな。ノートと電子辞書を広げて教科書本文と格闘する。


 ところでわたし、どこの大学に行けば良いのだろう?



 ◇ ◇



 ふう、やっと終わった。

 夕飯を食べてから少しまた古文と戦って、気づけば夜の9時になっていた。今日は動画見る暇ないかな。


 私のお気に入りは「キュルキュルセブン」という5人の男性アイドルグループの動画で、いつも一日の終わりに見て疲れを癒やしている。


 さわやか系の男子たちで、見ていて非常に楽しい。この前は理科の実験器具を固定するような棒に水風船をくくりつけて、それを鼻につけた針で割るというゲームをしていた。


 水以外にも野菜ジュースとか栄養ドリンクとか入っていて、コーラが入っているものが途中で炭酸のせいで割れて、これがまた面白かった。もちろん机の上はジュースやら洗剤(!?)で大洪水。服にも液体が着く。「うわぁなにこれむっちゃベトベト!」とか言ってメンバーが笑い合っていた。


 今日は動画見るのやめてそろそろお風呂入ろう。携帯を見ていても誰からもメッセージは来て無いようだし。


 そう思っていたが、通知にミズタさんからの連絡があることに気づいた。ドキッとする。


 あわてて通知バーをタップする。


「興味持ってくれてありがとう!制服は配信のとき、見えてましたよ。」


 あーそうだったかも。二階の部屋のベッドに脱ぎ捨てて、そのままにしてたから映ってたのかも。


 納得したところでミズタさんに返事する。

「さっき配信見てました。もしよければ会って話してみたいです」


 やっぱり今後配信者として成長していくためにも、先を行く配信者にアドバイスをもらいたい。さっきとは違って心はウキウキしていた。


 そういえば、次つくるお菓子なにも考えてないや。なにつくろう?大きく失敗しなそうなお菓子、料理。


 机の引き出しを開け、今まで作ってきた料理をメモしたページをめくる。

 野菜炒め、ハンバーグ、クッキー、…。

 できればつくったことがない料理がいい。けど、配信では失敗するのがこわくてあまり挑戦的な料理はできない。


 スマホでお菓子を検索していると、タルトが目に入った。

 これおいしそう。頭の中で料理をつくる過程をシミュレーションしてみる。


 よし、明日材料買ってこよう。その前になにが家にそろっているか確認しておかなきゃ。


 下に降りて台所の引き出しを確認する。みかんの缶詰があった。



 ◇ ◇



 電車の中でお菓子づくりのことを考える。生クリームとレモン汁くらいかな、買うものは。クリームチーズは自分でつくるべきか。ひとまず今週土曜日に配信することにしよう。


 そんなことを考えていると、英単語テストが2限目にあることをふと思い出してしまった。あわてて単語帳をカバンから取り出す。果たしてあと3駅というところで覚えられるのだろうか?眼の前の車窓からは、正方形を斜めにした模様のコンクリートが広がっていた。


 電車を降りる。単語テストの自信ゼロ。駅前のショッピングモール開店はまだ先。暗闇のショッピングモールの窓から英単語帳とチーズタルトが浮き出ているような感覚があった。



 ◇ ◇



「ねえねえ、あの人どうなった?」

 昼休み、サヤカちゃんがわたしのところに来て陽気に語りかけてくる。あの人からのメッセージを見ようとしているときに、なんていうバッドタイミングなんだ。スマホをもっていた手を机の中につっこむ。


「どうっ、てまだ、返事返ってないけど…」

 あ、しまった。もう遅かった。

「えー!?結局送っちゃったのメッセージ?」

「もう少し声小さくして!」


 ああごめん、とサヤカちゃんは謝る。いちいち声がオーバーリアクションなのだ。

「『送っちゃったの』って、べつにサヤカ関係無いじゃん」

「関係あるよ!わたし興味あるもん!」

「いやそういうんじゃあ…」

「そいえばさ、どこの大学行くか決めた?あたし、遠くの大学行きたいんだよね。親いるとめんどくさいじゃん?『サヤカ、早くお風呂入りなさい』とかさ。あーもう今マンガいいところなのに~みたいなさ」

「あーたしかにねー」適当にしらけた返事をする。早くメッセージ見たいのだけど。

「そいえば、次の時間なんだっけ?」

「数学じゃない?」

「えぇー眠い!あたし文系なのに。数学できなくても困らなくない?あたし就職してもどうせ数学やらないよ」

「うーんどうだろね」

「あ、もうそろそろ授業始まるよね?席戻ったら?」彼女を席へと誘導する。ヒートアップしてしまったら彼からの連絡を見れない。

「えーまだ10分くらいあるけどそうだなー。ちょっと隣のクラスのマキちゃんに用事あるから行ってくる!」

「いってらっしゃい」

 そういうとサヤカちゃんはそそくさと出ていってしまった。


 ふと、次は本当に数学なんだっけ?とおもってしまった。5限が数学なのは昨日だったんじゃ…まあいいか。とくに予習がいるようなものではない授業だろう。


 教室を出ていくサヤカちゃんの背中を見たあと、机の中に隠してあったスマホを取り出す。通知が来ていてまたしてもドキリとする。さっそく彼からのメッセージを開封する。


「今日学校終わった後どうですか?」

「今日」という単語を二度見する。非常に急だ。シュウトに連絡しておこう。

「はい、よろしくお願いします。待ち合わせ場所どうしますか?」


 送信。順調に話が進む。配信を見る限りではとくに変な人じゃなかったから大丈夫だとは思うけど、少し不安になる。


 時間割りを見て確認すると、やはり5限は数学だった。今日は予習というか宿題はないはずだからまだいいか。そいえばわたし、文系理系さえ決めてないな。カバンの中から数学の教科書を取り出す。



 ◇ ◇



「シュウト、先に帰ってて」


 スマホからメッセージを送る。シュウトとはもう小学生のころからの付き合いだけど、やっぱり断るのはそこまでしてこなかったな。いつだって気まぐれにお互いの提案通り散歩してた。全部やっていた。だから断ることはいつだってためらいがある。


 部活をしていたときは、シュウトもまた部活をしていた。パソコン部だったとかで。部員数は3人ほどで、ただ趣味のアニメの話をしたり絵を書いたりしていたらしい。「それ部活なの?」と言うと「まあおしゃべり部活だね」と喜んで言うのだった。


 わたしが部活を終わるといつも彼が玄関前で待っていた。幼い頃からの付き合いだからわたしは何も気にしていないのだけど、当初は「付き合っているのか?」とよく部活仲間から聞かれたものだった。「いや、小学生の時からずっといっしょなんだ」と言うのはもう恒例行事。


 スマホ画面を見ると、シュウトから返事が来ていた。「なんで」と疑問に思うのかと思いきや、普通に「おっけい」と来たので楽であった。ホームルームが終わり、廊下にあるロッカーの中から予習のために日本史の教科書と、机の中から数学の教科書とノートをカバンに詰め込み、人混みを避けながら早歩きで昇降口を目指す。


 待ち合わせ場所は駅前のショッピングモール内にあるカフェだ。抜け道を使う。シュウトとたまに通るけど、本当にたまに。基本、みんな門を出てすぐの駅前へとつながる大通りへの道へと曲がる。


 みんなが左を曲がっているところを素通りして抜け道を目指す。少し行ったところを左に曲がり、車がほとんど通っていない大きな道へと入る。


 間もなく、ピンク色の看板が目印のクリーニング屋が見えてきた。そのほぼ向かい側が例の抜け道である。自動車一台通れるくらいの一方通行。右には日本式のお屋敷の庭の壁と、左には4階建てのグレー色した砂粒ほどのブツブツの壁。いつも暗い。


 抜け道を通り、駅前に直結する大通りに出る。ショッピングモールと駅とをつなぐ歩道橋を登っていよいよ待ち合わせ場所のカフェに付く。


 少し息切れ。先ほど下校が始まったばかりだからか、まだわたしの学校の生徒は見当たらなかった。


 ミズタさんの姿は見えない。ひとまずフロアを降りてタルトの材料を買いに行こうか。


 下りのエスカレーターに乗ったと同時に、ミズタさんらしき顔が上っていくのが見えた。茶色い年代風のカバンをナナメがけしており、スマホをいじっていた。こちらの様子に気がついていないみたいだ。


 あわてて降りたエスカレーターの向きと逆方向に急いで走り、ミズタさんらしき人が乗っていたエスカレーターに乗って3階へと上がる。


 カフェの前に着き、配信のときに見たあの顔がはっきりとあった。

「すみません、遅れました!」わたしのほうが先だったけどまあいい。


 深緑色の制服を着たミズタさんがカフェ入口の前に立っていた。後ろ髪のクセが配信で見た髪よりも強い。


「あーどもどもー」

 ミズタさんが手をふって上げてあいさつしてくる。

「こんにちはー」

「じゃあもう入りましょっか」ミズタさんに案内されるようにして店内に入る。店の中はおちついた茶色がベースになっており、ところどころに南国に生えているような木が置かれている。


 わたしたちは奥の窓際のテーブル席に座った。

 この店はたまにシュウトと来ていた。いつもの駅前までの散歩の最後はショッピングモールで1つか2つほど店を見てまわるか、このカフェに来るのだった。最近は田んぼの様子や用水路を見て帰っていたけど。


 メニュー表を見る。1ページ目に「平日限定!日替わりメニュー」の文字が。


「ここのカフェ、よく来るんですか?」メニュー越しに見えるミズタさんが聞いてくる。ミズタさんもメニュー表を見ていた。

「そうですね、母と買い物後によく」

「そですか、ぼくは親とはあまり話したくないものでね、買い物なんて一緒に行くことなんてないんですよね」

「へー」

 目をあちこちにおよがせて、ミズタさんがメニューを決めるまでメニュー表を眺める。わたしはもうアイスコーヒーを頼むと決めてある。


「そろそろ決めました?」ミズタさんが呼びかける。

「はい」

「じゃあ呼びますよ」

 そう言うとミズタさんはボタンを押して店員を呼んだ。レジのそばから伝票をもったウエイターが出てくるのが見える。メニューに左腕を曲げて乗せて待つ。


「ご注文は?」

「アイスティーください」

「ぼくはメロンソーダで」

 店員が伝票を書き留める。

「以上でよろしかったでしょうか?」

「はい」ミズタさんがそう言うのと合わせてわたしも静かにうなずく。

 メニューを机の横に置き、「さてと」とミズタさんが口を開く。


「いきなり呼び出して会ってくれてどうも」ほほえむようにしてミズタさんは答える。裏がありそうな感じはしない。


「いやーやっぱり登録者数が3万人となれば会いたくなりますって。オフ会とか開かないんですか?」相手の調子を上げたくて、声を明るくしてしゃべる。


「ぼくはただ配信してカメラの前でしゃべっているほうが好きだからね。リアルで会ってもぼくなんてたいしたことないし」


「いやいや、そんなことないですよ、今もカメラ前と変わらずすごく話しやすいですし」


「いやーそうかな?」身体を横にナナメにしてミズタさんは答える。


「ところでなぜわたしなんかと会おうと?」


「そうそう、それを言わなければ。じつはぼく、友達に教えていたことがあってね、配信の仕方を。けっこうポテンシャルあるなっておもってたんだけど、そいつ学校でもしゃべるの好きそうだし。でもやめてしまってね配信。『こんなことするならアルバイトしていたほうがまだマシ』だってさ。ハハ、まあ割に合わないよね、配信好きじゃないと。で、ぼくとしては配信がんばっている同じ高校生に教えたくてね、自分が今まで培ってきたノウハウなんかを。やっぱり配信は楽しいことを伝えたい。それでたまたま動画でみなみさんを見かけてね。『あの隣の高校の生徒じゃないか』っておもって、びっくりしたんだ。登録者数も伸びそうだし、この人と話してみたいってさ。」


 なるほど。わたしを生徒として招きたいってところなのだろう。けどあっさりとこの人の話しを受け入れてよいのだろうか?


「顔出さないの?」

「えぇっ?」油断していたらいきなり棒で突かれたような質問がミズタさんから出てきた。


「顔だよ顔。ぼくみたいに配信で顔を出さないのかなって思ってさ」

「顔って重要なの?」


「ぼくは重要と思うね。みなみさん美人なんだから、顔出せばもっと人寄ってくるって」


「そうなのかなー」照れ隠しに笑う。

「わたし、身バレしたくないんですよ。変な人ついて来られたら嫌だし」

「だいじょうぶ。ぼくはまったくついてこない」自信満々にミズタさんは答える。

「わたし女だから」

「でも女性配信者でもけっこういますよ、それこそ高校生って言って顔出ししてる人とか」

「うーん、またちょっと考えときます」いつの間にか目の前にアイスティーとストローが置かれていた。

 すかさず個装された紙をやぶってストローをさし、ペロペロとストローをなめながらアイスティーをすする。ミズタさんも片手で下からコップを持ち上げながら、ストローを右手で持ってメロンソーダを飲む。


「ホットケーキ頼む?」ストローから口を離してミズタさんは聞いてきた。「特別メニュー ホットケーキ」と、大きめの写真つきのメニューが立てかけてあった。そういえば料理配信でホットケーキはまだつくっていなかったな。


 ああそういえばというような顔をミズタさんがする。

「なにか聞きたいことあるかい?」

「配信見てみたんですけど、ギターやってたんですか?」

「あーあれはね、ギターって映えるかなっておもってさ、中古で買ってきたんだよねギター。もっと練習しなきゃ上手に弾けないね。」そう言いながら、ミズタさんは左腕を伸ばし、右手で左腕のひじをつかんで背を伸ばした。


「よくいきなり弾けないものを配信でやりますね」お菓子作りを失敗しないように作りたいわたしとは大違いだ。


「最初はなんでもやってみればいいのさ。見ている人は配信者との距離が近ければ近いほどファンになってくれるからね。誰だって初心者でしょ?だったら、初心者であることをさらけ出せば好感度アップなわけ」そう言いながらミズタさんは姿勢を起こして少し前のめりになる。ウキウキな声。


「なるほどー。」としか言えない。このマインドには一生なれない気がする。

「あ、そうだ、今度いっしょにボードゲームでもしないかい?」

「はい??」唐突すぎて困惑する。ギターはどこへ行ったのだろうか?

「ぼく、みなみさんと配信してみたいですよ」

「でも、ボードゲーム2人でやります普通?もっと大勢のほうが」

「大勢じゃないか、視聴者含めて」

 いやいや、視聴者ボードゲーム参加しないでしょ…


「まーいいですけど、ボードゲーム何します?」って、自分も乗り気になってるし。

「どうだろ、今から買いに行かない?」ミズタさんはミズタさんで私をその気にさせてくる。

「いえ、わたし今からお菓子作りをする材料買いに行こうと思っていて」というかボードゲーム持ってないのにやろうとしていたのか。


 真横の大きな窓から外を見てみる。気がつくとすでに薄明になっていた。もう18:00である。駅前の大通りでは帰宅する人たちで通行が多くなっていた。


「そうだね、もう暗くなってきたし。どう、また明日とか?」

「あーあっ、考えておきます!」

 そう言うとミズタさんは「わかった」と言い、カバンを肩にかけようとする。

「あ、そうそう、お金ある?」

「ありますよ、ちゃんと払えます。」

「おっけい、じゃあ行こう」


 そう言うとミズタさんはカバンを肩にかけ、左手でカバンを腰に押さえるようにしてレジへと向かった。わたしも彼の背中を追う。


 わたしたちはレジで飲み物代を出し合い、ミズタさんがレジで払っている間に店を出て待った。


「それじゃあ、また」ミズタさんは会った時と同じように手をあげてあいさつをする

「はい!」


 わたしはミズタさんとは逆方向に歩く。ほぼ真っ暗な空と対照的な明るい店内にさそわれるようにして、食品売り場へ降りるエスカレーターへと向かった。

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