第5話―動画配信の道

「さーて、今日はクッキーを焼くかな」


 わたしは家に帰ると、さっそくカバンをリビングにほうりなげて台所へと向かった。


 このところ、シュウトと歩いていても何もおもしろくない。幼い頃からずっと駅前をぶらぶらと散歩するのが日課だけど、もはやマンネリ化してる。


 しかもわたしはシュウトと違ってよくしゃべる友達もいるし、もうシュウトとは合わない気がしてきている。


 今では料理づくりをライブ配信しているほうがずっと楽しい。みんなから反応もらえるし、勉強よりこっちのほうが心がおどる。


「ママー、昨日買ったチョコチップどこにある?」仕切り扉の向こう側にいるはずのママに声をかける。


 ん?返事がない。ママはいつも、畳の部屋でお茶を飲みながらテレビを見ているのだが。


「ママー」

「はいはい、ふぁ~」いかにも寝起きという感じのママがリビングに入ってきた。


「あら、帰っていたのね」

「チョコチップどこにある?昨日帰りにスーパーで買っておいたはずなんだけど」


「しらないわよそんなの。今日はママ友でランチ行って、そのあと服を見にみんなで買い物行ってたらつかれちゃって。」

「へーあっそう」軽く流す。わたしが聞きたいのはそれじゃない!


 それにしてもないのかチョコチップ。板チョコは冷蔵庫にあることは確認した。ひとまずチョコクッキーをつくるのに必要な材料をキッチンの上に並べてみる。卵、小麦粉、バター、…。

 あとは配信機材を2階にある自分の部屋から持ってこなきゃ。


 扉を開けると机の上が機材でごちゃっとしていた。昨日夜寝る前にはやく配信したいとウズウズしていて、クローゼットから引っ張り出してきてそのまま机においておいたのだった。


 机の横の隅には教科書やノートが乱雑に重なっている。やる気ゼロだ。まあみんなこんなもんでしょ高校生なんて。友人のサヤカちゃんとも「今日宿題ぜんぜんしてない」なんてよく言い合ってるし。


 スマホを固定する三脚と照明器具をもって下に降りる。キッチンの上に配信機材をセットし、スマホを操作して配信アプリを立ち上げる。配信予約数は9人。もっと増やしたい。配信ボタンを押して配信を開始する。


 画面には「0人」と表示されていて、まだ誰も見に来ていないことが分かる。スマホのカメラを微調整し、今日は何を話すか考える。天気のこと、これからやってみたいこと、わたしの生活のこと、…。


 そんなことを考えていると、5人ほど人が集まってきた。そのうち3人はいつも私にコメントをくれる人たちだ。


「みなさん、みえてますかー?」

「おっけー!」

「みなみちゃん、今日も気分よさそうだね」

「ねえ今日なにするの?」

「頭がクールビズ!」


「みなみ」というペンネームでやってるわたしに対して、スマホ画面左側にいろいろコメントが流れてくる。


 わたしには熱烈なファンが3人いる。自分で言うのも何だけど、なぜこんな料理をするだけの配信に食らいつく人がいるのか不思議。


 見ている人たちは私がテレビを見ているだけとか寝ているだけとか、なんの変化もない配信も見るのだろうか?少し実験したくなる。


「今日はチョコチップクッキーをつくろうとおもいまーす」

「いいね!」

「ぼくもチョコ食べたくなってきたな」

「チェケラ!」


 よし、今日も反応もらえた。スマホ画面から用意してあったチョコレートとまな板へと目を向ける。


「ではまず、板チョコくだきますねー」


 そう言うと、わたしはまな板の上でチョコレートを包丁でザクザクと細切れにしていった。チョコの粉末がまな板から出ないように気をつける。


「もういい感じですかねー」

「砂漠の砂みたいだ」

「これアイスのうえにかけたらおいしそう」

「パラダイス!」


 うん、出来は悪くないだろう。

 つぎに、粉末化したチョコを、お湯が張ったボールの上で溶かす。バターと卵黄と小麦を入れてかき混ぜ、チョコチップを追加で混ぜ合わせる。


「はい、こんな感じで混ぜ合わせました~」と、透明のボウルに混ざったペースト状のチョコをスマホのカメラに向ける。


「いいねえ!」

「なにができるんだろ?」

「グレイト!」


 反応もらえて嬉しい。もう少しコメントほしいところだけど、わたしが配信を始めたのはつい一ヶ月前くらい。インターネット上でファンの獲得する方法を読んでみたら「とにかく続けることが大切」と書いてあったからこつこつ続けることにしている。


 夕方に配信するのも、ライバルが比較的いないと思っているから。夜になったら配信者だらけで、わたしみたいな素人なんて視聴者の目に入らないだろうなとおもって。ま、夕飯食べたら自分のやりたいこととか宿題とかやるのにいそがしいだけだけど。


 ペースト状になったチョコチップクッキーのもとをラップに入れて包み、ころがして棒状にしてから冷蔵庫においておく。


 さて、なにしよう?1時間くらいかかるな。


「これで配信おわりー?」

「みなみちゃん、もう一品料理つくってよ」

「ビーアンビシャス!」


 ファンの皆様がアンコールしてくださる。

「せっかくだし、なにか追加でつくろっかな」と、ひとりごとのように言う。


「ほんとにー??」

「前みたいにサンドイッチつくってよ」

「キムチイズベスト!」


「うーんどうしよ」

 カレーつくるかな。かんたんにできるし。


 さきほどつかったまな板と包丁をさっと水で洗い、トマトやたまねぎ・じゃがいも・肉を冷蔵庫からひっぱりだす。適当な大きさに切って鍋に入れて炒め、水を入れて煮る。


「ねえクッキーまだなの?もうおなかすいちゃったよ」

「もうちょっと待ってくださいね、あと30分くらいしたら取り出しますんで」

「見てたらおなかすいたな。うちもあと少ししたらごはんの時間だ」

「そうなんですねー、もう5時ですもんね」

「ハウアーユー?」

「はーいげんきでーす」


 あとは火が通るのを待つだけだ。そうおもっていると、画面上部に表示されている人数が5人から6人へと増えた。「とっきー」という表示名で入室しており、部分的に茶色く染めた髪をアイコンにしていた。


 アイコンをタップしてみると、登録者数が30000人と出てきた。3万人。そんなにも登録者がいるのか。いいなあ。でも、なぜわたしのような弱小配信者に?心臓がドクドクする。


「どもー」

「どうもこんにちはー」緊張を隠してすかさず挨拶をする。新しい人が来るたびにおどおどしていてはだめだ。

「こんにちはー」

「ギブミーチョコレート!」コメントもそれに合わせて流れる。


「今何してますか?」

「クッキー冷蔵庫で冷やしていて、それ待ちしてますー」

「そうなんですね」ひねりがない返事がかえってくる。

「なにか趣味とかありますか?」

「バドミントンとか友達とたまにやったりしますね」こちらもひねりない応答で対応。


「ところで学生なんですか?」

「あ、はい、そうなんです」って、なんでわたしバカ正直に答えてしまったんだ。

「そうなんですね、ぼくも学生ですよ」

「へーそうなんですね」動揺と安堵が混ざり合う。


「部活されてないんですか?」

「あーいや」

 じつは趣味どころか部活でがっつりバドミントンをやっていたけど、嫌になってやめてしまっている。


「今はやってないですよバドミントン」

 なんかちぐはぐになってしまった。

 相手からは何も言ってこなくなった。満足したからか不自然におもったからかは分からない。



 そろそろ鍋の具材はいい頃合いだろうか?いくつか菜箸を具材に刺し、火が通っていることを確認する。キッチンの後ろにある棚からカレーのルーの箱を取り出し、ルーを4つほど鍋に入れる。


「そろそろオッケーですよみなさん」上部に固定したスマートフォンに呼びかける。

「りょうかい!」

「いいにおいしてそうだね」

「ハウマッチ!」


「クッキーはどうなったの?」

「あ」そいえば冷やしたままだった。冷蔵庫から棒状にやや固まったクッキーを取り出し、輪切りにしていく。


「なんか朝顔みたいだねー」

「えーそうですかねー?」クッキーを棒状にしたとき、はっきり直線状ではなくふにゃふにゃと曲がったパイプたいになってしまったから、正面から見れば朝顔の形に見えなくもない。


 16個に輪切りしたクッキーをプレートに並べてオーブンで焼く。15分ほど待たなければならない。


「さあもうひとふんばりですよみなさん!」

「長かった栄光への道、ついに来た!」

「ちゃんと割れずにできるといいんだけどね」

「マッチョ!」


 さてと、ひとまずやることなくなったし、洗いものしますか。

 シンクにスマホ画面を向ける。


「うわーみなみちゃん、チョコもったいないねー」

「いいんですよ、そんなの」

「カレーと一緒に食べよう!」

「ぜったい合わないですよそれ」クスクスと抑えた笑いをしながら答える。

 ボウルとヘラ、包丁をあらっていく。


 焼き終わるまであと5、6分くらい、か。

「みなさん、今年の夏はなにするんですかね?」

「えーもう夏の話!?」

「だってもうすぐですよ、夏なんて?」


「夏はやっぱりビールだよビール!野球見ながら飲むビールは最高だぜ」

「ぼくは妻と実家帰るかなー。まだ予定立ててないけど」

「ムーンウォーク!」


「みなみちゃんは夏の予定考えてるの?」

「いや考えてないですけど、みなさんなにするのかなって思って」

「せっかく夏休みなんだから友達とプールとかいいよねー」

「そうですよね、また行ったら配信しますね」

「いいね!」


 話をしていると、またあの3万人の人が入ってきた。

「まだやってらしたんですね」

「あーどうもこんにちはー」再びあいさつする。


「クッキーはできましたか?」

「今焼いてます!」

「そうですか、もしよかったら食べてみたいですね」

「まー初めてなので味どうなってるかわからないですよ」


 沈黙するが、なにも反応なし。


「ところでみなみちゃん、野菜ちゃんと食べてる?」

「食べてますよ、いつも母に出してもらってます」


「出されたもの全部食べてるちゃんと?」

「食べてますよ!食べますけど、豆が嫌いなので出さないように言ってますね」

「豆たべよう」

「豆って野菜なのかな?」

「ビーンズ!」


 そうこうしているうちにクッキーが焼けた。クッキーを皿にとり、カレーを少しだけコンロで再加熱して盛り付けて完成。

 固定器具からスマートフォンを取り、「はい、こんな感じでーす」と大きく見せる。


「おいしそう!」

「サクサク」

「ブラザーズ!」


 スプーンを持って二階に上がり、皿を並べる。スマートフォンを2つの皿が映るようにしてスタンドに固定する。


「それじゃあ、いただきまーす」カレーのひと口目をふーふーする。

「うーん、ちょっと薄いですねカレー。もう少しルー入れればよかったかな」


「でもみなみちゃん、じゃがいもおいしそうだよ!」

「濃くないほうがいいよ」

「デリシャス!」


 ファンの皆様から励ましの声をいただく。まあそうだよね、クッキーできるまでに適当につくったカレーだし。


「さて皆様、お次はメインのクッキーです!」

「ヒューヒュー」

「待ってました!」

「ショータイム!」


 茶色くカサカサしたクッキーを指先でつまみ、ひとかじり。

「うーん、ちょっとベタつく甘さですね。これなにが原因なんですかね、砂糖入れすぎたかな?」


「まあまた調整すればいいさ」

「ベタベタでもサラサラさ」

「エクセレント!」


 まあ良しとするか。だんだんうまくなっていくさ。


 ふと横をみると、教科書やらノートやらが積んであるのが目に入った。あー宿題やらなきゃ。てかなんの宿題あったんだっけ?メモし忘れてなければいいけど。


「みなさん、宿題とかないんですよね?」ぼりぼりとクッキーを食べながら、壁の向こう側を見るようにして問いかける。


「宿題なつかしい!」

「学生さんがんばれ」

「スマッシュ!」

「社会人は残業でいそがしいさ」

「趣味でいそがしい☆」

「ピースフル!」


 いいなあ、宿題がない世界ってどんなのだろう。

 カレーをスプーンですくう。早くも冷めてきている。


「次の配信、どんなお菓子がいいですかねー?」

「アップルパイとかどう?」

「またクッキーリベンジしてほしいな」

「チェロス!」

「うーん、考えておきますね。」


「うどんとかいいかも!」

「さすがにゆでるだけじゃちょっとなー」

「学校でも何かつくるの?」


「学校は一年生のときにつくってましたよ、肉じゃがコロッケとかお味噌汁とか。でも簡単なやつですよ、そんな凝ったものじゃないです」


「おいしそー」

「ぼく食べるだけの係だったな」

「さぼりじゃないですか、成績1ですよそれ」


 皿にはクッキーとカレーが半々くらい残っていた。カレーってけっこうお腹いっぱいになる。


「さてと、そろそろ食べ終わったところで終わりにしますかねー」


「えーみなみちゃん早くない?」

「もうちょっとお話してほしいなー」

「ファイト!」


「ごめんなさいね、もう夜ご飯たべたいんで」


「今カレー食べてるじゃん」

「みなみちゃん食べるねー」

「ビッグ!」


「うるさいですよもー。宿題もやらないといけないんですからね」

「笑」

「では、切りますよ、さよならー」


「またねー」

「ばいばい」

「グッナイ!」


 あーつかれた。配信まだ慣れない。手に汗がにじんでいる。スマートフォンを机の中にしまってリビングに降りる。


 キッチンでは母が鍋で水を沸かしていた。味噌汁でもつくるのだろう。豆腐を切っていた。


「今日はなにつくるの?」

「肉野菜炒めにしようとおもってる。スーパーでお肉安かったし」


 まな板を置くスペースを見ると、「3割引」と書かれたシールが貼られた豚肉のトレーがあった。


「わたし何かやることない?」

「ないねえ。上でやることやってきたら?宿題とかあるんじゃないの?」

「そうだね、上行ってるよ」そう言うと二階へと上がった。


 わたしはもう塾には行ってない。進路も決まってないのに勉強なんてがんばれない。小学生のときはがんばったけど。受験することになったのはなんでだっけ?シュウトはどこ行くんだろ?まあいいや。


 部屋に入ってばさっと布団の上にかぶさる。はー、寝てしまいそうだ。


 そういえば、途中からわたしの配信を見てくれていた3万人彼はこれまた途中からなにも言わなくなったな。まあいいや。害はなさそうだし、気にしないでおこう。うーんでも、新たなファンの獲得失敗か。


 おきあがって机の中からスマートフォンを取り出し、配信アプリから通知が来ていた。通知バーをタップする。少ししてからメニュー画面へと移り変わった。


 「お知らせ」ボタンをタップしてみると、いつの間にかあの3万人の彼からメッセージが来ていた。

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