「こんな所に作者がいると思わないじゃないですか!?」と叫んだ僕に微笑んだ君
桜枕
短編
好きな漫画の発売日ってワクワクしない?
放課後、一目散に高校の最寄り駅からほど近い本屋に駆け込む。
新刊コーナーに平積みされた漫画の中からお目当てのものを探し出して手を伸ばした。
お前の不注意だ、と言われればそれまでだが反対側から伸びてきた手に気づいた時には既に指先が触れ合っていた。
僕とは違って細長くてしなやかな指だ。
反射的に手を引き、相手の顔を見ずに謝ると彼女も謝罪の言葉を口にしていた。
気まずくなって別の本棚へと向かい、人が居なくなってから漫画を購入した。
それから3ヶ月後の新刊発売日にまたしても手が触れてしまった。
顔を上げるとOL風の女性が手を引いた姿勢で静止していた。
いつかのように咄嗟に謝罪する。
「今日は先に買っていいですよ」
まさかの発言に耳を疑った。
しかし、聞き返す勇気を持ち合わせてない僕は曖昧な返事をしてレジの列に並んだ。彼女は僕の後ろに陣取る。
今日に限ってレジ打ちの店員さんが一人しかない。校長先生のありがたいお言葉よりも長い時間に感じた。
やっとのことで支払いを終えて出入り口からレジを振り向くと、さっきの女性が小さく手を振っていた。
鼓動が跳ねる。体育の授業で50m走の測定をした時よりも心拍数が速かった。
少し空いて4ヶ月後もやっぱりあの女性がいた。
タイミングを見計らっていたがなかなか新刊コーナーから動ことしない。
時間が惜しい。意を決して一歩踏み出し、新刊コーナーへと突撃する。
「この漫画好きなの? 受験の邪魔にならないといいな」
何気ない質問だが、少し声が震えている気がする。
この時は知らない男に声をかけることに対する不安からくるものだと思っていた。
しかし、後に別の意味があったのだと知ることになる。
「だって毎回発売日に自分の漫画を買われたら、読者の声を聞きたくなっちゃったんだもん」
これが漫画家として第一線で活躍し続ける妻との馴れ初めだ。
「こんな所に作者がいると思わないじゃないですか!?」と叫んだ僕に微笑んだ君 桜枕 @sakuramakura
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