【1】さあ、のんでよめ

サカモト

さあ、のんでよめ

 いつの間にか、ぼくの住んでいるマンションの最上階がカフェになっていた。

 店主はハンサムボブカットの十六歳で、三白眼の女の子だった。店は彼女が学校の終わった放課後から開店する仕組みになっている。



 地上七階建てマンションの最上階は以前、ひとフロアすべて、大家さんの家だった。それがある日、こつぜんとカフェなっていた。

 最近、夕方になると、ぼくは住んでいるマンションのエレベーターへ乗り込み、最上階のカフェへ向かう。

 最上階へ着き、ドアが左右に開く。降りるとすぐ、そこに立て看板が待ち構えている。黒板の手書きの看板で、今日のおススメが書いてある。

 レギュラー珈琲。

 記憶ではそこに書いてある文字情報は、昨日のおススメと同じだった。その昨日のおススメは、三日前のおススメとおなじだった。

 開店してから、ずっと同じだった。同じものをおススメし続けている。しかも、毎日、書き直している。

 意志が強いカフェだ。

 まさか、そういう意味でレギュラーの珈琲、なのか。

 と、毎回、日変わらない日替わり立て看板をかわし、カフェの入り口ドアを開く。ドアの開閉と連動して、からん、ころん、と吊るした鈴がなる。

 まえに一度、ドアを開いたら、その鈴が落ちたことがある。地面で、からん、ころん、と鈴がなった。

 仕上げの弱いカフェだ。

 広い玄関は改装してあって、一段あがって、中へ靴のまま入れる。日の風吹ぐあいによっては、ここですでに珈琲のいい香りがすることもある。

 リビングも改装してあって、壁はいくつか取り払ったとみえる。生活感のない広い空間に、カウタワー席があり、テーブルが並んでいる。

 壁には本棚がある。古本と新刊が混ざって棚へさしてあり、それらの本には値札がついており、そのまま買える。

 そして、ふと思い出す。

 一ヶ月前、おそるおそる、はじめてここを訪れた日のことだった。

店の前に設置してあったた立て看板を眺めてしばらくして「あ、ブックカフェなのか」そうつぶやいたのをおぼえている。

 しかも、扉は少しあいていて、誰かのハナ歌もきこえてきた。

 誰かいる。営業している。

 おそるおそる店の中に入ると、いつの間のか目の前にキャンパス生地製らしきエプロンに両手をつっこんだ、ハンサムボブカットの女の子がいた。住んでいるマンションの屋上が、いつの間にかカフェになっていた感覚と似て、彼女は、こつぜんと、そこにいた。

 その三白眼でこちらを見てくる。目元、口元にも化粧がほどし、凛としてそこにいた。しかし、ここまで近づけば、いくら化粧しても、本来の幼さがまだまだ隠しきれず、わかってしまう。

 名札には『店長の、つのしか』と、中途半端な文面で書いてあった。

 そして、彼女はいった。

「ここはブックカフェではない」

 ホントは高いらしい声を、やや無理して、低い声を出しているらしい。声の細工の効果もうすく、重厚な雰囲気は出せていなかった。

 さらに彼女は言う。

「ここはカフェ本屋だ」

 いらっしゃいの前に、客への発言へ修正をほどこしている。

 気難しいカフェだ。

 しかし、なんだろう「カフェ本屋」とは、思いつつ訊ねた。「ブックカフェとは、どう差異があるのでしょうか」

 すると、つのしかさんはハンサムなボブの端を不敵に揺らし、三白眼を細めていった。

「気分」

「理由の単位がでかい」

 そう感想を述べた。

 それから彼女は、まるでこの惑星全体へ向けるように言った。

「さあ、のんでよめ」

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【1】さあ、のんでよめ サカモト @gen-kaku

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