第二十三話 英雄と英雄

「さあ、今代の英雄候補よ、かつての英雄として、師として、引導を渡そう」


 変声して呟くのと同時に封印が砕ける。

 動き出したその場の時と共に、彼は状況を理解したらしい。その碧眼に、静かな怒りが満ち、炎となって燃える。


「皆の仇、討たせてもらうよ」

「やってみろ」


 いつの間にか上っていた月の光の下、日輪に照らされた様な金色の髪の優男に向け、俺は太陽喰らう月を構える。

 これが、最後の戦いだ。


 最初にしかけたのは俺。

 いくら攻撃的とは言えあちらは盾役。後の先をとるのが本業だ。

 それに、にらみ合っていては、先に数戦しているこちらが不利。


 俺の振り下ろした両手剣とジークの白い大楯がぶつかり、火花を散らす。大重量の一撃を、しっかり受け流された。

 そこへ利き手の白い長剣で切りつけてくる。


 騎士のセオリー通りの、優等生の剣だな。俺が教えたままだ。

 だが鋭さはそこらの騎士に比べるべくもない。


 つまり、純粋に強く隙が無い剣。


 一歩踏み込んで剣をやり過ごしながら、ジークの実力を再認識する。やはりコイツは別格だな。他の面々も英雄パーティの一員として申し分ない実力だが、対人と対魔物の差を考慮しても真に英雄足り得る力があるのはジークだけだ。


 踏み込んだままに駆け抜け、打ち払うように振られた楯の殴打を回避。ジークの左腕側から、斜めに切り上げる。

 殆ど死角からの一撃だったが、これも丁寧に受けられた。


 態と正面から受けて足を止めさせたとなると……やはり脚か!

 雷を纏った剣が楯の裏から俺の左足を狙う。


 常なら剣で受けるが、雷を纏ったこれには握手だ。一歩下がって避け。切り返しに飛び退く。

 一見すれば余裕をもってけた筈の俺の服が裂けた。剣が纏う風の力だ。


「これを初見で見切るか」


 生憎だが、初見ではないからな。


 ルシアに使ったのと同じ金属製の棒を顔面に向けて投擲すると同時に走り出す。

 ジークが選んだのは、回避か。首だけを傾け、棒を避けた。


「アイシクルランス」


 氷柱つららで追撃。こちらは楯で受けてきた。

 その楯で出来る死角に入り、喰月を振るう。


「我を隔てしを喰らえ、『喰月』」


 対価は魔石の欠片。大した威力にはならないが、一瞬の隙に打ち込むにはこれが限界だ。


「むっ!」

「ちっ」


 これは見せたことが無かったはずだが、咄嗟に楯に魔力を纏わせて相殺してきた。

 レイの魂装に近いと気が付いたか?


 まあ、それならそれで手札が変わるだけだ。


 身体を回転させ、勢いを殺さぬままに叩きつける、直前で喰月を仕舞う。

 強撃に合わせようとしていた楯が空ぶって、ジークの体勢が崩れた。やはり熟練の楯使い程これが効く。


 出来た隙に一歩踏み込んで、短刀の居合一閃。刃はジークの白鎧の隙間を塗い、楯を持つ左肩に傷を付けた。


「ぐっ……!」


 もう一撃、と欲張るには相手が悪い。直ぐに飛び退けば、案の定彼の全身から熱波が放たれた。一瞬でも遅れれば、多少の火傷では済まない。


「毒か……」


 正解だ。ベヒモスの通常個体なら、数度切り付けるだけで動きを止めるに十分なほどの猛毒だ。よくもまあ顔を顰めるだけで済んでいる。


 短刀を鞘に納め、再び喰月を取り出す。


「何故お前がを使っている? そもそも何の目的で僕たちを狙った」


 会話の隙に魔法での解毒を試みる気か。そんなものまで使えるとは、本当に多才な奴だ。


 悪いが、させる気は無い。


「サンダーランス」


 楯で受けられないいかづちの魔法を放ち、避けさせる。

 それを数発。動けば動くほど、毒は早く回る。


 更に袈裟切りに切り込んで、解毒に集中する余力を奪う。

 なんなら決める気で切り付けたが、これも上手く凌がれてしまった。


 更に数合のやり取りでも決定打にはならない。毒の分、ジークの傷は増えていくが、こちらも無傷とはいかない。


「はぁっ!」


 切り上げか。半歩引いて、そのまま斬りつけ、いや、剣に魔力。これは、光か!


「ちっ!」


 咄嗟に目を瞑ったが、森の暗がりに慣れた目は瞼越しの光でも十分に焼ける。一時的に視力を失い、気配と音以外に周囲を知る術がなくなった。


 前方から空気を押し出す音、シールドバッシュかタックル。後ろに飛んで……。


「くっ」


 背中に硬い感触がした。木だ。


「ガハッ……!」

 

 慌てて剣を盾にした直後にもの凄い衝撃が伝わって、肺の空気が強制排出される。木は砕け、俺は地を転がった。

 すぐに立ち上がって剣を薙ぎ、身長に後ろへ下がる。


 くそ、腕が上手く動かない。氷の付与をしていたか。


「これで五分に戻ったね。さっきの質問に答えてくれたら、見逃しても良いけど」


 ようやく視力が戻ってきた。

 ジークの言っていることは、嘘ではないだろう。そういう男だ。


 だが、従う道理はない。


 短刀を引き抜いて投擲し、懐の魔石の欠片を纏めて握る。

 毒を警戒する分、ジークは慎重に受けざるを得ない。楯で弾き、拾われないか警戒する彼の前方で、再び喰月の力を発動する。


「我を隔てしを喰らえ、『喰月』」


 何かを感じ取ったのか、楯で受けるのを止めて回避行動をとってくるが、少し遅かった。

 黒大剣の切先が楯を掠め、喰らう。中ほどを斜めに消滅させて、大楯を小盾程までに変えた。


「やはりレイのと同じような力か!」

「似ているが、少し違う」


 振り下ろしを盾で受け止めるジークだが、片手では当然俺の方が有利。剣に注意しつつ、徐々に押し込む。

 ぎりぎりと金属同士が擦れる音が森に響いた。

 

 互いに血に塗れてはいても、その殆どがかすり傷。真面にダメージを与えられたのは一撃ずつ。

 まだ成長段階にあるスコルの肉体ではジークに分がある。毒を喰らわせ盾を破壊したことでようやく五分か。


「ふっ!」


 押し込み切る前に横へ流された。突きが俺の顔面を狙う。


「ちっ」


 首を傾けるも、仮面に少し掠ってしまったらしい。太陽喰らう月の面が弾かれ、素顔が月明りに照らされる。


「なぜ、君が……スコル!」


 動揺、してはいるが冷静。大きな隙にはなっていない。

 盾を思いっきり蹴り、距離を空ける。


「今まで僕たちを騙していたのかい?」

「そうだ」

「即答、か。凄いね、演戯だなんて全く気が付かなかったよ」


 演戯では無かったからな。

 もし、ジーク達が英雄足り得ないのなら、ただの冒険者仲間として付き合っていく未来もあっただろう。


「残念だ」

「本当にね」


 互いに踏み込み、剣と盾を合わせる。

 何度も金属同士がぶつかり合う音が響く。


 だが決着はつかない。

 ジークはその才と身体能力で、俺は培った技術とジークの剣に対する理解で攻撃を捌く。


 このままでは埒が明かないな。

 ジークも同じことを思っているだろう。


 示し合せたように間合いの半歩後ろまで下がり、視線を交わす。


「そろそろ終わりにしようか」

「ああ」


 ジークのメラメラと燃えた蒼色の眼光が俺を射貫く。


「最後に、さっきの質問に答えてくれても良いんだよ?」

「……お前たちを殺すのは、人間の平和のためだ。魂装については知る必要は無い」


 俺が答えるとは思っていなかったのだろう。ジークは驚いたように眉を動かす。


「人間の平和の為、ね。詳しく聞いても?」

「言ったところで、お前の行動は変わらない」


 魔王を討ちに行く。騎士として。

 そういう男だ。


「そうか。じゃあ、そうさせてもらおう」


 ジークの魔力が膨れ上がった。

 魔法使い並みに大きな魔力が剣に宿り、増幅されて虹色の輝きを放つ。


 あれがジークの魂装、纏虹てんこうの力。本来ならばあり得ないはずの全属性同時付与。


 彼に倣い、俺も用意してきた全ての贄を捧げて力と為す。


「行くよ」

「ああ」


 大上段に構える俺と後ろ手に構えるジーク。

 これで、全てが終わる。


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