最終話 この世界に英雄はいらない

「虹よ、全てを奪い全てを穿て、『纏虹』!!」

「月よ、贄を糧に我が敵の全てを喰らえ、『喰月』!!」


 互いの魂装が鳴動し、空より落ちる黒流星と駆け上がる虹が交差した。

 流星りゆうせい虹色の剣アルコ・エスパーダ、互いの二つ名に相応しい一撃がぶつかり合って、周囲に破壊をまき散らす。


「くっ、スコル、その剣は!」

「余計な事に気を取られるな、ジーク」


 拮抗したまま、動かない。

 黒と虹が弾け、余波が互いを焼く。


 己の魔力で魂装の権能と身体強化を行っている彼と、権能の発動には対価のみを使い魔力は全て身体強化に回している俺で互角。

 弟子の成長は嬉しいが、殺さねばならない敵も、その弟子だ。


 完全に硬直したこの状況を動かすとしたら、覚悟の差か、単なる運か。


「ぐっ、うぉぉぉおおおお!」

「はぁぁぁぁあああああ!」


 柄にも無く烈火の気合を叫び、力を込める。

 

 相殺されずに弾けた魔力がバチバチと音を立て、大地を焼き、木々を穿つ。

 永遠にも続くかと思われたこの時間。それは、不意に終わりを告げた。


 突然抵抗が無くなり、互いの剣が振り切られる。

 俺とジークの背後が余波で吹き飛んで、行き場を失くした魔力は煌々と空を照らした。

 あまりの衝撃に踏ん張り切れず、むき出しになった地面を転がる。


「ぐぅ……」


 腹から肩にかけてが熱い。無意識に添えた手には、べったりと紅の血が付いていて、酷く汚れていた。

 どうなった? ジークは、生きているのか……?


 風切り音がして、すぐ横に何かが刺さる。

 それは、色を失くして白くなった、纏虹の刃だった。


 ちょうど俺の喰月と合わさっていた辺りから根元までがない。


 傷むのを無視してどうにか俯せになり、ジークがいる筈の方向へ這う。

 そして見つけたのは、斜めに切断され左半身と下半身を失くした嘗ての弟子だった。


「コヒュー、コヒュー……」


 喰月の力で消滅させられたからか、まだ息がある。しかし遠からず、失血死するだろう。


「ジー、ク……」

「ロイ、ド、ざん……ゲフッ、ゴフッ……」


 肺に血が溜まっているらしく、咳と共に血が彼の口から飛び出した。


「どお、しぃ゛、で……」

「……魔王を、討っては、人間たちはまた、互いに、争う。平和では、なくな、る……」


 かつて、俺たちが魔王を討伐した後のように。


「用済みになった英雄は、消され、人間の平和は、おわ、る……」


 どうにか捻りだした言葉に、ジークは虚空を見つめたまま、耳を傾ける。


「だか、ら、魔王を、生かさねば、英雄を! 生むわけには、いかな、か、た……」


 気付かぬうちに握っていた彼の右腕が、どんどん冷たくなっていく。


「ぞう、ですか……」


 ジークの目が、閉じられた。


「話していれば、違う未来は、あった、か……?」

「……。ぞれで、も、僕は、魔王を、討ち、に――」


 命の気配は、そこで消えた。

 彼は最後まで言う事なく、英雄候補としての生涯に幕を下ろしたのだ。


 仰向けになり、激しく呼吸をしながら、月を見上げる。

 やはり彼も、己の信念を貫こうとした。その先にどんな未来があるかなんて考えず、ただ人々の笑顔を願って。


「やっぱり、お前は、英雄の器だよ……」


 呟くと同時に、視界がドンドンぼやけていく。

 このままでは、俺も間もなく死んでしまうだろう。ポーションでは間に合わない。


 そうなれば、終わりだ。次の英雄候補がどこぞの国から現れる。手ぐすね引いてジーク達の死を待っていた国や貴族は、少なくない。


 それでは、意味がない。

 迷っている暇は、どうやらないらしい。


 喰月を手元に再び顕現させ、残った魔力の八割とポーション、そして、俺を俺たらしめるものを贄に選ぶ。


「月、よ、我が記憶と魔力を糧に、我が死を、喰らえ……『喰月』!」



◆◇◆

 ――俺は、何をしていただろうか。

 背には硬い土の感触。天より差し込む月明りが眩しい。


 周囲を見れば森の中のようだが、酷く破壊されており、隣には半身の無い金髪の男の死体があった。

 

 立ち上がって調子を確かめる。特に違和感はない。ただ、魔力がほとんど残っておらず、上半身には大量に出血した跡が残っていた。

 これは……、そうか、俺は、この男と戦っていたのか。


 眠ったような顔をよく見てみると、確かに覚えがある。

 名は、ジーク。今代の英雄候補で、俺が殺すべき相手だ。


 どうやら俺は目的を果たしたようだな。何か色々と忘れているようで、俺が誰かも分からないが、問題ない。目的は覚えている。


「スコ、ル……ジークさん!?」

「そんな……」


 突然声がした。

 振り返ると、俺と変わらない年に見える男女がいた。


 こいつらも知っている。標的の二人で、レイとルシアだ。

 俺の息子と娘だなんて記憶があるが、おかしな話だ。どう見ても、それほどに離れているようには思えない。

 スコルは、俺の名か。


 ジークは死んでいるのに、コイツらが生きている理由は分からない。確かなのは、殺さねばならないという事。

 ジークとの戦いで満身創痍になってしまったらしい俺だが、魔力も気力も殆ど無く己の魂装に縋りながら立っているような奴らくらいなら、問題ない。


「スコル、どうし、て……え?」

「レ、イ……?」


 まず一人。

 一足飛びに肉薄して突き、首を刎ねた。


 噴出した血が少女の頬を染める。


「イヤァァァアアア、あ……」


 そのまま剣を振り抜いて、二人。これで終わりの筈だ。


 おっと、そうだ。魂装を破壊しておかなければ。

 しかし、魂装二つを砕くには魔力が足りんな。


 ……あれと、あれでいいか。


 ジークの手に残っていた剣の柄を拾い、少年少女の所へ戻る。


「魂の欠片と我が心を糧に、双星を喰らえ、『喰月』」


 ずっと、内側から訴えかけてきて邪魔だったのだ。

 何故コイツらを始末する事に抵抗を感じていたのかは知らないが、目的を遂行するには必要ない。


 真っ白な杖と大剣が月に食われ、砕かれる。


「心は要らない。俺が何者かなんて事も、どうでも良い。ただ、どんな手を使ってでも、未来永劫人間の平和を守る。それだけだ」


 それだけの筈なのに、どうしてこうも、涙が止まらない?


 ―完―

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