第二十二話 捨てられないモノ

「ハルガさん!?」

「くそ! よくも!」


 まだまだ青いな、二人とも。


 勢いそのままにルシアへ踏む込み、横に凪ぐ。能力を発動していない喰月では咄嗟に盾にされた杖、彼女の魂装である絶光を砕くことは叶わない。それでも力任せに振り切れば、彼女の軽い体は簡単に宙を舞った。


「ルシアにまで何しやがる!」


 後ろからレイの大剣、滅月が振り下ろされるが、目を向けるまでもない。気配だけを頼りに半身になるとすぐ横を真っ白な刃が通り過ぎた。

 喰月にそっくりなその剣を踏みつけ、彼の顔面に向けて手を伸ばす。


「アイシクルランス」


 変声機能でハルガの声を真似、氷の槍の魔法を発動する。声に驚いたらしく一瞬反応が遅れたレイだったが、どうにか首を捻って頬を掠めるに止めた。


「くっそ!」


 無理矢理振り上げられる力に逆らわず剣身を蹴り、一度距離を取る。


「レイ、落ち着いて。私は大丈夫!」

「ルシア! ……ふぅ、分かった。大丈夫。ごめん」


 完全に落ち着いたな。あれだけ激高していたのに。良い兄妹じゃないか。


「いくぞ」


 ふむ、ハルガの声にももう動揺なし。若くても英雄候補か。

 まあ、それならそれで問題ない。


 回り込むように走り、レイとルシアが一直線になった瞬間に氷の槍をもう一度撃ちだす。

 ルシアからは死角になって見えず、避ければその彼女に向かうこれをレイは当然、剣で叩き落とした。

 その振り下ろしの瞬間に、踏み込む。


 レイと似たような軌道で振るった剣はしかし、ガキンと音を立てて制止した。ルシアの障壁に阻まれたのだ。

 そこを狙われると当たりを付けたんだろう。強度も申し分ない。


 では、これはどうだ?


 袖に仕込んだ金属の棒に魔力を纏わせ、ルシアに向けてレイの身体の隙間を通すように投げる。殺傷能力は少ないが、人間に与えるダメージとしては十分のものだ。


「くぅっ」


 ギリギリ避けたみたいだな。まあ、想定内。

 本命は、投擲武器に気を取られたレイだ。


 反射的に視線を飛翔物へ向けたレイの懐へ入り、左腕で剣を握る手を抑え、頭突きを見舞いする。

 不意を打たれた彼は仰け反って、たたらを踏んだ。


 勢いそのままに腹へ回し蹴り。少年一人を蹴り飛ばすくらい訳はない。

 ルシアを巻き込んで、レイは木に激突する。


「くそ、強い……」

「うぅ……。レイ、どうにか、強化魔法をかけるまで凌いで」

「ああ、分かった」


 小声でやり取りしていても、口の動きを隠さなければ意味がないぞ。


 障壁を張って立て直そうとする所へ、喰月を叩きつける。強度は十分で、一撃で破壊できるようなものではない。

 続けて二度、三度と剣を振るえば、流石に耐えられなかったらしくガラスのような罅が入った。


 もう一撃で破壊できそうだが、それはせず一度後ろへ下がる。と同時に障壁が消え、レイの薙いだ白剣が目の前を通り過ぎた。


 振り切った隙を魔法で狙うが、先ほどより数割も切り返しが早い。諦めて剣で受け、鍔競り合いに移る。

 ルシアからの魔法は位置を細かく調整して撃たせず、レイの体勢も崩しにいく。


 やはりまだまだ若いな。こういった駆け引きに慣れていないのが丸わかりだ。


「フッ!」


 完全に力を弱め、前のめりになるのを踏ん張った所で力を込めれば、それだけでレイはバランスを崩して死に体になってしまった。


「レイ!」


 あとは踏み込むだけ、の所でルシアが足元に結界を作り、妨害してくる。こういった結界の使い方はレティも得意だった。

 流石と言うべきか。


「く、これでも喰らえ!」


 続けざまに踏み込もうとする先へ結界を作られては、俺もやりづらい。その隙を、レイは見逃さない。


「闇を滅する光となれ、『滅月めつげつ』!」


 ふむ、良い太刀だ。

 初見なら俺も、これは受けてしまっただろうな。


 眼下から白い光が迫ってくる。

 俺を殺すには十分すぎる力だ。


 だが、残念ながら、その剣はよく知っている。

 本当に不思議なものだ。


「なっ!?」


 避けられたのが余程衝撃だったらしい。目を見開き、硬直する。

 これだからまだ若いと言っているんだ。


「だめ!」


 ルシアが顔を真っ青にするのが見える。この距離ではルシアの結界も間に合わない。


「その気を喰らえ、『喰月』」

「く、そ!」


 無理矢理に白く輝く滅月を切り返したレイだが、間に合わない。

 彼の白が届く前に、俺の黒がレイを喰らう。


「レイ!」


 掠れ、殆ど声になっていない悲鳴だ。倒れ伏す双子の兄をロイドと同じ真っ赤な瞳が追っている。

 その視界には、もう一度剣を振りかぶる俺の姿も。


「っ! 汝、その破壊を拒み――」

「大丈夫だ、ルシア」


 変声機能を切り、娘に語り掛ける。極力、優しく。


「再び喰らえ、『喰月』」


 魔物の牙を一つ対価に、黒い月が再び輝く。

 月は、銀の片割れにそうしたように、訳が分からず呪文を止めてしまった彼女を喰らう。


「スコ、ル、どうし……」


 最後まで言い切ることも無く崩れ落ちた彼女の体を受け止めてやると、可愛らしい小さな寝息が聞こえてきた。

 つい、安堵の息が漏れる。


 ……安堵、か。これから殺そうとしているのに、馬鹿らしい。

 ルシアをレイの横に寝かせ、剣を構える。


 先ほどは消耗を抑えるために気絶させただけで済ませたが、そのままにしておくつもりはない。


「許せ、レティ」


 手が震える。

 一息に楽にしてやるつもりだったが、アンネやハルガをヤッた時のようにいかない。


 当然か。コイツらは、レティと俺の、ロイドの実の子どもたちなんだから。


 呼吸が荒くなっているのが自分でも分かる。

 どうした、スコル。殺すのだろう。人間の平和の為に。


 今更、この手を血に染める事を恐れているのか?

 嘗ての親友を斬り、後継の者たちも斬り、最後には慕ってくれている弟子すらも斬ろうとしているのに。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 自分の呼吸音が煩い。心臓の音に耳が痛む。

 汗が滴り、地面を濡らす。

 今手に持っている剣を振りかぶり、下ろす。それだけだ。それで、全てが終わる。


 その筈なのに、それだけの事が、何故できない。


 簡単だろう。力なんぞ要らない。落ちるに任せれば良い。

 さあ、ヤれ、ヤるんだ、スコル。


「……くそっ」


 どれ程そうしていたかは分からない。

 到頭、構えていた剣を振るう事なく、下ろしてしまった。


 剣を構えている間なり続けていた心臓が痛い。


 これだから、コイツらと交友を深めたくなかったのだ。実の息子と娘だなんてなら、簡単に割り切れたのに。


「……急ごう」


 ジークの封印を見ると、遠からず破られそうな気配がした。

 流石というべきか。


 気絶させたしろがねの双子を担ぎ上げ、その場を離れる。

 そうだ、まだ未熟な彼らは、殺すまでも無い。


 彼らだけ生きて帰ったなら、きっとレティはその意味を理解する。理解して、二度と英雄の道を歩まないようにしてくれるはずだ。

 だから、態々殺す必要は無い。


「そう、これでいい。人間の平和を守るのに、支障とはならない」


 甘いのは分かっている。最善は、やはりこの場で息の根を止めてしまう事だろう。

 どんなに親が願おうとも、子はその通りに育つとは限らない。また、英雄の道を進んでしまって、この手で殺さなければならない日が来てしまうかもしれない。

 だが、それでも今は出来ない。まだそうならない未来が残っている。


 親のエゴと言われればそれまでかもしれないが、矛盾しているかもしれないが、最良の道は、これだ。そう、信じている。


 心の内で続ける言い訳という名の祈りが届くことを願いつつ、十分に離れた辺りで子どもたちを木の根元に寝かせ、土の壁で覆う。


「汝の跡を喰らえ、『喰月』」


 その上で、手持ちの求婚器官全てを使って、隠す。これで眠っている間に魔物に殺されることも無かろう。


「すまんな、レイ、ルシア。一度くらいは、お前たちを父親として抱きしめてやりたかった」


 もう、それをするには、俺の手は汚れすぎている。

 アーグとなったデミカスをこの手で殺した時、どうしようもなく紅く染まってしまった。


 後ろ髪引かれる思いを振り切って、来た道を戻る。

 その間に、心の整理は終えた。


 あの子たちは、未熟故に生かしてやれた。

 だが、ジーク。お前は無理だ。

 お前は、英雄の器に育ってしまった。


 師として嬉しく思うと同時に、この手でその命を終わらせなければいけない事を残念に思う。

 それでもやると決めたのだ。


「さあ、今代の英雄候補よ、かつての英雄として、師として、引導を渡そう」


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