第二十一話 牙剝く月

◆◇◆


 門近くの屋上に立ち、ジーク達の乗った馬車が民衆の声援に送られるのを見守る。

 これから彼らは死の森を抜けて魔族領に入り、そして魔王に挑むだろう。結局彼らの実力に見合う、アンネ以上の仕事が出来る斥候は見つからなかったようだが、それでも魔王の下に辿り着くのは間違いない。自分で思っている以上にアンネは斥候としても優秀だ。


 もちろんそれは、死の森を無事に抜けられたらの話。その前に、俺が終わらせる。


「ジーク、すまんな。人間の平和の為に、魔王を討たせる訳にはいかないんだ」


 敢えて口に出した言葉は、誰にも届かない。例えアルザスでも、仮面に隠された口を読むことは出来ないだろう。


 ジーク達が森に入るのは、予定通りなら明日の昼頃か。

 なら決行は三日後、彼らが十分に森の奥まで入った夕方ごろだ。孤立した所で確実に太陽英雄を喰らう。この仮面に描かれた月のように。


 死の森に入ったのは、予定通りの時間だった。疲れづらいペースでの移動だったので、気付かれない距離を保ったままの移動に問題はなく、今も視線の先に五人がいる。

 ここからは俺も危険だが、嘗てロイドとして往復した道だ。多少の土地勘がある分、あいつ等よりは楽だろう。


 死の森は相変わらず昼間でも暗く、魔物も強い。気配を消していれば、大抵はジーク達の方に行ってくれるが、幾らかは相手をしなければならない。体力を削られすぎないように、迅速かつ最低限の労力で、そして静かに処理していく。倒した魔物の素材で対価に良いものがあれば、それも回収していった。


 そして三日目。夕方までは先行して、ちょうど良い場所を探す。彼らが夜営に選びそうな場所と、狩るのにちょうど良い場所だ。

 移動速度と接敵頻度、平均戦闘時間から計算して、移動距離を割り出すと、夜営に使うだろう場所はすぐに見つかった。

 候補は二か所で、片方は俺たちも使った場所だ。木々が成長して多少変わってはいるが、間違いない。


 どちらも魔物の乗れないような細い枝葉に頭上を覆われており、障害物となる木々に囲まれた広場だ。剣を振るうにも問題ない広さがある。


 あとは、狩場。

 夜営場所を決めた後、アンネは少しばかり先行して安全確認をするだろう。そのタイミングを狙う。

 幸い、夜営候補のどちらを選んだとしても数分進めば合流する。


 ……よし、ここが良い。ここなら遮蔽物が多く、アンネの双剣を振るうには狭い。しかし俺の短刀を振るうには十分なスペースがある。


 あとは、時を待つばかり。


「……問題ない。問題ない」


 自分に言い聞かせて、息を吐く。それから引き返して、森を進むジーク達を見守った。


 夕刻にはまだ少し早いが、深い森の中が暗くなり始めた頃、ジーク達が夜営候補の一つに到着した。俺たちが使った方だ。


「よし、今日はここまでにしよう。いつも通り、夜営の用意に移る」

「じゃあ私は先を見て来るよ」

「ああ、頼む」


 予想通り、アンネが先行して森の奥に入っていく。ルートも、同じだな。無意味に足場の悪い道を選ぶことは無いので、当然ではあるが。


 ――予定の地点だ。始める。

 石を投げ、明後日の方向の茂みを揺らす。アンネは即座に反応して警戒態勢に入るが、別方向のやや離れた位置にいる俺には気付かない。


「我が跡を喰らえ、『喰月』」


 道中手に入れた魔物の求愛用器官を対価にして、気配を完全に消す。レッドドラゴンを殺した時ほどの時間は保てないにしても、目的達成には十分だ。


 一直線に肉薄し、顎の裏側から真上に向けて短刀を突き刺す。


「ア、ガッ……」


 驚愕の色を張り付け曇るアンネの瞳に、月食つきはみの仮面が映った。


「すまんな」


 変声機能を切って言う。俺の声に正体を察したのか、一瞬腕に入った力が抜けた。

 短剣を捻り、完全に息の根を止めると、彼女の手から魂装の双剣、奪蛇だつじやが落ちる。


「我が敵を喰らえ、『喰月』」


 その剣を、彼女の魂の一部を、破壊する。

 俺たちが記憶を持ったままに転生した理由が魂装なら、確実に壊しておかなければいけない。

 死の森の魔物の魔石三つを対価に、漆黒の大剣は彼女の魂を喰らい、砕いた。


 足元には、光の消えた目で横たわり、森を赤く染めるアンネ。

 まず一人だ。


 休んでる暇はない。彼女が返ってこない事で警戒される前に、次の手を打たなければいけない。

 行こう。


 荒ぶろうとする心を落ち着けて仮面の位置を直し、来た道を引き返す。


 夜営地点まで戻ると、拾ってきた薪を積み上げて火をつける所だった。これから夕食の用意をするのだろう。アンネを除く全員が近くに揃っているが、問題ない。


 先ほどと同じように喰月に気配を喰らわせ、ジークに近づく。このまま攻撃しても、こいつは勘で反応するだろう。そうなったら、四人から袋叩きだ。

 他の三人からやるにしても、ジークを含めた三対一になってしまう。それは流石に勝つ自信がない。


 だからまず、ジークを封印する。

 対価は、空間を操作する魔物の魔石十個。


「我が敵の時を喰らえ、『喰月』」


 言霊を唱えると共に俺の気配が戻り、流星の残光の四人が戦闘態勢に入る。だが、もう遅い。


「くっ、これは……!」


 抵抗を見せたジークだが、周囲の空間ごと封じようとしているのだ。悪あがきにもならず、封印が完了する。彼の周囲だけ時間が止まり、光を通さなくなったことで漆黒のカーテンに覆われた。


「ジークさん!」

「ルシア、抑えろ! ジークなら問題ない! それよりも目の前の敵に集中しろ!」


 流石ハルガ。冷静に状況を見ているな。あの封印が制限時間付きなのも見破っているな。

 レイは、まだ少し遠い位置にいる。まずはハルガだな。


 地を蹴り、魂装である杖、顕鏡けんきようを構えるハルガに肉薄する。位置取りは、レイとの間に入るあたり。


「くっ……!」


 それだけでレイを巻き込むような大魔法は牽制できる。


「ルシア、レイを守れ!」


 良い判断だ。ルシアの結界もレイも、俺が剣を振るうのには間に合わず、近接能力は明らかにこちらに分がある。ならば魔法で迎撃するしかないからな。だが。


「少し遅かったな」


 変声機能は切ったまま、ハルガにだけ聞こえるように言う。


「なっ!? なぜお前が……!?」


 狙い通りにハルガは一瞬、詠唱を止める。

 一秒にも満たない時間だが、この距離だ。その一瞬で全てが変わる。


「我が敵を喰らえ、『喰月』」


 魔石二つと道中で手に入れた魔物の爪を対価に黒剣がその力を解放する。剣身と同じ漆黒の尾を闇の中に描いて、水晶の杖を断ち、そのままハルガの胴を袈裟の方向へ切り裂いた。


 目を見開いたままハルガの上半身が宙を舞い、そして地に落ちる。

 これで二人。


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