第十二話 賑やかな野営

 翌早朝、比較的緊急を要する事態だったこともあり、俺たちは早々にベヒモス討伐へ向けて出発した。しかし時折現れる魔物たちに足止めをされてしまい、奴のテリトリー目前まで来た時にはもう一、二時間で日の暮れる頃になっていた。


「一旦ここで野営していこうか」

「ええ」


 ジークの指示に従い、野営の準備を進めていく。今でこそ対魔王の英雄パーティーとして手厚い支援を受けているジークたちだが、元々は一介の冒険者として活動をしていたのだ。特に問題なく野営に入り、夕食となった。


「スコル、先に食べちゃって」

「ああ」


 食事中はどうしても無防備になってしまう。その間に魔物に奇襲をかけられたら一溜りもない。パーティーならこれを防ぐために、二つ以上のグループ分かれて食事を摂るのが常識だった。

 一応全員が警戒をするが、メインは俺とアンネだ。彼女の言葉に甘えて用意してきたパンを若干塩味のする白湯で流し込む。残念ながらこのパーティにはまともに料理の作れるものがいないらしい。


「……何だ」


 ふと視線を感じて顔を上げると、レイとルシアがこちらを見ていた。


「いや、別に」

「スコルって一人で旅してたんですよね。料理、出来ないんですか?」

「お、おい、ルシア!」


 なるほど。二人はもう少しまともな料理を期待していたらしい。


「一人だと持ち運べるものにも限界があるからな」


 素直な妹を止める兄を片手で制し、そう返す。まあ、材料があったとしても焼いて調味料をかける程度の事しかできない。それ以上は正直よくわからないとしか言えない。


「これはやっぱり、私が料理を覚えるべきかな?」

「大丈夫です!」「やめて」「大丈夫だよ」「問題ない」


 息ぴったりだな、こいつら。


「そう? わかった」


 アンネはあまり気にした風もなくそう答えて、食事に戻る。

 しかし、ハルガやジークまでかぶせ気味に止めるとなると……。


「アンネのやつは凄まじい料理音痴なんだ」

「やはりそうか……」


 隣に座っていたハルガがこっそりと教えてくれた。

 今は詳しく聞けないが、双子は兎も角としてこの二人がこの勢いで止めるのだ。彼の言う通り、相当なものなのだろう。そういえばラピスのやつも料理は壊滅的だったな。まあ、あいつの場合は実験好きが悪い方に作用していたのが大きそうだが。その点、レティはその辺りも抜かりなかった。教会での下積み時代に学んだと言っていたか。聖女として崇められるようになった今はもうその腕を振るう事もないのだろうが。

 ……レティは今頃、どうしているのだろうな。


「スコル、どうかしましたか?」

「いや、賑やかだと思ってな」


 気が付かぬうちに双子をじっと見つめていた。首を傾けるしぐさに懐かしい面影を感じながら、そう言って誤魔化す。


「そうですね」

「いつもこうなのか?」

「いや、いつもはもう少し静か」


 ルシアの代わりにレイが答えた。気が付くと、他の面々もこちらを注目している。


「お前がいるからだろう」

「そうだね」


 ハルガが言い、ジークが微笑んだ。


「……そうか」


 なんと答えようか迷って、結局、そう一言だけ返すにとどめた。

 あいつらとの飯も、こんな感じだった。だいたい騒いでいたのはラピスのやつだったが、あの頃は何も疑うことなく、誰もが楽しげに笑っていた。

 この場は、今の俺にとっても、余りに居心地が良かった。


 食事を終えた頃、ジークが神妙な顔で話を切り出した。


「道中のこと、どう思う?」

「魔物のこと?」


 ジークたちもやはり気が付いていたらしい。道中現れた魔物の数は街道沿いに移動していた事を考えると明らかに多かった。


「どいつも逃げてきてるみたいだった」

「そうね。それだけじゃないよ。ランクも高かった」


 アンネの言う通り、平均的な強さのベヒモスなら逃げ出すはずの無い高ランクの魔物まで混じっていた。つまり、この先にいるベヒモスはかなり強力な個体の可能性が高いということだ。


「明日は相当厳しい戦いになる、か」

「そうだね」


 俺は小太刀を少し引き抜いて状態を確認し、また戻す。主な目的はジークたちの実力を見る事だが、俺にとっても決死の闘いになりかねない。心してかからなければ。


「でもまあ、なんとかなるでしょう」

「うん」


 これまでやってきた自信の為せることか。楽観的にそう話すアンネとレイを見ていると、少し羨ましくなる。


「二人とも、油断は禁物だよ」


 苦笑いと共に諭すジークへ、二人は勿論と頷いた。ジークのやつもそれほど心配していなかったのだろう。一つ頷いて、先に寝ると横になる。

 俺もそろそろ休もう。見張りの順番が来るまで少しでも多く寝ておきたい。逃げてきた魔物のランクを考えると、かなり奥まで行かなければならないのだから。


 翌日、影の最も短くなる頃、その気配に気が付いた。どっしりと大地に根を張るようでいて、荒々しい気配。感じ取れる強さと言い、間違いない。


「見つけた。少し左に逸れて真っ直ぐ一キロだ」


 少し距離を空けてついて来ていたジークたちへ教える。一列に並ぶ先頭はジークだ。

 

「アンネ、どうだい?」

「いや、私にはまだ分からない」

「そうか。これはますます、うちに入って欲しくなったな」


 最後の言葉は聞こえなかったふりをする。当然ジークたちには看破されていたが、肩を竦めるばかりで何も言ってこない。キョトンとした表情を見るに、ルシアだけは気が付いていないな。

 いや、それはいい。今は兎に角、ベヒモスだ。


 木漏れ日も段々と少なくなり、辺りは夜のように暗い。聞こえるのは葉や土の踏みしめられる音ばかりで、不思議なほどに静かだ。

 アンネも少し前に気配を感じたらしい。そろそろルートを選ぼう。極力、音の出ない道を行きたい。

 そう思って少しペースを落とすと、意図している事に気が付いたのだろう。全員がこれまで以上に注意して歩き始めた。


 そして到頭とうとう見つけた、通常のベヒモスよりも一回りは大きな影。今回の目標だ。

 片手を上げ、静止をするよう合図する。斥候としての訓練をしていないこいつらだと、ギリギリ見えるかどうかという距離だ。見つけた影を指さして、その位置を示してやる。


 明らかに食い荒らした跡だと分かる広場の中央で、奴は眠っていた。太く長い尾をもった牛のような姿のそいつは黒鉄くろがね色の肌に赤黒い血管を浮き上がらせ、筋骨隆々とした肢体を上下させる。側頭部にある巨大で捻じれた二本角は苔むしており、やつの生きた月日を示しているようだった。

 

 後ろを振り返り、各々が頷いたのを確認する。そして俺とアンネ、他の四人の三手に分かれて駆け出した。

 俺は眠っている筈の奴に気配を気取らせないよう注意しながら全力で反対側に回り込む。そして一度足を止め、全員が所定の位置に着くのを待った。


 ベヒモスのいる広場の中央までは、俺の足でも森との境から数秒程かかる距離だ。視界の端には奴が移動した跡だろう草木の存在しない荒地も見えていた。

 まだこの森へ来てから然程経っていないと聞いていたが、それでもこれだ。このペースで食い荒らされてしまっては、森が無くなるまでそう時間はかからないだろう。薪が手に入らなくなっては、寒期にどれだけの人間が死ぬか。何としても、今ここで仕留めなければならない。


 全員が配置に着いた。

 一拍を置き、地面を全力で蹴る。

 静かだった森に土の弾ける音が響き、ベヒモスの呼吸が乱れた。

 固く閉じられていた瞼がカッと開かれ、血のように紅い瞳が俺を睨む。

 だが関係ない。いや、寧ろ好機だ。

 俺は刀を一気に引き抜き、その眼球へと突き立てた。


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