第十一話 懐かしい光景
日が傾き、西の空が赤くなり始めた頃、俺たちは領主が用意した宿の一室で食卓を囲んでいた。やたらと広い部屋には五つの扉があり、それぞれ風呂とトイレ、寝室に繋がっている。三つある寝室にはそれぞれ二つずつベッドが用意してあった。
「それじゃあ、スコルのパーティ入りを祝って、乾杯!」
「乾杯!」
よほど俺を入れたかったのか、皆嬉しそうにコップを掲げる。おかげでまだ仮だと訂正しそびれてしまった。仕方がないので黙って自分のコップを掲げ、目の前にある前世以来の豪華な料理を楽しむことにする。
「それで、明日からどう動くんだ?」
仮とは言え同じパーティなのだからと敬語は禁じられていた。ルシアも敬語だが、彼女は兄以外の誰に対してもそうだからいいのだと言う。
俺との距離を詰めるための方便なのは明らかだが、仕方ない。
領主から頼まれた仕事は、街から一日の距離に居座る魔物の討伐。その魔物、ベヒモスは総合的な強さで言えば以前戦ったレッドドラゴンより僅かに劣る。しかしあの時のレッドドラゴンが空を飛べるという優位を封じられていた事に加え『
魔族の国に行く前に武器の強化をしていて良かった。以前の小太刀では傷一つ付けられない。
「一先ず明日は買い出しかな。いつも手分けして買いに行くんだけど、そうだね、アンネとハルガに付いて行ってもらえるかな?」
「わかりました」
ハルガは魔法使いで、茶色い髪の壮年の男だ。前世で俺と一緒に処刑されたラピスに憧れているらしい。
「よろしくね!」
「よろしく頼む」
「ああ、よろしく」
性格としてはアンネの方がラピスに近いな。年も当時の彼女と同じくらいで二十と少しくらいだったか。
ハルガの方は、デミカスの奴に近いか……。
……いや、止めよう。考えても仕方の無いことだ。こいつらと余りなれ合う気はないのだから。
翌朝、朝食も同じように貸し与えられた部屋でとって買い出しに向かう。事前に領主から貸し出された街の地図で店の位置を確認してあるため、それほど時間はかからないだろう。
食事と言い、地図と言い、特別待遇が過ぎるくらいだな。ベヒモスが近くに居座っている事を考えたら一応頷ける話だが。
ベヒモスはその巨体に見合った大食感で、気性も激しい。主に植物を食べる雑食ではあるが、森の資源や食料を枯渇する勢いで食らう上にベヒモスを恐れて逃げ出した魔物が周囲に多大な被害を及ぼすのだ。
所謂災害と呼ばれる魔物の一体なのも納得するしかない。
「さて、行こうか」
宿の入り口でジークが言った。
「ええ。ルシア、
「だ、大丈夫ですから!」
「アンネ、大丈夫。俺がしっかり見とくから」
「ちょっと、レイ!」
ルシアは割と酷い方向音痴なのだそうだ。
ハルガ曰くこのやり取りはいつもの事らしく、思わず呆れてしまう。
まったく、誰に似たのやら。
「あ、スコルまで何笑ってるんですか!」
「うん……? ああ、すまん」
頬を膨らませたルシアに言われて初めて気が付いた。口角を無意識のうちに上げてしまっていたらしい。
気もそぞろに返事をしたからだろう。真面目に謝る気があるのかと詰め寄ってきた彼女を適当にいなし、俺は目的の店がある方向へ歩き出した。
俺たちの担当は薬関係だ。強敵に挑む以上ポーションは多目に用意しておきたいし、野営時に使う魔物除けの薬も補充したいらしい。俺も死の森を抜ける際に使い切ってしまっていた。十分準備が出来ないまま魔族の国から出たのだから仕方ない。そういう意味でも、森を出てすぐ乗合馬車に出会えたのは運が良かった。
ポーションの買い物自体は直ぐに終わった。二人とも慣れたもので、真っ直ぐ店員のいるカウンターへ向かってポーションを注文していた。
俺も自分の分を買わなければだな。そう思ってミドルポーションを頼んでいると、アンネが店員を止める。
「スコルの分も買ってあるよ?」
「……いいのか?」
「なーに言っているの。スコルも仲間でしょ?」
まだ仮だけどと言って笑うアンネから目を逸らし、ハルガをちらと見ると、彼も無言で頷いた。彼らが購入していたのは最も治癒効果の高いハイポーションだ。時間を懸ければ部位欠損すら治す高級品で、普段俺の使うミドルポーションの三倍近い値段がする。それをポンと買って渡すのだから、その資金力は羨ましい限りだ。
「助かる。ありがとう」
とは言え有難い。素直に礼を言えば、二人は満足げに頷いた。
「後は私の毒ね。スコルも使うの?」
「偶にな」
「おっけ、じゃあ一緒に行きましょ。ハルガはどうする?」
「俺も行こう」
こちらもあらかじめ目星を付けていたのだろう。アンネは俺よりも紫に近い黒髪を揺らしながら先頭を迷いなく歩く。天真爛漫と言っていいくらいだったラピスより幾らか落ち着いているが、やはり、彼女に近い空気を感じた。少し歩く速度を落とし、後ろから彼らを見ると、まるでそこにラピスとデミカスがいるようで、懐かしくなる。
気が付くと俺は口角を上げ、微笑んでいた。思わず手を口元に当てる。
これ以上彼らに情を移すのは良くない。忘れよう。いずれ、俺は彼らを手にかけなければいけないのだから。
全ての買い物を終え、帰路に着く。嵩張るポーション瓶は運搬用に持ってきていた三つの布袋へ分けて一人一つずつ持った。
それなりに多い人の流れに沿って宿に向かって歩いていると、知った気配を感じた。こんな人込みの中でもはっきりと感じ取れる強い気配は、なるほど、英雄として順調に育っているらしい。
「あ、アンネさーん!」
右手から飛び出してきた俺より少し低いくらいの影は、少し前を歩いていたアンネに飛びつき、止まる。この肩まである綺麗な銀髪は、ルシアだ。
「三人とも、お疲れ様。薬類は揃ったかい?」
「ええ。ばっちしよ!」
跳びついてきたルシアを抱きとめながらアンネは後から来たジークの質問に答える。
顔のかなり整っている二人が抱き合っているものだから、周囲の目を引いていた。しかし気に留めた様子もなくジークたちは会話を続けている。
「スコル、半分貸して。ルシアは兎も角、俺だけ手ぶらなの何か嫌だ」
「ん? ああ、助かる」
気が付くとすぐ横にレイがいて、片手を差し出してきた。言われてみれば、ジークが大きめのカバンを一人で持っているだけでレイとルシアは何も持っていない。
双子の妹と違ってレイは周りの目が気になる年ごろらしい。少し微笑ましくなってまた頬が緩むのを隠しつつ、ポーション瓶を幾らか自分のかばんに移し替えてからレイへ元々瓶を入れていた方を渡した。
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