第六話 光と影


 冷たくなっていく巨体に体重を預け、座り込む。


「はぁはぁはぁ……。きっつ」


 仮面を取って、肩で息をする。

 魔力を一気に消費した時の疲労感に立っていられない。

 たった数秒気配を消すだけで全魔力の七割を持っていかれた。効果は絶大だが、コストが大きすぎる。


 このまま寝てしまいたいところだが、ジークの率いる討伐隊に参加することを考えればそういうわけにはいかない。しばらく休んだら戻らなければ。


 持ってきた魔力回復薬、通称マナポーションをあおり、なんとか立ち上がる。すぐに回復するわけではないが、飲むと飲まないとでは回復速度が段違いだからな。


 少々ふらつきながらも、レッドドラゴンから必要な素材をはぎ取っていく。すべて持って帰れたらいいのだが、あいにく亜空間収納の魔道具は持ち合わせていない。


 肉を少しと、装備の強化に使える爪や鱗を袋にしまい、『喰月さんげつ』を用いて死体を消し去っておく。この時代償にしたのは、このドラゴン自身の心臓だ。死体とは言え、流石にこの大きさ、強さの魔物を丸々消し去ろうと思ったらそれなりの代償が要る。俺の全魔力でも足りない。

 本当は内臓も高く売れるのだが、この町で売るわけにはいかないため鮮度に不安ができる。馬車があるならば保存用の容器に入れて運べばいいのだが。


 『喰月』から生み出された闇色の光が晴れると、そこには何も残っていない。急に部屋が広がったように感じる。


「……戻るか」


 そうつぶやいた声は、石の壁に跳ね返され、部屋を照らす松明の炎に吸い込まれて消えた。


◆◇◆

 翌日、スタンピードの鎮圧作戦はキマイラの討伐という形で問題なく終了した。魔物の数について不審に思う声は特に聞いていない。


 『流星の残光』の現在いまの本気が間近で見られたのも良かった。これから動きを決める上で重要だ。


 さて、あの作戦から三日ほどが経った。今は酒場に向かっているところだ。酒場の組合員たちによる報酬の計算がようやく終わったらしい。


 スタンピードで手に入った素材の査定額をランク毎に決められた比率で人数割にするだけなのだが、何しろ量が多い。寧ろ、たった三日でよく済ませたものだと感心する。


 そうしてCランクの俺が受け取った金額は、普段の依頼三、四件分といったところ。Cランクの報酬が一件でも数日遊んで暮らせる程度だと考えると、かなり旨い。その分危険が大きいのだが。

 更に、今回の作戦で条件を満たしたらしく、Bランクに昇格となった。


「以上で報酬の受け渡しと昇格手続きは終了となります」

「ありがとう」


 これでここでの用事は全て終わった。ジークたちへの挨拶も既に済ませた。今日のうちに準備を整えて、明日の朝発つとしよう。


「あ、スコルさん、待ってください。支部長があなたとの面会を希望しています」

「支部長が?」


 支部長とはその酒場のトップだ。そんな人間が一体俺に何の用だろうか。


「はい。その若さ、しかも短期間でBランクになったスコルさんに興味があるそうです。今回の件でも活躍されたそうですし」


 後者に関しては、それほど目立った記憶はない。Bランク並みの働きはしたが、昇格間近だったことを合わせて考えればさほどおかしくないはずだ。前者は確かに興味を持たれるかもしれないが、最短記録やそれに迫る速さというわけではない。何か、裏がありそうだが……。

 とはいえ、普通の冒険者にとっては自身を組合に売り込むチャンス。特別な事情もないのに断るのは不自然か……。


「わかりました。案内をお願いできますか?」

「もちろんです。こちらへどうぞ」




 受付嬢の後をついて、カウンターの奥にある階段を上る。支部とはいえ、シュメル国内第二位の商業都市の酒場だけあって高そうな絨毯が敷かれている。


 二階に上がって一番奥、ジグラート迷宮に面するはずのその部屋の前で受付嬢は足を止めた。そしてコンコンとノックを二回。


「支部長、スコルさんをお連れしました」

「入ってください」


 今の声、聞き覚えがあるな……。


「失礼します」


 まぁ知っている相手なら見ればわかるはずだ、と受付嬢に続いて入室する。


 ……驚きをおもてに出さなかった事を褒めてほしいものだ。まさか彼が、この街で組合の支部長などをしているとは。


「ありがとう。ついでにお茶の用意をしてもらえるかな」

「はい」


 案内してくれた受付嬢に指示を出すその男を、改めてみる。

彼の兄と同じ、アッシュグレーの髪にダークグレーの瞳。平均的な身長。柔らかい印象を受ける目元。そして、一見物腰の柔らかい、しかし注意して見るとどこか油断ならない雰囲気。

 間違いない。かつての仲間アルザスの弟、ルーザスだ。


「突然呼び出してすまないね。君がスコル君か」


 にこにこと見慣れた笑顔で語りかけてくるルーザスに、軽く頷くことで返事を返す。


「おっとすまない。そこに座ってくれ」

「失礼します」


 先ほどから何やら不思議な視線を向けられている。本人も隠す気はないようだ。

 このままでは埒が明かないな。単刀直入に聞くことにしよう。


「それで、いったいどのような用件で呼び出されたのでしょうか」

「おや? 彼女に聞いてないのかい?」


 そう答えるルーザスの視線の先にいるのは、お茶の準備をしている受付嬢だ。


「この歳でBランクになった自分に興味があるらしいというのは聞いています。それと、今回の作戦に関しても」

「うん。その通りだよ」


 その通り?


「その通り、ですか?」

「ああ」

「本当に?」

「もちろん」


 いったい、どういうことだろうか? 


「どうやら疑問に思っているみたいだが。本当に君に興味があっただけだよ。少し話をしてみたくてね」


 なにか企んでいる様子は、今のところない。会話の中で探るしかないか。


 その後、ルーザスが仕事に戻らなければならない時間が来るまで、本当にただ話すだけで終わった。企みごとや何かを探っている様子、極秘の依頼などを頼もうとしている様子があるわけでもなく、だ。

 時々何かを懐かしんでいるようだったが、それが何かはわからない。

 まあ良い。とにかく出発する準備をしよう。




◆◇◆

「彼が、そうなんだね」


 スコルと部下が支部長の執務室を出たのを確認し、ルーザスが呟く。返事は、その視線の先、先ほどまで誰もいなかったはずの空間から返ってきた。


「ああ。間違いない」


 いつの間にかそこに立っていた男の髪は、アッシュグレー。


「やっぱり、信じられないね。でも、そうだと思って見ると、確かにあの人なんだよね」


 どこか困ったように、しかし嬉しそうにルーザスが言う。


「……ああ。重心の置き方も、考え事をしている時に拳を口に当てる癖も、全部、前と同じだった」

「褒められると肩を鳴らすのもね」


 悪戯っぽく言ったルーザス。二人は視線を合わせ、小さく笑った。


 男はため息を一つ吐き、視線を窓の外に移す。その様子を見て、ルーザスは男に問うた。


「挨拶しなくて、よかったの?」

「冗談を言うな。俺があいつに何をしたかよく知っているだろう。仕方なかったで済ませていい話じゃない」


 投げ遣りに発せられたその声は、寂しげに聞こえる。


「……そうだね。でもやっぱり、仕方なかったんだよ……兄さん」


 ルーザスのその言葉に、返事はない。アルザスはただ黙って、遠ざかっていく一人の少年見つめていた。

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