第五話 願いのために
天を衝く塔の頂、威風堂々たる巨体を前に考える。
こいつは何が何でも仕留めなくてはならない。
連戦の後にいきなりこいつと戦うとなると、『流星の残光』の奴らでも決死のものとなるはずだ。
「まだ、早い。まだ彼らに退場してもらうには、早すぎるはずだ。なにがなんでも、お前はここで、俺が仕留める」
「Grrrrrrrr」
レッドドラゴンは、余裕を見せつけるようにこちらを静観している。
ここは、全力でやらねばならない。
さっきまで使っていた短刀を納刀し、胸に手を添え、集中する。
これもラピスのやつが生み出した技術で、一般には知られない。魔力を見る<魔眼>とは別の意味で危険だからだ。
「<魂装>…来い、『
己の魂から武装を生み出す技術、<魂装>。
純然たる魔力の塊であるそれは、通常の魔剣以上の力を有し、時に成長すらして見せる。
その一方、自身の魂を別け変形させるこの行為にはひどい激痛を伴い、失敗すれば魂そのものが破壊される恐れもある。
それは初めだけで、一度成功させてしまえば魂に同化させて持ち運びし、いつでも出し入れできる便利な装備が手に入るのだが、その一度目のリスクと難易度から公開することを諦めたのだ。
この技を見たものには亜空間収納の魔道具だと説明してある。あいつらもまだ、これができる域には至っていない。
胸元から引き抜いたのは、俺の肩幅ほどの幅の夜空のような刀身をもつ両手剣。その一メートル半ほどの剣の先を、絶対強者へと向ける。
動き出したのは俺からだ。奴がまだ油断している隙に少しでもダメージを与えたい。
本気の強化を施した俺を悠然と見下ろすレッドドラゴンの顔面に向けて氷の槍を飛ばす魔法、<アイスジャベリン>を向ける。
ダメージほぼない、がこれは目くらましだ。
その一瞬、足元で魔力を爆発させ、一気に加速する。
狙うのは左翼!
「ハァァァァッ!!」
気合をのせ、翼の間接めがけて切り上げる。
「Gra!?」
今の俺では全盛期に程遠い力しか引き出せないとはいえ、そこは<魂装>。たしかに奴の翼幕を引き裂き、翼の半ばにある間接を砕いた。
やつは俺に怒りに燃える眼差しを向けてくる。
だが、あのバーサクベアの父親のそれに比べれば涼しいくらいだ。
「お前は
やつのそれは、プライドを傷つけられたことからくるちんけなもの。
冷静でいられるのはうれしくないので、
「Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
案の定さらに怒りの炎を燃やしたやつは、翼を断ってすぐ距離を置いた俺に特大の炎ブレスをかましてきた。
「ちっ!」
まだ冷静な部分が残っているかっ!
レーザー型ではなく、広範囲型の爆炎を吐きやがった!
炎の中から突進してくる気配を感じ、すぐさま壁を駆け上がって退避する。
やつはダンジョン全体を揺らしているのではないかという程の衝撃と共に壁へ激突……
「なっ!? ぐっ!!」
――したはずが、何事もなく飛び上がって右翼で薙ぎ払ってきやがった。
不意を突かれたが、かろうじて魔力の盾によるガードが間に合った。
そのおかげで直撃はしなかったが、勢いは殺せない。
「ガハッ!」
部屋の角まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。
そこに奴がレーザー型のブレスを放とうとしているのが見えた。
「気を喰らいて爆ぜろよ炎、<エクスプロージョン>!」
咄嗟に、早口で完全に詠唱した魔法を放つ。
やつの顎の下で生じた爆炎は、その強靭な皮膚を焦がすことすらできなかった。
しかしその爆風の衝撃はやつの口を閉ざさせ、行き場をなくしたエネルギーの奔流はやつ自身の体内を焼いた。
「Gruaauaua」
その隙に乱れた息を整え、やつの死角である斜め後方へ走る。
正面からやっても勝てないことはないが、消耗が無駄に大きくなるだけだ。
とはいえ、この剣がなかったらダメージを与えられていなかった。ラピスに感謝だな
気配を極限まで薄め、やつの暴力的な気配に紛れ込ませる。
まだこちらを把握できていないようだ。やつは視線を四方八方へと巡らせている。
次狙うのは後ろ脚の健。
身体に比べて小さい前脚ではやつの体重を支えきれない。
後ろ脚の片方だけでも潰すことができれば機動力はガクッと落ちる。
「Gauau…Gruaaaaaaaaaaaa!!」
体内を自らの炎で焼かれた痛みと、俺が見つからない苛立ちで雄たけびを上げるレッドドラゴン。その体は伸び切り、右後ろ脚を伸ばす体制になろうとしている。
このチャンスは逃さない。
雄たけびの態勢に入った瞬間再び距離を詰め、その健を切った。
重心を前に移していたやつは、突然のことで驚いたのか自らの太く長い尾を振り回す。
退避は間に合わない。ならばと剣を地面に突き立て、尾と刃を垂直にして両手で踏ん張った。
やつの大木のような尾を、『
やがてその硬い骨に到達し、やつ自身の力で断ち切った。
勢いまでは殺しきれずに吹き飛ばされたが、直撃よりはマシだ。
そのまま空中で体勢を立て直す。
そして、目が、合った。
あれほど荒れ狂っていた瞳の炎が、静まっている。これはマズイ…!
そう思ったときには遅かった。
やつの無事な右翼に魔力が集中するのが見えた次の瞬間、俺の視界は混沌と化した。
魔力を伴った風だ。その衝撃はただの風の比ではない。
息ができない。上下もわからない。
酷く長い一瞬。そして背中に強い衝撃を感じた。
「ガハッ!……ゴホッゴホッ」
肺の中の空気が全て吐き出され、空気を求めて筋肉が
剣を支えに前を見れば、ずりずりと右足を引きずりながらやつが近づいてきていた。
「っ…!!」
ちっ、これは肋骨を数本いったな。
やつにもう油断はない。
確実に殺しに来ている。
腰のポシェットからミドルポーションの入った小瓶を取り出し、一気に飲み干す。
「ぐっ…」
骨が正しい位置でつながる。
かなり痛いが、骨折くらいならこの通りだ。
しかし体力は戻らない。
「はぁ、はぁ、はぁ……。互いに、後はないということか」
ドラゴンであるやつなら、あの傷でも一晩あれば直ってしまうだろう。しかしこの戦いを決定づけるほどのものではない。
同様にこちらも持っているポーションの数には限りがある。
ブレスは使えないと踏んだのか、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
やつの目はしっかりとこちらをとらえており、怒り狂ってもいない。アルザスでもなければ、この状態からドラゴン相手に姿を眩ますのは不可能だ。
剣が、牙が、届きさえすればいいのだ。それだけでどちらかの命が灯は消えるだろう。
………使うか。『喰月』の力を。
こいつは燃費が悪い。
これ以上削られる前に手札を切る必要がある。
その夜空の剣を眼前に掲げ、何物をも飲み込むような漆黒に請い願う。
その力を解き放たんことを。
危険を本能で感じ取ったのか、やつは動かぬ右足に鞭を打ち、獣のように四足で駆け出した。
だがもう遅い。既に準備は整った。
さあ、決着をつけよう。
「我が跡を喰らえ『
瞬間、剣から溢れる漆黒の光が俺を包み込み、一切の気配を消し去った。
「Grua!?」
やつには、俺が突然姿を消したように見えただろう。やつは驚愕で急制動をかけた。
あの火蜥蜴は今、俺の存在を認識できていない。
これを、こいつに直接使えれば早かったんだがな……。
まあいい。これで終わりだ。
「すまんな。人間の平和のために死んでくれ」
そう呟き、俺はレッドドラゴンの頭部に剣を突き立てた。
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