第四話 最初のシゴト


 静かな光が照らす月夜、時折かかる雲の影に紛れて寝静まった街を音もなく駆ける。

 今の俺の恰好は、闇に潜む諜報員のような真っ黒な装束に、仮面。

 仮面には太陽と、太陽に重なるように月が描かれており、視界を確保するための穴などは見当たらない。

 

 実はこれ、魔道具と呼ばれているもので、視界や呼吸を妨げず、変声の効果もある優れものだ。

 旅の途中立ち寄ったスラムのガラクタ市に紛れ込んでいた一品で、デザインが気に入って買ったら実は魔道具だったという物。

 あの売り手は魔力がかなり少なかったのだろう。使用者から漏れるわずかな魔力で効果を発揮するこの手の魔道具は、元々の魔力量の少ない者は漏れ出る魔力も少ないという理由のためにガラクタと化すことも珍しくない


 さて、普段であればこんな夜中に敷かれる警備の数は少なく、侵入なんて容易いことであるが、今は魔王がいるために話が変わってくる。普通の人間ではまず越えられないあの高い壁も、空を飛べる魔物相手には意味をなさないからだ。

 まあ、俺はフツウの人間ではないし、そういった相手への対策である魔術式の罠を避けるすべも持っている。

 これはラピスに教わったのもので、知っている人間はほとんどいない。『流星の残光』の奴らは知っているだろう。あいつらが教えられているはずだ。

 俺が知っている範囲で他は、アルザスとレティくらいか……。


 ともかく、壁は問題ない。

 次の障害となるのは、人間の警備。

 これは、一見すると、そこに穴はない。

 しかしそうではない。穴はある。個人の技量という穴が。

 そのあたりの調査は既に住んでいる。


………

……


 そんなわけで、結果を言えばアッサリ目的のものを入手できた。

 他にも収穫と言えるものがあったのだが……それはいいだろう。

 残された時間は少ない。予定通り、このまま迷宮に向かう。


 このティグリア近郊にある迷宮は、「ジグラート迷宮」という塔型のものだ。

 それなりに古い迷宮であるが、割と早い段階で当時の領主が管理下に置いたため手が付けられないほどに成長しているということはない。出てくる魔物も精々Aランクまで。俺一人でも、状況さえ整えられれば倒せる範囲だ。


 それだけではジークたちが苦戦するはずがないが、数の暴力を侮ってはいけない。例え最下級であるFランクのジャイアントラットでも、数百匹集まればBランクの魔物を喰らいつくすことができる。実際にあったことだ。


 今回は千単位の魔物にAランクやBランクが混じっているのだ。その脅威度は計り知れない。

 迷宮を塞ぎ、中に突入して対処するのも、そうしなければジークたちでさえスタンピードを抑えることは不可能だからだ。


 そんな魔物に溢れかえった迷宮。俺もアルザスから学んだ隠密術がなかったら、単独で潜ろうとは思わなかった。そうすると討伐隊に紛れ込んで、という効果の薄い方法しか取れなかっただろう。



 あいつには、前世から助けられてばかりだな。

 ……………いや、今はやるべきことをやろう。


 さてさて、目的地に到着だ。

 天高くそびえる土色の塔は、不思議な威圧感を持って俺を見下ろしてくる。

 入口を塞ぐように展開されている魔法陣は結界だ。城壁の罠と違い、隠す必要はないのでうっすらと魔力光を放って闇夜に浮かび上がっている。


 改めて、目標を確認しよう。


 まず、Aランクの強力な個体の間引き。

 これは、単独行動しているものの中から条件のいいものを2,3体でいいはずだ。


 続いて、道中の雑魚の間引き。

 これは、討伐隊の負担軽減もあるが、メインは俺自身の強化だ。

 一定以上の強さの生物を殺した時、相手の存在が殺した者に一部吸収され、その者は強化されるのだ。

 この存在というのが魂的な何かなのか魔力的なものなのかはわかっていないが、素の状態で強化されるため魂説が有力だ。俺たち冒険者が一般人より格段に高い身体能力を持つのもこれの影響が理由になる。ラピス風に言うなら『レベルアップ』しているらしい。


 実力がかけ離れるとほとんど影響がなくなるのだが、これだけ数が多いとあいつらでも多少強化されてしまうだろう。


 こればかりは仕方ない。魔王側の強化を期待する。


 それじゃあ行くか。





 




 迷宮の入口に張られた、青白い魔力光を放つ魔法陣は、許可証を持った俺を阻むことなくその内へ通した。


 人工物のようで、しかし正確すぎる内装の通路をいくこと暫し、目の前にあるのは入口と同じ魔力光を放つ魔法陣。

 なるほど、初手は大魔法の斉射か。そのための二重の魔法陣だろう。魔法発動直前に内側にの結界を消すわけだ。そうでもしないと、この内側に群がっているだろう奴らがなだれ込んでくる。


 さて、問題はこれも同じ許可証で通れるかだが……問題なかったようだ。術式は入口のものと同じだからさほど心配はしていなかったが、抵抗なく結界をすり抜けられた。


 次はどうやって魔物の波を超えていくかだが……上だな。魔力を使って天井や壁を歩く技がある。それを使って四メートル程上にある天井を行くとしよう。


 完全な平らであるため、かなり歩きやすいそこを通って静かに結界を超える。

 ………これは、凄いな。

 気配感知はしていたが、なんというか、小型魔物の海だ。床がほとんど見えない。

 外壁と同じく土色をしているはずの地面が灰色と薄汚れた緑、それからどす黒い赤色で塗り潰されている。


 一階層に出現する醜い小鬼のような緑色の肌を持った魔物、ゴブリンと巨大な灰色のネズミの魔物であるジャイアントラットが全てこの場にいるのではないだろうか?

 事実、俺のわかる範囲では他の場所に一切の気配がない。


 ランクはどちらも最下級のFだが、これだけいるとさすがに辛い。

 赤は、結界を破ろうとして傷を負ったものの血が飛び散っているようだ。

 かなりの興奮状態。ここはだめだな。先へ進もう。


………

……


 次の層への階段が近づくと、本来この階層にはいないはずのランクの魔物の気配を感じるようになった。どうやらそこまで下りてきているようだ。


 しかし、入口の奴らのように無秩序に入口へ向かうこともなく、興奮状態にもない。

 ……これは、統率しているやつがいるな。


 少し群れの本体から離れた位置にいるやつらを狩りながら、奥を目指す。


………

……


 十五階層、ここらからCランクの魔物が姿を現すはずだ。

 この塔は三十階層まであり、ここまで統率個体は見当たらなかった。一階層まで影響を及ぼせるとしたら、思ったよりも大物がいるのかもしれない。


 あまり狩りすぎると不審に思われるかもしれないが、少し狩る数を増やそう。


………

……


 二五階層、Aランクがちらほら混ざり始めた。

 とはいえ、まだ下位のそれだ。不意の一撃で何とかなっている。


 そろそろ厳しくなるだろうが。



………

……


 三十階層。最上階だ。

 ここまで代わり映えしなかった内装がいくらか豪華になっている。華美というほどではないが、意匠が凝らされたこの重厚感のある扉の向こう、本来であればAランク上位に位置する魔物キマイラがいるはずである。


 しかし奴の姿を、俺は二九階層で見ている。

 ならばこの先にいるのは、魔族の仕込みのネタである統率個体だろう。


 深く息を吸い、吐く。

 そして、その扉に手を押し当てた。


 鬼が出るか、蛇が出るか…。


 見た目以上に重いその扉は、一切の音を立てることなく滑らかに開く。


 そして、その先にいたのは――


「おいおい、マジかよ…」


絶望の象徴、力の体現者。


 この世界において、最強の一角に連なるもの。


「Gurururururu……」


 Aランク上位、荒れ狂う炎の化身とも呼ばれる竜種が一体、レッドドラゴンだった。

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