第2話
「まさか、この学校にオカルト研究部がないなんて……」
部活見学を終えた御堂は、そう言ってハァとため息をついた。オカルト関連の部活がないか校舎をぐるりと歩き回っていたため、空はすっかり茜色に染まっている。窓から差し込んだ夕日を浴びながら、彼らは長い廊下を歩く。
「別にまさかって言うほどじゃないでしょ。むしろあるほうが珍しいわ、特に科学が発展したこのご時世に」
梓はあきれた顔で御堂を眺めた。昔から彼はこうなのだ、オカルト・怪談・陰謀論といった類いに関心が向かっている。ついでにアニメとゲーム好きでもある。そう、御堂はモテない男の特徴を混ぜ合わせたような人で、例外を除けばこんな男を好きになる人はいないと断言できた。
「だいたい、あんなのただの噂よ。オカルトなんてものはね、噂が面白おかしく誇張されただけなのよ」
「だが、火のない所に煙は立たぬという諺もある」
「う……」
「それに、オカルトは確かに誇張されたものかも知れない。しかしそれは、誰かが何かを隠すために真実を嘘っぽいもので塗り固めたものだという可能性も捨てきれないだろ?」
「あーハイハイ、わかったわかった……ホントに屁理屈を言わせれば一級品ね。それで、この後どうするの?」
「部活をつくっていいか聞きに行くのさ。なければつくればいいんだ、オカルト研究部を」
長い廊下の先に職員室が見えてきた。学校初日と言うこともあってずいぶん迷ってしまったが、ようやくたどり着くことができた。緊張した面持ちで、職員室の前に立つ御堂。いつになってもここに入るのには慣れない。だが、今後の青春のため。覚悟を決めた彼はドアをノックして、入っていった。
「結論から言うとダメだった、人数が足りないと言われたんだ」
遅めの帰路についた彼らは、御堂の報告を聞いていた。
「人数って言うのは、部活をつくるための?」
「そう、部活をつくるためには部員が五人必要だと言われたんだ」
辰巳の問いに頷きつつ、御堂は話し続けた。
「今、俺たちは四人だから一人足りないんだ」
「私たちは入る前提なのね……」
「誰か入ってくれそうな人、知ってるか?」
梓の問いには答えず、彼はメンバーを見渡した。むっとした表情をした彼女だったが、まったく意に介さない彼の様子を見てこれ以上の追及は無意味だと悟り、口をつぐんだ。
「う~ん、同じ中学はこの四人しかいないからねぇ。御堂君はいないの、知り合い?」
みどりに視線を向けられ、彼は記憶をたどってみる。直也がいればちょうどよかったのだが……今日話した人で誰かいい人は……一人だけいた。とんでもなく高嶺の花だと思うが、もし彼女がオカルト研究部に入ってくれたら毎日がとても充実しそうな気がした。
(一応声かけてみるか……)
翌日、学校に早めに着いた御堂はお隣さんの到着を待つことにした。それまでの間暇だったので、彼は朝のニュースをチェックし始める。WDを起動して、目の前に浮かび上がった画面を指で操作してニュースサイトにアクセスした。指でスクロースしてザッとニュースを流し見していたところで、御堂の指が止まった。
「コンパクトモデル論の実践がついに認められた、か」
5年前から提唱されていたが、実践に移すことは長らくためらわれていたこの理論。いやためらうのは当然だろう、なぜなら人口を減らすことを目的とした理論なのだから。一見すると自ら国力を減らそうとしているのだから。
現在、世界で食糧不足が深刻になってきたことで、食糧自給率が著しく低い日本もまた大打撃を受けている。そこでこんな意見が再燃した。日本は国土の割に人口が多すぎる、適正人口を科学的に調べ直してそこに近づけていくことが長期的には繁栄するのではないか、という意見だ。そして今、長く議論を重ねた結果、この意見の合理性があるという判断がなされたというわけだ。研究によれば、日本の適正人口は4000万人、2035年現在の人口は8500万人だから約半減しなければいけない。
(まったく、どうなっていくんだ……)
「おい、これ見ろよ!」
思索にふけっていた御堂に声がかけられ、彼は顔を上げて声の主を見上げる。辰巳が何やら切羽詰まった表情をして、こちらを見つめている。
「どうした、何かあったのか?」
「俺の……俺の押しの声優が……結婚したんだぁぁぁ!!」
真剣な顔と対照的にくだらないことを言っている。彼がとても辛いということは分かるが、ここは我慢の時だ。リアルを推すと決めたなら、それは覚悟しなければならない。
「諒、推しの幸せを祝うのが真のオタクってもんだろ? 今は悲しくても、いつか心の底から笑顔で祝ってやれ」
「……なんで、こんな時に限ってちょっと格好いいんだよ」
辰巳はこんな言葉で感動したのか、涙目になっている。御堂はにやりと笑って、言葉を続ける。
「ちなみに俺の推しは全員二次元で、声優は推していない。そうすれば悲しい思いをすることはないだろ?」
「やっぱり全然かっこよくないわ、おまえ」
「というか、おまえには彼女がいるんだから声優を推す必要ないだろ」
そういった他愛もないことを二人で話していると、隣の椅子が動かされた音が聞こえた。どうやらお隣さんが登校してきたようだ。先ほどのつまらない会話が聞かれていないことを祈りつつ、御堂は立ち上がって彼女に近づいた。
「おい、二次元以外は推さないんじゃないのか?」
辰巳の言葉を受け流し、彼はお隣さんの目の前に立った。こんな自分だって、ちょっとくらいは青春に興味がある。席に座っている彼女は、美しい銀髪を春風にたなびかせ、おしとやかな表情だ。緊張で変な汗が溢れてくるが、御堂は覚悟を決めて話しかけた。
「えっと、君。オカルトに興味ない?」
「え? わたし?」
怪しげな宗教団体、もしくは一風変わったナンパ野郎みたいな声のかけ方。我ながら話しかけるのが本当に下手くそだと思う。
(話しかける前に色々シュミレーションしとけばよかった……)
後で一人反省会を開催しなければ……。人見知りにとって、誰かに初めて声をかけるのは想像以上に辛いものなのだ。だが、ここで引き返すわけにはいかないので事情を説明する。
「オカルト研究部をつくりたいんだけど、部員があと一人足りなくて。名前を貸すだけでもいいから、入部してくれると助かる」
「そういうことなら……」
彼女はそう言って頷くと、彼の目をまっすぐ見た。ドキッとして、思わず御堂も彼女を見つめ返す。
「いいですよ。あなた、悪い人には見えないですから」
「え!? ホントにいいの?」
「ええ、そう言ってるじゃないですか」
こうして意外とあっさり五人目の部員が見つかった。安堵して御堂は笑みをこぼす。この後、大きな出来事の巻き込まれるかもしれない、なんて彼らは考えもしなかった。
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