Be dictator; be dominator of cognition

式松叶人

第1話

 眠気が取れず、宙に浮いたふわふわした感覚を未だ引きずりながら玄関をでる。自動で開いたドアから足を踏み出すと、春の温かな光がむかえてくれた。高校生活のスタートという新たな門出にピッタリな天気。ドアの前にはすでに男女合わせて三人が待っていてくれた。


「ごめん、ちょっと寝坊しちゃって」

「ごめんじゃないわよ、祐貴。20分も待ったのよ!?」


 あまり心がこもっていない謝罪を受け、黒髪をツインテールに結んだ女の子が祐貴こと御堂祐貴みどうゆうきに食ってかかった。


「まぁ落ち着いて、梓。入学式には十分間に合うからいいじゃないか」


 梓、フルネームで四条梓という彼女はそれはそうだけど……と不満をもらしつつもいったんは引き下がった。やれやれとため息をついた御堂は、梓をなだめてくれた眼鏡をかけた男を見上げる。辰巳諒という彼は御堂の親友だ。それにしても大きい。たしか去年の身体測定で180㎝をこえた、といって喜んでいたっけ。それ以上に体格もがっちりしていて身長よりも大きく見える。ただのオタクにはもったいない体だ。


「そうだぞ、梓。それに昔から俺が朝が弱いこと知ってるだろ、今さらそんなに怒らなくても……」

「それでも集合時間に遅れるのは人としてダメよ」


 図々しくひらきなおろうとしたが、さすがにそれは許されなかった。長い金髪をなびかせ、一連の会話を見ていた女性にたしなめられる。すらっとした体型にほどよく膨らんだ胸、綺麗な顔をした彼女は百瀬みどりと言い、辰巳の彼女でもある。辰巳とは長い付き合いで、御堂は彼に対して仲間意識を抱いていたのだが。この二人が付き合い始めてから、辰巳は親友になってしまったわけだ。


 この騒がしくも愛すべき集団の中には、もう一人いるはずだったのだが。


「どうした、祐貴。もしかして、直也のことを気にしているのか?」


 御堂が思索にふけっていると、辰巳がこそっと耳打ちしてきた。やはり一応親友なだけはある。


「ちょっとな」

「しょうがないだろ。その……直也はそんなに成績よくなかったから」


 彼らには瀬戸直也という昔からの親友がいたが、彼は残念ながら高校入試で落ちてしまった。愛すべき馬鹿といったポジションでお世辞にも頭がいいとは言えなかったから、失礼だけどそのこと自体はあり得るとは思っていたのだが……。


「いや、それはそうなんだけど。中学の卒業式以来連絡がつかないっていうのが……」


 そう言って腕についているWDを見つめる御堂。WD,それはウォッチデバイスの略称であり、腕時計モデルのデジタル機器である。二十年前に開発されたスマートフォン同様に世界中のネットワークに瞬時にアクセスできたり、音声検索に対応したり、音声通話ができたりするのはもちろん、この機器の一番の魅力は記憶のデータ化を可能にした点だ。WDに備え付けられた装置を使って脳波を読み取ることで、記憶を司る大脳皮質の働きを正確に把握できるようになった。そして、それらを蓄積したり映像データに変換したりすることが可能となった。また、WDに与えられた識別番号を知っていれば記憶データを他の人に転送することさえもできるようになった。言わば記憶の共有が可能となったわけだ。ただ、記憶に残っていない、つまり大脳皮質におくられていない情報はどうすることもできないが。


 科学は世界を変えるが、それはあくまで人の意志によるものでなければならない。また、意志決定は多くの人で行われるべきだ。


「俺もそこは気になるけど、やっぱり落ち込んでいて一人にして欲しいんじゃないかな? ほら、やっぱり受験に失敗したショックは大きいと思うし」


 彼の脱線した思考を、辰巳の声がふたたび引き戻す。


「えっと、……確かにそうだな」


 あまり落ち込むようなキャラには見えないが、志望校に落ちるのはやはり相当ショックな出来事だろう。表面では明るく振る舞っていても色々悩んでいたかも知れない。自分たちがあまり積極的に絡みにいっても、今はかえって逆効果かも知れない。


 御堂なりに自分を納得させると、学校へと向かった。校門にたどり着くまでに桜並木を通る。のどかな春風に揺られて散っていく桜は儚く、美しかった。








 入学式が始まる前にクラス発表が行われた。クラス発表では御堂たちは全員同じクラスになることが分かり、彼はほっと安堵する。高校に上がってクラスに知り合いがいるといないでは大きく変わってくる。とりあえずぼっち生活は回避できたというだけで大きい。


 ぼっち系主人公なんてかなり昔の学園系のラノベで流行ったが、それで実際にモテることはない。高校生にもなると、フィクションとリアルを区別しなければいけないお年頃なのだ。


「また祐貴と同じクラス~!? 小学生の頃からずっとじゃない!?」

「そんなこと言って、ホントはどうなの~? ちょっと嬉しそうじゃない?」

「全然嬉しくなんかないわよ!」


 梓が百瀬にからかわれているのを横目に御堂は教室の中を眺めると、ひときわ異彩を放って可愛い女性に目を奪われた。


(すげぇ、めっちゃ可愛い……)


「ちょっとあんた、どこ見てんのよ!」

「ぐへぇ!?」


 凶暴なパンチを腹にお見舞いされたが、その人の姿は御堂の脳裏に焼き付いた。彼女は美しい銀髪を肩の辺りで切りそろえ、どこか控えめな表情をしていた。言葉の刃を向け、理不尽にも拳を振るうどこかの女とは大違い、なんて失礼なことをつい考えてしまう。


 その後、彼は自分の座席を確認して向かっていく。自分の席とおぼしき場について隣の席を見ると、彼が先ほど心奪われた女性が腰掛けているのが分かった。これを運命と言わずしてなんと言おう。彼女は見られていることに気づいたのか、彼のほうに顔を向けた。


「どうかしましたか? これからよろしくお願いします」


 窓の外で桜が舞っていて、この新たな出会いを祝福しているかのようだった。


「こ、こちらこそ」


 はにかんだ彼女は、まさしく可憐そのものだった。






 入学式を終えると、一通り学校生活に関する説明が入る。抑揚のない教員の声が退屈さを加速させる。教師といえども学校初日は緊張するのかも知れない。窓の外から景色を眺めると、一面高層の建物が建ち並んでいるのがわかった。人が住むマンション、娯楽施設、研究施設といったさまざまなものをぼんやりと見つめる。


「――というわけで、あくまで高校生らしい節度ある学校生活を送ってください」


(高校生らしい、ねぇ)


 長々した説明もようやく終わりに近づいてきた雰囲気で、教師は後一言付け加えた。


「それと、分かっていると思いますが学外の活動などもすべて集中都市のなかで行ってください」


 何だ今さら、といった表情で多くの生徒が聞き流す。この光景を見ると、御堂は集中都市という言葉もずいぶん聞き慣れたことを実感する。


 集中都市、それは人口を都市部に集中させて郊外を自然保護特区にしようという考え方のもとつくられた日本独自の都市形態である。正確な年代は覚えていないがたしか十年ほど前、二酸化炭素の排出量が増加していると話題になっていた頃に提唱された。地域ごとに集中都市を築いてそこに人を集め、公共交通機関を整備してそれを利用させて一人あたりの二酸化炭素排出量を減らすことを目指したもので、当初は反対意見が多かったらしいが、当時の政府が強引に実行に移して今では評価されている。そして究極の自然保護、人の手が一切入らないありのままの自然をつくるために人が集中都市の外に出ることは禁じられている。


「では今日はここまで。部活見学をしたい人はこの後、ご自由に」


 新たな生活に対する一抹の不安と、大きなワクワクが胸を占める。御堂たちは間違いなく大きな一歩を踏み出した。

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