第3話 ではチェスを
晴れた日曜日、私は父の書斎にいました。
目の前には金髪の青年、あのシュヴァルツェンブルク侯爵の子息フェリクスがいます。初対面、お見合いです。礼儀正しいフェリクスは、軍服のままやってきて、すかさず軍帽を脱いで私へ挨拶をしました。
「お初にお目にかかります、フェリクス・シュヴァルツェンブルクです。あなたのお噂はかねがね、いつかお会いしたいと思っていました」
「そう、なのですか? 私に?」
「はい。それでは」
フェリクスは、要求通り用意されていた——テーブルの上のチェス盤へ近づきます。そしてソファに座り、私へも早く座るよう勧めてきました。
ん? これはひょっとして?
私の予感は、当たるのです。残念ながら。
フェリクスは黒の駒の側に座っています。並べられたチェスの駒は一糸乱れず、まるで私へ挑んでくる気迫をフェリクスから受け継いだようです。
「さあ、さっそく一局、お相手願います。イェーリス将軍の娘であるあなたのチェスの強さは、軍にも知れ渡っていますから!」
何だか、そうなるだろうな、とちょっとは思っていました。
フェリクス、完全にチェスをするために来ている。
お見合いという名目はどこへやら、私は仕方なくソファに座り、白の駒を手にしました。
一時間後。
すでに私の白のクイーンが、ナイトが、ルークがフェリクスの黒のキングを取り囲んでいます。フェリクスの黒の駒たちはことごとく私の手の内に、誰もキングを助けられません。
「チェックメイト」
私はそう言いました。無慈悲な宣告のようですが、致し方ありません。どうすることもできない盤上を、フェリクスは目を皿のようにして起死回生の一手を探していましたが、無理です。
「ま、まいりました」
絞り出すような声に、私はやりすぎたかな、とちょっとだけ後悔しました。
もうこれで三局目です。三戦三勝、私はあっさりと、フェリクスを赤子の手をひねるかのように打ち負かしました。そういえばバルリング伯爵とは最短で十分かかりませんでした。
はー、と感嘆の声を漏らし、フェリクスはきらきらした少年のような顔を私へ向けます。
「さすがです、エルザ嬢。私はこれでも所属する騎兵隊の中では勝っているほうだったのですが、あなたのほうが数段上です。いや、これは素晴らしい。あっという間に、流れるように駒が攻めてきて、守る暇もなく負けてしまった!」
負けたというのに、フェリクスは興奮を隠しきれていないほど喜んでいます。
何だか、それは私も経験したことがあります。幼い頃、父とのチェスで私は何度も負けて、でもなぜ負けるのかを考え始めてからというもの、試行錯誤が楽しくなってきたのです。こうすれば勝てる、こうすれば追い込める、そんなことをずっと考えて、実際にチェスで再現してみて——楽しかったことを、フェリクスを見ていると思い出します。
「フェリクス様は」
「様だなんてとんでもない! フェリクスでかまいません、私はあなたを尊敬していますから!」
「いえ、一応その……私は平民です。貴族のあなたに敬称をつけないわけにはいきません」
すると、フェリクスは、何だそんなこと、とばかりに一笑しました。
「誰が言い出したのかは知りませんが、才能の前に身分を気にするなど、負け惜しみにすぎません。あなたはあなたで、チェスの名手であり、イェーリス将軍の娘で、美しい方だ。それ以上、何を気にすることがあるというのです」
それは褒めすぎです。私は口を挟もうとしましたが、フェリクスは駒を並べ始めました。
「さあ、もう一局、お願いします! 手加減は無用です、完膚なきまでにどうぞ!」
結局、この日は日が暮れるまでフェリクスとチェスを打っていました。
一度もフェリクスは私に勝てなかったのですけどね。
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