第2話 私、手加減が苦手なのに
夕食どき、私は帰ってきた父に相談をしました。
「お父様、すでにお聞き及びと思いますけれど、私、バルリング伯爵との婚約の解消を願い出られて」
それを聞いても、お髭を揺らしても父は動じません。
「ああ、聞いた。別にかまわぬよ、それで損をするのはあの男だ」
ですよね。私は率直にそう思いました。そのことを本当に気付いていれば婚約の破棄などするはずがないのですが、どうにもバルリング伯爵は呑気に構えていて、とある事情などもはや忘れてしまっているようです。
もう、そうなってはこちらもどうにも言えません。うちには特に損になることはないので、黙ってお別れしたほうが後腐れなくて済みます。
「まったく、せっかくの皇帝陛下のお慈悲を、下らぬ偏見と腹積りで台無しにするなど……貴族連中は無能にすぎる。まあいい、終わったことだ。そちらはつつがなく終わらせておく」
「それでですね」
「それでだ」
「「シュヴァルツェンブルク侯爵の子息フェリクスとの面会を」」
思わず私は父とハモってしまいました。どうやら、父もフェリクスを私の次の婚約者にと考えていたようです。
「こほん。私は、そのお方とお会いしてみたいと思っているのですけれど、いかがかしら?」
「うむ、いいんじゃないか。次の日曜日にでも呼び出しておく」
「お父様、いきなり婚約、ではなくて、結婚を前提としたお付き合い、ですから」
「分かっているとも。強制はせんよ、あちらにも都合があるかもしれんからな」
どうだか、と私は訝しみます。
さすがに上官の命令で結婚させられました、だなんて言われれば恥ずかしいわ申し訳ないわ、となってしまいますから、それだけは避けなければ。
「しかし、シュヴァルツェンブルク侯爵の子息フェリクス、この目で見たことがあるぞ。あれはいつだったかな、訓練で騎兵隊を率いていたところを見たんだったか。堂に入ったもので、これは実家の威光で地位を得た人間ではないな、と思ったな」
「そうなのですか。それは楽しみです。今度こそ、まともなお方と出会えるなら」
「お前は少々高望みするきらいがあるからな。あまり期待しすぎないようにしておきなさい」
「はーい」
父の言うことはもっともです。つい先日、馬鹿なバルリング伯爵に嫌な目に遭わされたばかりなのですから、ちょっとは警戒しなければ。バルリング伯爵とだって、最初だけは上手くいっていたのですから——。
私は食後の楽しみとして、父とチェスをして過ごしました。
週の半ば、あっさりとフェリクスからのお返事が届きました。
私は部屋で急いで手紙の封を切り、中を確認します。
そこには、こう書かれていました。
「……日曜日にお伺いいたします。チェスのご用意を、って……あれ? お見合い、じゃないの?」
私は首を傾げます。フェリクス、私がチェスが得意なことを知っているようです。もしかしてバルリング伯爵が余計なことを言っているのでしょうか。だとすれば大問題です。
「うぅん、どうしよう。チェスって言っても、私、手加減が苦手なのに」
そうなのです、私、バルリング伯爵相手にも一切手加減をせず、五十三戦五十三勝を挙げています。へこませまくった自覚はあります。しかし父から手加減をするなと教えられてきたため、逆に手加減ができないのです。
私は悩みました。どうやって手加減しよう、と。
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