習作

てぃ

KAC2023「本屋」


「真っ昼間なのに暗い店内。辛気臭い匂いに本棚のせいで狭すぎる通路。取り出す

のに難儀する文庫本に値付けがなく戦慄する古本。実に得難い経験だが、体験する

のは一度で十分だろう」


 手にした本を棚に戻しながら、男はそのように呟いた。


「動くな……!」


「おや、ニューナンブか。そんな骨董品を渡されるとは、君も信用ないようだな。

もっともそれは腕前か、人格の方か。どちらだろうね」


「お前はただ言われた通りにすりゃいいんだ」


「……ほう?」


「お前が肌身離さず"紙片"を持ち歩いている事は知ってんだ。そいつを寄越しな。

用があるのはそれだけだ」


「そうか……折角隠したところなんだがね」


 男はそう言って、棚から一冊の文庫本を取り出そうとする。


「それに挟んでやがったのか?」


「──ところで」


 正面で向かい合う。相手は拳銃を腰だめに構え、引き金に手をかけている。


「それは当然、本物かね?」


「おい、妙な真似──」


「確かめたいんだ。撃ってみせてくれ」


「……正気か?」


 男は答えず無言で笑った。


「──そうかよ!」


 迷わず引き金を引いた、銃口が火を吹き、銃弾が男の眉間に向かって発射される!


 男は動じる事無く虫でもはたくように手にした文庫本で弾を払うと気持ち悪いくらい

滑らかな歩法で近付き、拳銃を持つ手を蹴り上げ、そのまま足を下ろさずに鳩尾を

爪先で蹴り抜いた!


「……ッ!」


 腹を押さえてうずくまり、呻く事も出来ない。


「ちなみにこれは何の変哲もない古本だ。本物はこっち。見えるかい?」


 ハードカバーの古本。中を開いて見せると"黒い封筒"が隠されていた。


「では、君を殺して拳銃を戴くとしよう。実弾は有り難い」


「ふざ──!」


 前蹴り。前屈みの態勢から掴み掛ろうと前傾姿勢に伸び上がったところを柔らかい蹴りが胸板を押した。服が背中から裂け、体の内部では心臓が張り裂けて破れた。


「では。ごきげんよう」


 死体を残して男は去った。

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習作 てぃ @mrtea

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