第4話 破壊の化身 再び
ファグアスはバルムンドのその言葉と心に澱みのないことを感じとった。
バルムンドを浮遊要塞へと飛ばずには、自らとの根気較べを意味する。
すでに限界に近いことは自覚していた。
この青年へ望みを託すのは、些か部の悪い賭けである。
しかしながら、巨木を飛ばしても芳しくない結果だと、浮遊要塞の当事者が言うからにはそうなのだろう。
「お主を信じるわけではないが、巨木を飛ばそうと魔人を飛ばそうと、そう違いがあるものではあるまいじゃろう。
お主へ対象を移すまでに、わしの集中力が切れてしまわぬよう祈っておれ」
言葉をつむぎながらも、すでにバルムンドへと魔法を再集約させ始める。
巨木の輝きは徐々にバルムンドへと流れ移って行く。
我ら王国に仕える全ての魔道士団が、持てる魔力を振り絞って重ねた魔法じゃ。
━━
目の前にいる老人 ファグアスの顔色は良くない。
吐く息も
しかしその瞳には、執念深い彼の意思の色がはっきりと強く主張をしていた。
ファグアスという大魔道士は、並みよりは少しだけ多い魔力を持つが、しかしそれほど目を見張れるものとは言えないらしい。
それでも若い頃から魔力の扱いに関しては1級だったと言われている。
私は知っている。
彼の故郷の都市を攻めた際、彼が都市中へばらまいた魔法陣の多さたるや。
その魔法陣による結界のせいで都市の侵攻は遅々として進まず、ついには魔王自らが出向き、片っ端から全ての魔法陣へ魔力を過剰に供給し、溢れさせることで一気に破ったのだった。
魔法に疎い私では手出しができぬ完璧な防護を誇り、彼が張り巡らせた魔法陣は100年近くもその都市を守り続けていたことになる。
数の利を最も理解している魔道士でもあるファグアス。
数を理解すれば、当然ながら市場動向や兵軍の動き、流れにも理解が及ぶ。
要所をとらえた的確な判断力はしばしば国の守りや
度々議案の審議に持ち出される彼の発言力は決して低いものではない。
魔王軍で私が地位を得る前、戦場でファグアスの指揮する魔道士団に当たる局面があれば、迷わず身を隠し、退路を確保しろと言われていた。
当時の魔王軍は、各地の都市への侵攻に小規模の部隊で乗り込み、戦果を上げ、戦場の範囲をひたすら広げることを主軸として展開していた。
それができたのは、魔王によって強化された魔王軍の一兵が、王国の十兵を圧倒できたからに他ならない。
しかし、ファグアスはこちらの戦略目標を予測した上で、その目標に則した地形の要所に大規模な魔道士団を隠して待ち伏せさせた。
我々がまんまと魔道士団の射程に入り込むと、ここぞとばかりに集団魔法の嵐が襲い来る。
ひとたび射程圏外からの猛襲を受ければ、少兵の我々には部が悪い。
下手をして全滅した部隊も数多くある。
当時は小さな部隊が壊滅すると、侵攻に大きな穴が空いた。
我々の戦略をよく理解していないと、そのような布陣を敷くのは難しい。
ファグアスが率いる魔道士団に関しては魔王軍への内通者はいなかった。
彼らは専ら魔法の研究や開発に心血を注ぎ日々を過ごす。
俗世の感覚とは異なる変わり者たちが集まる団であった。
魔王は自らの強大な魔力が故に、いつでもファグアスをとらえて始末できたはずだ。
しかし魔王自身も、先王の時代からファグアスたちの動向には口を出さない取り決めがあった。
例えファグアスが侵攻の邪魔をしても、王国の未来へファグアスの有能さを欠くことの方が損失であると判断し、彼らを内部から排除することはしなかった。
目の前の老人は200年近く生きている。
とっくに死でいてもおかしくは無いが、彼の魔法の詠唱する声には張りがあり、言葉の輪郭がはっきりとしている。
数分の詠唱ですでに私に輝きが集約しつつある。
魔王の魔力で強化されていた時の感覚が甦りつつある。
これならあの要塞を砕くことができるかもしれない。
「ファグアスよ。
この魔法の効果はどのくらい保持できる?」
「せいぜい10分と言ったところじゃろう」
「なるほど。
王都が無傷では済まないが、10分でできるだけのことはしよう」
「カノプスのように地図上から跡形もなく消え去るよりはマシじゃろう。
しかし、わしもそろそろ限界じゃ」
見ると杖をかかげる老人の手はブルブルと震え、制御が効かない様子。
顔面も凄まじい疲労の翳りを見せており、言葉通りの限界を迎えているのだろう。
私は頷き、魔法での発射に向けて身構える。
「行け、バルムンド!」
ファグアスの声とともに、弾かれたかのような速さで空を切り裂く。
体を直立させ、なるべく抵抗を減らす。
両腕を交差させ、魔人の時にやっていたように全身にまとった全ての力を腕に集める。
体の強化はなくなってしまうが、そうしないとあの要塞は砕けない。
まとった力をすべて集めた。
しかし、体の内側にもまだ力を感じた。
無意識にその力も腕へと集める。
程なくして私の体は飛来する浮遊要塞へと激突した。
衝撃が全身に響く。
浮遊要塞の落下が一瞬だけ止まったように見えただろう。
弾丸のように私の体が浮遊要塞の内部まで突き抜けた。
私が交差した両腕を開くと、ミシミシと軋む音を響かせ、要塞に亀裂が入って行く。
要塞が2つに避ける様を、街の人々やファグアスも見ていることだろう。
両腕の先に、尖った刃物を意識して、力を集約する。
両の手を振るうと魔力の籠った衝撃波が生まれる。
魔王の力を借りて、よくこれで人間たちを薙ぎ払ってきた。
今度はファグアスに力を借り、この要塞を切り刻むとしよう。
違うのは醜い魔人の姿ではないことだけで、私のすることはなにも変わらない。
力任せに浮遊要塞に衝撃波を叩きつけ、砕いていく。
魔力が尽きるまで10分間しかない。
大きな塊を残してしまえば、それだけ地上への被害が増える。
できるだけ細かく砕かなくては。
渾身を込めて腕を振るい続ける。
瓦礫が飛散し体に打ち付けられようと、止まっている場合ではない。
━━
バルムンドを行かせて本当に良かったのか。
ファグアスには判断がつかなかった。
しかし、結果を見れば、少なくとも巨木を飛ばすよりも良い成果をもたらしたと言える。
浮遊要塞は2つに割れた。
そればかりか、内側から幾重にも衝撃波が四散し、集団魔法を畳み掛けても上っ面を剥がすことしかできなかった要塞が、細かく砕けていく。
これならば、王都への被害は想定したものの中で最少。
常人では耐えられるはずがないほどの魔力が籠っていたはずだ。
しかしそれでも彼は、平然とわしへ話しかけてきた。
あんな風に人間を弾き飛ばすなど普通はすまい。
しかし、バルムンドであればと、どこかで彼を認めている自分に驚いた。
長く敵対関係にあり、度々辛酸を飲ませ、飲まされた。
その中で、彼の力は何度も我々を苦しめてきた。
まさかこんな日が来ようとは。
魔王軍の中でも、誰よりも多くの被害をもたらしてきたバルムンドに、この国で最も多くの人々が集まる王都が救われるなど、誰も予想していなかったであろう。
だがしかし、事実は伏せねばなるまい。
バルムンドは国民からすれば未だに魔王軍の四天王が一人。
そんな危険人物を野放しにしたと知られれば、さすがに国民も黙ってはいまい。
国がまとまりを失って揺らげば、その影では多くの民がなすすべもなく命を落とす。
時には隣国からの侵略、時には干ばつによる飢饉。
それらの被害を食い止める役割を果たすのが国であり、王の務め。
今は事実を
我々魔道士団が浮遊要塞を粉砕したが、瓦礫まではどうにもできぬ故、
バルムンドの件はわしだけが知っていれば良い。
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