第3話 落ちる漆黒と大魔道士ファグアス
その影は刻一刻と城下へと存在感を増していき、誰もが驚愕の眼を向けて空を見上げ始めた。
皆それが何かわかってしまった。
漆黒の塊。
空の色よりなおも暗く、夜空であってもその輪郭が人々に恐怖を植え付ける。
ある者は一目散に逃げ出し、またある者は住居の地下に掘った深い穴の中へ、あるだけの食料を持ち込んで籠城した。
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バルムンドが女性の部屋でボロ布をまとったその頃、外の様子が騒がしくなり始めた。
「何かしら、こんな夜中に?」
窓にはめた板をよけて、女性は外の喧騒に顔を出す。
するとすぐ下から別の女性、それも少し低くガラガラとした喉の調子な年配の女性の声がした。
「ああ!エフィ!
あなたも早くお逃げなさい!
あれが落ちてくるわ!」
「マリーおばさん。
あれってなあに?落ちてくるって?
ハッ……!!?」
この部屋の女性、エフィは何かを見上げながら息を吸い込んだ。
「どうした?」
私もつられて、窓から顔を出し、暗い空を見上げた。
紺色の空の色とは違う。
より暗く光を吸収して離さない漆黒の塊が地上に迫っていた。
「浮遊要塞……」
あれが落ちているのか。
つい数時間前まで私はあの要塞の中にいた。
魔王が死に、魔力の供給が絶たれたとて、どうしてこんな場所に向かって…………。
「王の仕業なのか……」
王は私が見ている前で勇者によって消し去られた。
しかし、勇者は王に命乞いをする
その隙に王が浮遊要塞の軌道を変えることなど
勇者は既にこの世界を去った。
誰がこんなものを止められるだろうか?
王国の魔道士たちなら可能だろうか?
━━
王城内でも占星術師達がいち早く異変に気づき、すぐさま城内に明かりが灯された。
直ちに王国の魔道士達へと伝令による招集がかけられた。
城壁にはローブをまとった魔道士達が手に長い杖を携えて集結し、各々の魔法使いがいくつかの輪を形成した。
粛々と属性ごとの集団詠唱が始まり、浮遊要塞へ向けて放たれていく。
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エフィの部屋の窓から空を見上げていると、浮遊要塞へ向けて、炎の球体や岩塊、稲妻の様な光が飛んで行くのが見えた。
この距離からでも視認できるほど大きなものだ。
戦場であればあの一つ一つが兵士を飲み込み、粉微塵にしていた事だろう。
だがしかし、浮遊要塞と比べればあまりにも小さすぎる。
集団詠唱による魔法攻撃は浮遊要塞の外壁を少し剥がす程度の威力でしかなく、見上げる王都の人々は顔を青ざめさせて、その足を手を早めるばかりだ。
魔道士たちはかつて魔王が健在だった頃、浮遊要塞へと集団魔法を仕掛けてきた。
しかし、要塞の分厚い壁を叩いただけだった。
今回もその結果は変わらなかった様子。
そもそもあんな質量の物体を遥か上空へと浮かせていること自体がとてつもないことなのだ。
それが今落下してきている。
止められる者などいるはずがない。
知恵者のファグアスならば、何か策はあるだろうか?
「すまない。
私は去ることにする」
「そうよね。
私も一緒に逃げるわ」
エフィは一緒に行くといった雰囲気で私を見つめ返す。
「いや、私はこれから王城へ行く。
おそらく浮遊要塞は王城へと落ちるだろう。
あなたはできるだけ安全なところへ向かって逃げなさい」
そう言って窓から地上へと飛び降り、王城へ向けて走りだす。
エフィがその後どうしたのか、私は知らない。
私が行ってどうすることができるのかはわからない。
しかし、ファグアスならば、何か策があるかもしれない。
魔王に仕えていた時に、何度かファグアスの策によって都市の侵攻が遅らされた。
あの者ならば、もしかすると浮遊要塞を砕く秘策があるやもしれぬ。
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属性ごとの集団詠唱が効果を発揮しないことは明白だった。
それは以前も人の住まない地帯で浮遊要塞の撃墜を試みた時にわかっていたこと。
魔道士達は城壁から眼下の中庭に降り、全員で城内最大の巨木をずらりと囲む。
その巨木は王国が建国されてから数百年、大切に育てられていたものだ。
城内で最も大きく最も質量のあるそれを、無属性魔法で飛ばして、浮遊要塞へ打ち当てることにした。
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バルムンドは疾走を続ける。
目指す魔道士達がいるであろう城壁の上だ。
集団魔法による放火は止み、魔道士たちは視界から消えてしまった。
構わずに王城へと向かうバルムンドの行く手、今度は城内の巨大な木の根元辺りから、僅かに光が漏れてきた。
「あそこか」
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浮遊要塞の質量と比べると見劣りのする巨木であるが為、詠唱は威力を増すために幾重にも積み重ねられた。
途中で魔力の尽きた魔道士達が気を失い、次々と倒れていったが、今は救助している場合ではない。
なおも詠唱は続けられた。
魔道士たちの魔力が
皆が気を失い、最後に残った高位の者がまとうローブ姿の魔道士が一人。
この国の魔道士をまとめる大魔法使いファグアスだ。
王国の魔道士の中で唯一議会へ口出しの権利が認められている。
ファグアスの王国への献身は先々王の時代から続いている。
彼は集団詠唱に長けており、魔力制御に精通した世界屈指の魔道士である。
その魔力は強大な魔王に匹敵することは無かったが、知略に長け、あらゆることへの造詣が深いので、国の重大決定の場には常にその身を必要とされた。
一人意識を保ちながら無属性魔法の詠唱を続けていると、城壁から何かが落下してきた。
一人のボロをまとった青年だ。
ゆうに10mを超える高さを飛び降りてきて転がり、勢いを殺しきる。
兵士とは思えないその身のこなしの青年が起き上がり、こちらを見ている。
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私は城の中庭へ飛び込み、その床を転がった。
勢いを殺し立ち上がると、中庭にそびえる巨木は燦然と輝いていた。
その巨木の根元には数十ものローブ姿が倒れており、1人杖を掲げて詠唱している人物を除いて意識はないようだ。
「あなたがファグアスか?」
私の問いかけに、脳に直接響くような老人の声が帰ってきた。
「いかにも。
しかしお主は何者じゃ?
わしとは初対面のはずじゃが、何かが引っかかりよる」
私は巨木の根元へ歩み寄りつつ、自らの穢した名を名乗る。
「私はバルムンド。
元魔王軍、四天王の一人。
あなたとは戦場で何度かお目にかかっております」
「バルムンド?
お主のような人間が、あの魔人じゃと?
わしに冗談は通じぬと…………」
ファグアスの言葉が途切れた。
かまわず歩を進める。
「たしかに……。
たしかにお主から、若き日のお主が人間の時に、牢に囚われていた少年を感じよる……。
これは一体……」
「勇者様は、魔王が施した私への魔法を引き剥がして人間の姿へ……。
それよりも、浮遊要塞をどうにかする策は?」
「むう、お主の牢から邪気が消えたのはそのせいじゃったか。
魔王の手先であったお主に語ることはない。
邪魔をするでないぞ」
ファグアスの近くまで来ると、老人の顔には汗が滲み出て次々と流れている。
かなり無理をしているのだろう。
「邪魔をしに来た訳ではない。
このままでは、あの浮遊要塞は間違いなくここに落ちる。
この魔力の集約をみるからに、巨木を打ち当てるつもりなのだろうが。
あの要塞がその程度で
「お主が言うのなら、そうなのじゃろう。
しかしのう。
わしにはやらねばならぬのじゃ。
それが王国への務めよ」
「ファグアスよ。
私にその巨木の魔法を向けることはできまいか?」
「そんなことをすれば、お主は発動とともに爆発四散するだけじゃぞ?
それに、お主には、あの浮遊要塞を
むしろ、わしを邪魔して浮遊要塞をそのまま落とし、王国への復讐するつもりじゃなかろうな?」
「私は王国を恨んではいない。
単に私は命じられたことをしてきただけ。
それが多くの者を苦しめ、殺める結果となった……。
私は償わなければならない。
勇者に贖罪の呪いをかけられた私は、私の手が産んだ苦しみと殺しを全て償うまでは決して死ねぬのだ。
その前にこの国が滅んでしまっては、私は償いすらできなくなってしまう。
だからファグアスよ、力を貸してくれ。
私があれを砕こう」
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