第2話 暴走 / 快楽と理性
魔王軍に入りたての頃に、一度だけ考えたことがあった。
私がやっていることについて、考えてしまった。
目の前に子供が2人いた。
すでにその子らの両親は私の手の返り血となっていた。
私が薙ぎ払うのをやめれば、この2人は助かるのかと、ふと考えてしまった。
その2人の目には、私への深い憎しみが渦巻いていた。
それでも、殺す必要は無い。
そう思った時、横合いから轟音が響き、石壁が爆ぜた。
石の破片が私の体に降り注いだが、強化された私に石つぶてなど特段の痛みも無い。
だが、目の前にいた子供たちは違った。
爆散した石壁の破片が突き刺さり、抉られて絶命していた。
その瞳に私への憎悪を刻んだまま、息絶えていた。
私はその時はじめて、人を苦しめている自分自身に気がついた。
その子らの憎悪は、私が抱かせたのだと気がついた。
そのあとの記憶は曖昧だ。
その時の作戦で私は魔王軍と街の双方に甚大な被害をもたらしたらしく、しばらく浮遊要塞の牢に繋がれたらしい。
そんなことは何も覚えていない。
私は考えるのをやめた。
私が何を考えても、私がやることは周りの指示通りに動くことだった。
考えるいうことは私自身を苦しめる。
心臓がぎゅっと掴まれ、息がうまくできなくなり、血管が浮き出て激しい頭痛に気が狂ってしまう。
そうなった時に私は記憶を無くし何もかもを破壊する。
私が考えるということは、私の周りをも私が苦しめることになる。
そして私は結局抗うすべがない。
それならいっそ、何も考えない方が良いことだと思ってしまった。
私は私の内側に蓋をして扉を閉ざし鍵をかける。
表にでてくれば、私自身が私や他の人間を苦しめる。
勇者の言う、人を幸福にするとは何なのか。
この贖罪の旅には宛がない。
終わる兆しのない過酷なものだ。
━━
勇者は私を元の人間の姿に戻した時、私は裸だった。
勇者は眉根を潜めていたので、さぞかし私の体は醜いのだろう。
幼い頃より
傷だらけの腹や背は見るも無惨な有様だと容易に想像できる。
何かで隠さなければならない。
牢から出た私にはゆく宛はなかったが、大通りに裸では、流石に不味いことくらい私にもわかる。
なにか着るものを求めて、人気の少ない路地裏へと曲がった。
行く手から声がする。
男達数人の笑い声と女性の悲鳴が途切れたような不自然な声。
なにか良からぬ現場に出くわしてしまった様だ。
しかし、私には関係がない。
そのまま通り過ぎようとした。
「おい、そこの兄ちゃん。
裸で
ゲラゲラと笑う男たち。
視線を向けると、5、6人の男たちが1人の女性を囲んでいた。
女性は腕や足を複数の男たちに掴まれ、服を破かれて口を押さえつけられながらもがいている。
その表情は恐怖と悲しみの涙を浮かべていた。
「ちょうどいい。
お前もこっちに来て、この女を楽しんでいけばいい」
声をかけてきた男とはまた別の男が、私に加われと誘ってきた。
楽しむ、か。
「楽しむというのは幸福だろうか?」
「おい、兄ちゃん。何言ってんだ?
楽しくて気持ちが良けりゃ幸福に決まってんだろ」
一人の男が眉をひそめながら言う。
つまりは快楽の為、か。
私が女を攫わされたのも、魔王の快楽の為だった。
「皆もそうなのか?」
私の言葉に振り返る男たちの視線に、問いへの疑問と肯定が伺い知れた。
私はその快楽がどんなものなのかを知らない。
一度も異性と交わる前に、異形の姿に変えられてしまった。
私は男たちの方に足を向け、歩み寄っていく。
快楽とは幸福なのだろうか。
「お、やっぱり兄ちゃんも女好きかい。
変なこと聞くからそっち系なのかと思ったぜ」
ゲラゲラと笑う男たちとは対照的に、新たに加わった一人の全裸男に対して、恐怖の表情を一層強める女性の姿があった。
「女よ。
あなたは幸福そうにはみえないようだが、どうしてだ?」
魔王は女性を喜ばせるのは簡単だとよく言っていた。
綺麗な服を与え着飾らせては褒め、美味しいものを与えて口説き、相手がその気にならなければ別の女性の相手をし始める。
そうして何人も侍らせて、快楽に興じていた。
しかし、目の前の女性は口を塞がれ、服を破かれて涙を流している。
魔王のやり方とは違う。
一人の女性を何人もの男たちが囲み、抵抗できないように力で押さえつけている。
女性は恐怖を張り付かせ、決して喜んではいない。
むしろ苦しそうだ。
「お?なんだい、兄ちゃん。
襲われてる女に対してそんなことを聞くなんざ、そりゃあ可哀想だぜ」
「可哀想?」
「そりゃあお前、女に生まれたら、こんなに乱暴されるんじゃあ。
俺なら悲しくて自殺しちまうかもな」
どうして可哀想だとわかることを、この男たちは一人の女性相手にするのだろうか?
「やられる前に舌を噛み切って自害する女もいるらしい。
そうならない為にしっかり口抑えとかねぇとよお」
衝撃だった。
相手が自ら死を選ぶほどの酷い行いを、楽しむこの男たちは、一体どうして?
「お前たちは、そんなことをして、本当に幸福になれるのか?」
「そりゃあ、オメエ。
男なんざあ、やれればみんなハッピーなのは昔から決まってらあ」
快楽に溺れ頭がどうにかなってしまったのだろうか?
あれほど快楽の虜だと思っていた魔王には、相手を人として見る理性があった。
しかし、目の前の男たちその理性は感じられない。
「では女は?」
「俺たちゃ男だ。
女のことなんざあ知らねえよ」
「まあなんだ、俺あよ。
できればその、相思相愛、ってやつには憧れんだけどなあ。
俺みたいな不細工なゴロツキにゃあ叶わねえってことくらい知ってんだ」
「それはどうしてだ?」
「だから知らねえよ!
顔が良くない男がモテるなんてこたぁねぇってのは、昔から決まってやがるんだ」
顔の問題だけではないはずだ。
現に私が攫った娘たちの親だって決して美男美女しかいなかった訳では無い。
むしろ大半の父親と大半の母親は、美しい訳では無かった。
「だからこうして群れて女性を襲っていると?」
「んだよ……たくっ。
なんか俺ぁ興が醒めちまったぁ。
俺ぁ、もう帰るぜ」
すると……。
「俺も今日はいいや。
この女、俺のタイプじゃねぇしな」
「じゃあ、俺らも帰るっす」
1人がやめると言い出すと、男たちは皆それに習うように女性の体から手を離し背を向けた。
ここにいる男たちは、自分の意思ではなく、群れとしての習性で狩りをしていただけなのかもしれない。
リーダー格の男を立てるためなのか、快楽の幸福を得るために1人だけ残るということはしないようだ。
「おい全裸の兄ちゃん。
そこの女、あんたの好きにしな」
「帰るのか?
どうしてだ?
幸福ではなかったのか?」
この世には理解しがたいことが多すぎる。
「うっせぇ!
もういいんだよ!
幸福なんざ知るか」
男たちはゾロゾロと夜の街に消えていった。
この男たちにとっての幸福とは一体何だったのだろうか?
一人の女性を集団で襲ったとして、一時の快楽は得られるかもしれない。
しかし、それが終わってしまったら、その後は?
女性に恐怖を植え付けて、それからどうするというのか。
女性を襲う男たちは理性を持っていなかった。
単なる一時の快楽のための行為。
私が来なければ、あのまま通り過ぎていれば、この女性はその後自害してしまったかもしれない。
まだ顔には恐怖の色が濃い。
路地裏に残されたのは服を剥ぎ取られた女性と、元々服を着ていなかった男だけだった。
「女よ。
あなたの危険はどうやら去っていったようだ。
気をつけて家に帰るといい」
「あんた。
なんで私を助けてくれたの?」
「これは……助けたことになるのか?」
「あたしに聞かないでよ。
でも、ありがとう」
「すまぬ。
あいにくと、あなたに掛けてやれる服や布を持ち合わせていない。
そのままではまた襲われかねないが、大丈夫か?」
「あんたが着いてきてくれれば、きっとそういう女だと思われるから大丈夫じゃない?」
「そうか。
ならば着いていこう」
「やらしいことはしないのよね?」
「私が?
そんなことをして何になる」
「うわ、今日聞いた中で1番キツイかも……。
少なくともアイツらはあたしを見て興奮してたのに」
「すまぬ。
気に触ったか?」
「ふ。いえ、いいわ。
あんたが変だから助かったんだし、文句を言う筋合いはないものね」
わぜかその女性は少しだけ笑っているように見えた。
そして私に着いてくるようにと言いつつ歩き出した。
「あんた。
なんで裸なの?
服はどうしたの?
追い剥ぎにでもあった?」
「なんと言えばいいのやら。
私にもまだよくわかってはいない」
「あはは、何それ?
服がないのに何でなのかわかってないって?
あんたほんとに変わってるわね」
今度は誰が見ても明らかにその女性は笑っていた。
笑いの壺にでもはまったのか、または危機が去ったことを実感し、ホッとして笑っのか。
あるいはその両方か。
とにかく女性は幸福を感じたのだと思う。
私の中で何かどす黒い塊から、薄皮の一筋の湯気のようなものが剥がれた気がした。
━━
夜、人気の少ない路地に裸同然の女と全裸の男が談笑しながら歩き去る。
夜の街に女性の明るい笑い声が響くことなど、この街では極めて珍しい事象であった。
しかし、この時の異様ともいえる光景を覚えている者は誰もいない。
━━
女性について行き、女性の暮らす建物へと入る。
女性はお礼がしたいと余っている布を縫い繋ぎ、バルムンドが纏えるものを作ってくれた。
女性の手により即席で縫い合わされたボロをまとい、バルムンドは女性へとお礼の言葉を述べる。
「やめてちょうだい。
お礼を言うならこっちの方よ。
本当に感謝しているわ。
でも、本当にこんなボロ布で良かったの?」
「ああ、私の体を隠すことができればそれでいい」
「変わった人ね」
この女はよく笑う。
そして、その度に私の内側にある黒い塊から薄く蒸気があがり消えていく。
私はこの者を幸福にしているということなのだろうか?
━━
城下街といえども、夜の帳が下ろされれば静けさが支配する。
しかし、その日のうちに王が死に、魔王討伐を成した勇者が去ったこの城下街へは、漆黒の影が迫っていた。
最初に異変に気づいたのは星読みをしていた占い師だった。
「雲も無いのに、星が隠れている……。
なんだあの大きな影は?」
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