第1話 破壊の化身 バルムンド

勇者の一存で解放されたバルムンドは、その勇者による贖罪の呪いを受けながら、長い旅路へとつくことになった。


勇者は魔王討伐が完了したことで光に包まれ、この世界を去っていったという。

勇者が召喚されたその日に魔王を倒し、元の世界に帰ることなど前代未聞、誰も予想だにしていなかった。


勇者によって魔王であった王が絶命すると共に、浮遊要塞は制御が効かなくなり、王都に落ちる進路をとっていた。

さすがは魔王と言うべきか、死すと知ってなお、この国を苦しめようとする。


王国の魔道士達による集団魔法によって浮遊要塞の城への直撃は免れたが、その破片は3日3晩王都に降り注ぎ、王国史上でも未曾有の大災害へと発展した。

事態の収拾に務めたラルダ達は行方知れずのバルムンドを捜索、討伐しているどころではなかった。

バルムンドが逃亡したことは王城内で秘匿されたが、公開処刑が執行されなかったことで、人々の間では次第にバルムンドの生死に関する噂が立ちはじめていた。


国がすさぶ中、暫定的ざんていてきに次期国王となったのは、魔王の息子の王太子だった。

魔王の子息を王位に就かせることに対する国民からの不満や、次期国王自身の政治に対する無能さにより、人々は王国への帰属きぞくうとみ、民の多くが家を捨て隣国への亡命をはかった。

次期国王は残った国民からの支持を集められるわけもなく、また父である魔王による災害によって家や職を失った多くの人々を中心とした連日の暴動が起こる状況が続き、国内に革命の機運が満ちていた。


程なくして王政は破綻し、民衆たちが決起。

反乱が各地で同時多発、偶発し、瞬く間に王城は民衆たちに占拠されていった。

王国兵に至っても、王族を裏切り、民衆の側に有利に立ち回った。

確して革命は成ったのだ。


魔王の残党よろしく、先王の息子である次期国王や王族全体、王族の世話係や庭師、執事、侍女に至るまで、城内で暮らす全ての者たちの処刑が執り行われた。

彼ら彼女らが、先王の邪悪な企みを知っていたのかは、誰にも分からない。


国民からは次期国王から、より実質的な現場指揮を任されていたラルダが担ぎ上げられ、民主政治への期待が沸き起こる。

ラルダの初代首長への就任演説の中で、ゆうに数ヶ月の沈黙を経て、ついにバルムンドの逃亡が世間に明らかにされた。

バルムンドの逃亡が国内に知れ渡ったことによって、国はまとまり、ラルダの提唱する凶悪犯への取り締まり強化案が次々と賛成、可決されていった。


語り継がれる王国、そしてその後のその国の歴史にも、バルムンドという存在は深い爪痕を刻み込んだ。

今やその名は、主犯である魔王の名よりも蔑まれ、人々に憎まれるものとなっていた。


曰く、

抗うものをなぎ倒し、引き裂き、八つ裂きにしながら、若い娘をさらい、善良な人々を殺して回る狂気の魔人 。

魔王に仕えた最も恐ろしい悪魔。

一国を滅ぼす力を持ちながら野放しにされ、人知れずこの国を滅ぼそうと虎視眈々と息を潜めて闇の軍勢を集めているという最悪の化け物。

勇者が殺し損ねたほど強く、何人も敵うことがない恐怖の象徴。

元は人間だったが、魔王が見出し、人の心を無くした怪物。

彼は今、この国で最も恐れられる存在である。



━━


何をしてもダメだった。

私は死ぬ事が許されていない。


水中で息ができなくても

暗殺に使われる致死毒を飲んでも

1年以上何も食べなくても

1000メートル級の峡谷に身を投げ出し谷間に叩きつけられても

兵士の持つ銀の剣が心臓を貫いても

傷口を自ら開いて血を大量に流失しても

火で炙ったりマグマの中を泳ごうとも

雪崩に巻き込まれて凍てついても

自分の体重の100倍はあろう岩に押しつぶされても

高い塔に登り雷に打たれても

塩漬けにされて水分が抜けてカラカラになっても


苦しさや痛みは感じるが、それだけだ。

まるであの勇者が近衛兵の銃弾に撃たれても立ち上がったように。

私は呪われてしまったのだ。


私が殺したり、さらったり、傷つけてきた人々の数は1000人を少し超えたくらいだろう。

その全ての寿命や苦しみを与えたトキに匹敵する贖罪しょくざいが終わるまで、私は生き続けなければならない。

不死身になったようなものだ。

それならば、自由に生きていいのかというと、そうではない。

私自身の影響で、誰かを少しでも幸福にしていないトキが長く続くと、ように頭が痛くなるのだ。

痛みに慣れるという選択肢はない。

この頭痛は死の苦痛と同じかそれ以上の痛みを伴う。

呪いというものは恐ろしいと、身をもって知ることになった。

しかし、私が殺した人々にとっては、この苦痛や苦しみを与えたのは私そのものなのだ。

私自身が与えたものが返ってきているだけという見方もできる。

その痛みから逃れる唯一の方法は、誰かを幸せにし続けること。


この頭痛のことを、勇者は言っていなかった。

勇者はただ、私が贖罪をする為の助言をくれた。


曰く、

人を信用するな

人を幸せにするにはたくさんの嘘をつけ

自分に嘘をつけば、1部の人間に一時的な幸福をもたらす

他人に嘘をつけば、より多くの人に一時的な幸福をもたらすだろう

皆に嘘をつき通せば、皆に長い幸福をもたらすが、つき通せない嘘は元々そこにあった幸福をも奪い去る


勇者をやっていた人間が、どんなことを考えていたのか、その一端を垣間見せてくれた。

そこには、かつて私が恐れ、為す術なく従った魔王にも匹敵する闇の側面が垣間見えた。

ただ、私には勇者の言っていたこと、「人を幸せにしろ」と言うことと、「人に嘘をつけ」と言うことは、矛盾しているように感じた。

しかし、私がいくら考えてもそれがなぜなのかはわからない。


私はこれまで、誰かの言われるままに生きてきた。

物心着いた頃、言うことを聞かなければ問答無用で引っぱたかれ、ご飯も無くなるのだと思い知らされた。

私を引っぱたいたのは本当の両親だったのかもわからない。

親にしては歳をとりすぎていたかもしれない。

しかし、それが私にとっての唯一の肉親。

何をするにも、従わなければ結局は怒号と拳や平手。

まだ何もわかりはしなかった私には、それが愛情だと思ってしまったのかもしれない。

何かをする度に怒鳴られ、タンコブやアザが増える。

何もしなければ、それはそれで同じような目にあう。

言葉を理解しはじめて、その言葉通りにやった時だけ拳や平手がやってこない安息が訪れた。

ああそうか、言われたことをすればいいのかと。

しかし、難しい言葉は理解ができなかった。

そして結局は殴られてアザやタンコブができる。

どこを向いてもアザやタンコブが痛くて眠れない日もあった。


私が言われたことだけをするように、従順に手懐けられた頃、私の周りにいる同年代の子供たちは、私に何かを言えばその通りにすることを面白がった。

肉親の言葉ではなくても、私はその通りに実行した。

そうすることが当たり前なのだと思っていた。

私に対してなにか命令をしてくる奴らは、全て同じ存在で、私以外だった。


ある時私に人を殺せと言ったやつがいた。

私はその通りに人を殺めた。

当然ながら牢に入れられ鎖に繋がれた。

牢に入ると、見知らぬ怖い男に罵倒されながら殴られた。

その時の殴られ様は、自分がこれまで経験した暴力とは明らかに異なった。

明確に、私が痛い所を執拗に殴りつけ、血反吐を吐かされた。

その人の目は、私と同じように暗い瞳をしていた。

私が何度やめてくれと泣き言を言っても、その瞳の色は変わることはなかった。

私が痛がるのが無駄だと悟り、声を殺すと、彼の拳はピタリと止んだ。

彼にとっても、私を痛めつけることは当たり前だったのかもしれない。

そして夜な夜な私を街に出向かせて、私はその男の言う通りに人を殺して回った。


━━


贖罪の旅に出た今になっても、やはり私は勇者に言われるままに生きているということになる。

私自身が考えて、何かを成し遂げたことは記憶にない。

魔王軍随一の戦闘能力を有していた私だが、戦いにおいても魔王の魔力で強化され、薙ぎ払うだけで人は死んでいった。

そもそも私に敵う相手は魔王しか存在せず、魔王には私が敵うことがない。

言われた通りにしなければ、私の代わりはいくらでも作れると魔王は言っていた。

どうせ私が居なくなっても次の替わりが居る。

私は言われたことをしているだけでいい。

思考することをやめた私は操り人形であった。

私自身が何かを考えて動くことはしなくてもよかった。

言われたことをしていればよかったのだ。

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