プロローグ(後) 魔王の死と勇者の呪い

何とは答えずに、私は王に近づく。


「おい、どうしてこちらへ来るのじゃ!?

下がれ、下がらぬか無礼者!

それより先はワシら王族が許した者のみが登ることを許される(階)段ぞ!」


王は明らかに狼狽し、私を遠ざけようとしている。

しかし、この王に手を差し伸べる者はいなかった。


「魔王って、あなたの事よね?


あの浮遊要塞で1番強いのを倒す時に、自ら魔王だと言っていたけれど、その他のやつらから魔王という呼び名は出てこなかったわ」


だから、まだ私は魔王は倒していないと思うのよね」


「そ、そんなこと、みなに聞けば分かるじゃろう!?


さあ、聞いてみるのじゃ!

あの要塞にいた者こそ魔王じゃったと!」


「まだあるのよね、続きが。


この城の動的反応が私には見えているんだけど、どうしてあなたの寝室にある水晶から、あの空中要塞へと魔力伝達があるのかしら?

あの要塞があなたの言う魔王とやらが亡き後も浮かんでいられるのは、そのお陰よね?」


「す、水晶など……な、何の話かわからぬわ!

そんなもの、ワシは知らぬぞ!」


「へぇー?まだシラをきれる心積つもりなんだ?


その魔力の質が、あなたの固有のものだってことも、私にはわかっているんだけれどね……?」


部屋の奥に追い詰めた王に向けて、私の右腕の力を振るいかけた瞬間。


バンッ!


「お、王から離れろ!!

近衛隊!撃て!!」


王に当たらぬように、私の側面から続けざまに銃弾が放たれ。

私の体に弾丸が突き刺さる。

その衝撃で私の体は玉座の間の壁に叩きつけられ、血の跡を引きずりながらずり落ちる。


ゴフッ!


温かい血が口をついて流れ出る。

目に映る床に私の血が広がる。


「や、やったか?」


近衛隊隊長の声とともに、王が立ち上がり口を開く。


「で、でかしたぞ、近衛隊長よ!

そなたのおかげで命拾いした。

褒めてつかわそう、わっはっはっはっ

はっ!


勇者と言えども、銃弾をこうも撃ち込まれては、生きてはおられまい!

わっはっはっはっはっ!


魔王も片付けてくれたらしいからのう。

この国はもう安泰じゃ!

わっはっはっはっはっ!」


「こ、国王陛下!

うしろを!!」


「なっ!?なんじゃと!?」


私はゆっくりと立ち上がった。

血が出ているけれど、じきに治る。


「痛いじゃない」


痛みはあるのだ。

気を失いかけるような痛みだった。


「アンタらもこのクズの国王とグルってわけ?」


「なっ!?キサマ!

国王陛下に向かってクズとは何事だ!」


「クズはクズよ。

民衆から巻き上げた税金で、昼間から酒と女に興じて……。

私が先程このクズ王の部屋に行ったら、そこにいる娘たちを侍らかしていたわ。

年端も行かない子供まで……。

全くもってクズ以外の何者でもないわ!」


近衛隊長が私の指さす娘たちに目を向け、目を見開く。


「レイティア!?

お前、どうしてこんな所に!?」


私はその視線の先の娘の元に転移して、娘の耳元で囁き聞いた。


「レイティアちゃんっていうのね。

あなた、あそこの近衛隊長とはどういったご関係なのかしら?」


俯く少女は小さなか細い声で一言。


「近衛兵の隊長は……わたくしの父でございます……」


「そう、じゃあ。

近衛隊長は生かしておこうかしら」


そうつぶやいて、転移。


「うぐっ、キ、キサマぁ!!

ぐほぉぅぐげ」


国王陛下と言われたクズを魔力で拘束し、近衛隊長の前に蹴り飛ばす。


「近衛隊長。

あなた、お名前は?」


「賊に名乗る名など無い!」


まあ、そうよね。

王様の命を狙っている賊という認識は、近衛隊長からすれば当然。


「じゃあ、そのクズはどうする?

あなたなら、どうしたい?

私が殺ってもいいんだけど……。


どうせなら恨みのあるアンタが手を下してもいいわよ?

娘を傷物にされたなんて、父親としては黙っているわけには行かないわよね?」


「国王陛下……。

娘に……レイティアに手をかけたのでございますか……?」


「じゅ、銃口を向ける相手を間違っておるぞ!

ワシがそのような事、する訳がなかろう!」


「ああ、そうそう。


証拠はこれね。

私が見たものを少しモザイクをかけるけど……」


城の壁に王がレイティアたちを侍らかす姿を映し出す。

モザイクはかけたが、基本的に肌色ばかりなので、誰もが察するだろう。


「ち、違う!あんなものまやかしだ!」


「ちょっと黙っててくんない?」


クズの口が開かぬように封じる。

それから、もう1つの場面もついでに映す。


「んんっんんんー!!」


大神官ハーゴスとクズ王が私の始末について相談しているところだ。

ハーゴスは謙遜しているような口調で、国王を我が主とはっきりと述べるところだった。


「わかったでしょ?

コイツが魔王で、単なるクズだってことが」


バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!


4発の銃声が同じ砲口から放たれた。


「んんんんんんん!!!!


…………んん?」


銃弾は私がクズ王の眼前で4つとも止めている。


「何故ですか!勇者様!?」


「近衛隊長。

名前、教えてくれない?」


「わ、私はラルダと申します!

どうか私にこの魔王を殺させてください!」


私はラルダに手のひらを突き出し、制止する。


「みなさん。


今、ラルダ元近衛隊長は、魔王ユーレウスに致命的な一撃を加えました。


しかし!

忘れてはいけませんよ。


ラルダさんは、私に魔王を殺す許可を求めましたが、魔王を倒すのはこの私、勇者のつとめ。

ラルダさんはその勤めを果たす手助けをしてくださいました。

あくまでも、この勇者が魔王に止めを刺すことを、お許しください」


言い終えたら、私は4つの弾丸を指で弾き、クズ王の脳天に深くめり込ませてから、跡形もなく消し飛ばした。


ラルダのその憎しみに歪む顔は、娘には見せてはいけない。


「ラルダ。

あなたの銃弾のおかげで、魔王は私の力を抑えられなかった。

ご協力に感謝します」


もちろん、私だけの力で十分にねじ伏せられたが、こうでもしないとラルダの無念は晴れないだろう。

直接止めを刺したわけでは無いが、役割を全うしたと思って貰えればそれでいい。


父の元に駆け寄る娘の姿と相まって、ラルダの行いは多くのもの達から拍手が向けられた。


「さて、次はバルムンド。

あなたの番よ?」


「勇者様。

私にも死をお与えください」


「そうではないわ、バルムンド。


あなたが魔王たちにやらされていたことを、今ここで白状なさい」


「あなたがそうおっしゃるのなら、そうする他ないということですね。


わかりました。

全てをお話致します」


王によって自らの姿を禍々しいものに変えられたこと。

国政の裏で基本的に王の指示の元、各地で問題を引き起こしたこと。

魔王軍との戦争を名目に、多額の税を国民から徴収して、それらを元に王が悠々と暮らしていたこと。

酒蔵のある都市を制圧し、王に貢がされていたこと。

王のために若くて美しい娘たちを攫わされたこと。

王城に勤める家臣たちの中にも、その事実を知るものが少数おり、それらの家臣たちも王の狂乱に目を瞑り、時には加担していたことが明らかとなった。


バルムンドが語り終える頃には、そこにいる皆がすべては王の絶対的な権力の集中と魔力、財力があったからこそ起きたのだと悟り、事の顛末を納得してくれた。


後に、バルムンドの摘発により、王と繋がっていたものたちは、ラルダ率いる元王国兵士たちが捕え投獄された。

全ての関係者が投獄され、私は独房に繋がれているバルムンドに語りかけた。


「ねえ、バルムンド。

言い残すことはもう無いかしら?」


「はい。

あなたのおかげで、私はすべての罪をお話することができました。


心残りはございません」


「では、改めて、あなたに処罰を言い渡すわ」


バルムンドは眩い光に包み込まれていく。


「こ、これはいったい!?」


光がおさまる頃には、バルムンドの凶悪な見た目は鳴りを潜めて、そこには精悍な顔立ちの裸の青年がいた。

バルムンド用に用意された鎖や囚人服は大きすぎて外れ脱げてしまい、彼を拘束するものは檻だけになった。

その檻も、勇者の魔法の前には、ぐにゃぐにゃとねじ曲がり、人が1人通るのに十分な大穴が空いた。


「どうしてですか、勇者様?

罪深き私には死こそが相応しい」


「格上の話は最後まで聞きなさい。


あなたはこれより、あなたが殺めた人や苦しめた人の分まで生き続け、そしてその人たちの分以上に、今生きる人々に幸福をもたらすまで、死ねない呪いを施しました。


その呪いをもって、私から君への処罰とする。

鎖に繋がれていては、あなたはいつまでも死ねないのよ。

だから行きなさい。

そして、その呪いから開放されるまで、心して生き続けなさい」


「勇者……。

そんな…………」


贖罪の呪い。

これは死よりも残酷で、死よりも長い道のりを意味する。

彼の胸元に刻まれた印が、いつか消えるその日まで、彼は多くのものを背負い続けなければならない。

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