第5話 王族
バルムンドは魔人に変えられていた際、大きな両腕を活かして、魔王の魔力で形を成した魔力爪を使っての戦闘が得意であった。
しかし、今は人間の身。
腕が魔人の時と比べ小さく、短くなってしまった。
薙ぎ払うリーチが短くなった分、補う必要がある。
両腕に沿った魔力爪ではなく、よりリーチの長いエモノ、魔力刀を形成した。
元々使っていた爪に関しても、切り裂くのは先端部分の内側のみで良かったため、魔力刀も刃は内側のみ。
即席のエモノにしても同じような感触で手繰れるものが良かったのだ。
ファグアスから譲り受けた魔力が尽きぬ限り、王都へと落ちようとしている浮遊要塞を砕き続けた。
バルムンドは息をつく暇なく両腕を振るうが、その両腕を中心に空気抵抗による摩擦が起きる。
魔人だった時は腕を振るっても長い獣毛のようなもので、起こる風や摩擦が軽減されていた。
バルムンドの動き方にはやはり魔人であった頃の名残り、人間の体には向いていない。
その摩擦による熱量は凄まじく、発火する温度を超えていた。
そして発火した。
例え熱で体が燃えようとも、止まるわけにはいかない。
私が苦しめ、殺めた人々に比べれば、私の体が燃えることくらいでは済まされない。
摩擦によって生まれた熱で燃えるバルムンド。
その熱は魔力刀の衝撃波と共に、浮遊要塞へも波及する。
熱波混じりの衝撃波を飛ばすことで要塞を砕く手応えが少し柔らかくなったようにも感じたが、腕を休めるわけにはいかず確かめるすべはない。
実際バルムンドの周囲にあった浮遊要塞の欠片などは、度重なる衝撃により粉々に砕けた上に、灼熱を浴びて溶解しかけている。
周囲には角の取れた形の
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漆黒の浮遊要塞が割れる光景は、王都にいた多くのものたちが目にした。
その
その光の矢。
そして要塞が砕けていく中、その中心で小さな太陽のような輝きを放ち、人間とはかけ離れた動きで衝撃波を放ちながら燃え盛るものを、バルムンドだと認識する者は誰もいなかった。
皆は後に公表されるファグアス率いる魔道士団の集団魔法によって、浮遊要塞が打ち砕かれたことを信じることになる。
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10分間。休みなく動き続け、燃え続けたバルムンド。
ついに魔力が底を着き、空に浮いていられなくなった。
魔力が尽きたことで高温下に何の防備もなしに身を晒すことになったバルムンド。
一瞬で体は炭と化すまで燃えてしまい、指一本動かすことができないまま、浮遊要塞の瓦礫と共に落下する。
落下する中で空気によって冷やされ、黒い塊となった姿は同じ漆黒の瓦礫と見分けがつかぬほどであった。
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王城では有事を懸念して王族の避難が進んでいた。
城を背に1台の馬車が走る。
ファグアスからは事前に最悪の事態として王城は捨て置くほかないとの通達があったためだ。
馬車の中には少しお腹周りが窮屈そうな青年と幼い少女を膝に寝かせる乳母の3人の人影があった。
少女は揺れる馬車の中でも器用に寝返りをうちながら眠っている。
まるで馬車の中で眠ることに慣れているかのようだ。
青年はというと、しきりに何かブツブツと呟きながら、苛立たしげに腕組みした腕に指のひらをコツコツと当てている。
その顔にはどこか父王の面影がある。
「おい、乳母。
どうしてそのガキは俺の馬車に乗ったのだ。
そこのガキなど王城へ残してくればよかったのだ」
乳母と言えども20代半ばのその女性は、王太子へ楯突くことなどできるはずもなく、静かにその青年の言葉を聞く。
「どうせ政略婚くらいにしか使い道のない女子の王族など、俺がこの国を治める時には必要なはずがない。
そんなガキを贅沢に育てる価値は無いと母上に俺がどれほど進言したか」
目の前の少女が取るに足らない人間だと言わんばかりに睨みつける。
「しかしながら殿下。
この方は殿下と血の繋がった妹君でいらっしゃいます。
いつの日か、殿下と共に王族の務めを果たしてくれましょう」
「俺がそんなガキの力を借りるわけが無いであろう。
それに、俺と血が繋がったガキなど腐るほどいるに違いない。
そんなガキが1人くたばった所で王家は俺1人いれば十分だ」
確かに父王は堕落した浮気性の人間であった。
その血が混じる子供となれば、数えるのが大変なほどいるのかもしれない。
しかし、王太子とここにいる少女だけが、同じ王妃が産んだ実の兄妹。
年の離れた妹に王妃は心酔しており、芯根の曲がった王太子のようにはならぬようにと、自らの身の近くに置き教養を受けさせるほどであった。
むしろ王族の中で疎まれているのは、兄である王太子の方である。
しかし、王位継承は厳密に組まれたシステムであり、それを違えば国民達へ国の根幹に疑念を抱かせる。
先に生まれ、そして男である王太子が、父王が死した明日からの王である。
2人の母である王妃は城に残った。
王の葬式は事情が事情なだけに国家行事として執り行うことはできないが、亡くなった王を悼むのもがいないわけではない。
静かな場所で密かに執り行われる予定であり、喪主は王妃であった。
そこへ王が仕向けた浮遊要塞が飛来し、王妃はそれがどういう結末を迎えるのか見届ける義務があった。
そして長く居住まった城がもしそれによって崩れるというのなら、王妃はその身を城と共にする決意があった。
まだ幼き少女には、少女がこれからおばあちゃんの家へ行くのだと嘘を付き、乳母である女性へ片時も目を離さぬようにと託したのだった。
突然馬車の外から轟音が鳴り響き、馬たちのけたたましいいななきと共に馬車が急停止した。
「なんだ!?おい、なんだと聞いている!!」
王太子は
程なくして小窓が開き、馭者は眉根を下げて先の道の様子を伝える。
「殿下、申し訳ございません。
道の先にあの空の黒い塊の破片が飛んできて、道が崩れ塞がれてしまいました。
この道はもう通れません。
引き返して別の道を探す他ありません」
「破片が飛んできただと!?
ファグアスは何をしているのだ!
この俺に当たりでもしたらこの国はお終いだと言うのに!」
「いかがいたしますか、殿下」
「城へ引き返せ!
ファグアスがあれが砕いたのならもう逃げる必要も無い」
「かしこまりました」
馭者が降りて馬をなだめ、手網を持って旋回した。
来た道を引き返そうとした。
「馭者、おい、待て!
待つのだ!
だがしかし、いつでも走り出せるよう準備をしておけ」
「かしこまりました、殿下」
馭者は王太子をのせるのは今日が初めてだった。
何をするにも、まずは言うことを聞く他ないと心に決めて馬車を走らせる準備を整えていた。
馬車の中でもバタバタと何事か聞こえてきたが、馭者は己の仕事をわきまえ馬達の手網を握り、いつでも走り出せるようにと馭者座にて待った。
そこへ王太子の声が響いた。
「馭者!
さあ、王城へ戻るのだ!」
少し息を切らしながらも揚々とした声に従い、馭者は掛け声とともに鞭を振るって馬たちに浴びせた。
馬車は再び王都へ戻るべく、街道に幼い少女と血だらけの乳母を残して走り去ってしまった。
馭者は後に馬車の中が血まみれで、王妃と同じ栗色の髪が散乱していることに気づくのだが、翌日には王となったその王太子が着せた濡れ衣を剥せるものなど、この国にはいない。
王族殺しの汚名により、馭者の男の処刑はすぐさま執り行われた。
こうしてこの国のたった一人の姫は、若干5歳という若さで墓石にその名を刻まれることとなった。
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