第74話 届く想い
風がまた樹の髪を撫で上げる。樹は頷き、また小さく微笑んだ。
「みなさん、自分の胸に手を当てて下さい」
その言葉に、周りは不思議そうに顔を見合わせながら、胸に手を当てる。
樹は振り向き、後ろに座っていたカルド達にも声をかける。
「王様達も手を当ててください」
樹に促され、王達も胸に手を当てる。それを見た樹はまた広場へと顔を向けた。
「僕は美緒さんから力を託されました。そして、今、僕の側には美緒さんと僕の祖母がいます。三人の力でこれからある事をします。これは、美緒さんからの最後のプレゼントだと思って下さい」
そう言いながら、樹も自分の胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じる。
「胸に手を当てたまま目を閉じてください。そして、会いたい人を思い浮かべてください。きっとその人の温もりに会えるはずです」
樹はそう言うと目の前で手を組み、祈り始めた。
すると、どこからともなく優しい風が吹き上げる。
会場にいる人々の髪を撫で上げ、空からは雪のような小さな白い粉が舞い降りた。
ほんの数分後、樹はゆっくりと目を開け、口を開く。
「僕はこの力を持つ事で神になったわけではありません。なので、できる事には限界があります。ですが、美緒さんから与えられたこの力で、美緒さんが教えてくれたように、誰かの幸せの為に使います。今日のこの奇跡を、美緒さんをずっと忘れないでください」
そう言って頭を下げると、割れんばかりの拍手が送られる。
拍手の先には涙を流す人も、笑顔で満ちている人もいた。
それを見た樹は安堵して振り返ると、王子もまた涙を流していた。
きっと王子の思い浮かべる人は美緒だったのだと、樹は微笑む。
そして、レイの方に目をやれば、レイは自分の右肩に手を置き、目を閉じたまま涙を流していた。樹はそれに驚き、レイの元へ駆け寄り手を取ると、レイは目を開けながら樹に微笑む。
「私も美代子殿に会えた。美代子殿が微笑みながら私の肩を叩いてくれたのだ」
「レイの会いたい人はおばあちゃんだったんだね。大丈夫。おばあちゃんはいつでも僕達のそばにいるよ。レイ、僕が自由に話してくれるのを許してくれてありがとう。言葉を選んだつもりだったけど、大丈夫だったかな?」
「あぁ。配慮していた事は気付いていたが、樹らしい素晴らしい言葉だった」
「良かった・・」
樹は満面の笑みを浮かべながら、レイを抱きしめる。そして、レイも力強く抱きしめ返した。
式典が全て終わり、樹は急いでジュリアンナ達と合流する。
街はこのまま祭りモードになるが、王族と貴族達はパーティが開かれる。
樹とジュリアンナはその準備でパタパタと動き回っていた。
騎士宿舎はそんなに大きくは無いので、建物の庭に立食風に着飾った。
夜に庭でパーティなどした事がない貴族達はとても驚いてはいたが、所々に明かりを灯し、花を飾ったその幻想的な雰囲気に歓喜のため息を溢す。
これは樹の提案で、樹の世界のガーデンパーティを真似た。
夜に外出できない樹は、テレビで見る夜のガーデンパーティに憧れていたのを思い出し、それをそのまま真似たのだ。
幸い天気も晴れ、月明かりも雰囲気を助長させた。
樹はパーティが始まってから、皆の前で視力が弱い事を話し、明かりとメガネがあるので多少は歩き回れるが、つまずいたりする場合があり、迷惑かけるといけないのでパーティは欠席させてもらう事を伝えた。
テオに手を引かれ邸宅に向かう途中、すれ違う人達に話しかけれ、丁寧に言葉を返していくがもっと暗くなると危険だと付いてきた護衛に促され、早々と邸宅へと足を進めた。
それでも楽しそうに道ゆく人達を見ながら、その手元にかすみ草がある事に樹は心底嬉しくなり、邸宅に着くまでずっと微笑んでいた。
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