第73話 届く想い
元々ある中間街の外交宿舎の側に、式典の会場を設置した。
多くの人が集まれるように広い場所をと考えた結果だった。
式典台の真向かいには傘を広げ、貴族達の席を作り、平民達はその後ろに席を作った。十分な数の席を用意したにも関わらず、式典が始まる前にはすでに多くの人が詰めかけ、立ったまま今か今かと待ち侘びていた。
トラブルを避ける為、平民と貴族の間には護衛の線引きがあったが、1人でも多くの人が見れるようにレイが色々と配慮していた。
式典台の上では、それぞれの国の王が演説をし、その後は互いに書面へのサイン、そして握手を交わす。
その瞬間、大勢の観客が歓喜の声と拍手を送る。
少なくともここにいる誰もが望んだ瞬間だった。
そんな中、樹は席に座りながら目を閉じ、微笑んでいた。
そして、ゆっくりと目を開けると、隣にいたレイに耳打ちをする。
耳打ちをされたレイは、樹の言葉に頷き、優しく頬を撫でながら微笑む。
開門の式典が終わり、少しの間休憩を取ってから、追悼式が行われる。
樹はジュリアンナの元に走り、また耳打ちをすると、ジュリアンナも微笑みながら頷いた。
王子の挨拶で美緒の銅像にかけられた布が取り払われる。
王子は美緒の功績を述べ、追悼の言葉を並べた。
そして、樹の順番が回ってきた。
樹はもう一度、レイを見つめ何かを語りかけると、レイは大丈夫だと微笑み返す。
ゆっくりと席を立つと、演説台の方へ歩み寄る。
大勢の観衆の前に立ち、鼓動が激しく打ち鳴るが、ふわっと風が吹き樹の髪を撫でると、樹は微笑む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「皆さん、こんにちは。初めての方もいらっしゃいますが、僕は澤根 樹と言います。追悼の言葉を準備してきましたが、今日は僕の言葉でお話しようと思います。
まず、最初にこの場は追悼式と称してますが、僕は功績を讃える義だと思っています。何故なら、聖女様は遠い世界で今は幸せに生きているからです」
樹の言葉に周りがヒソヒソと話始める。
その事に樹は気後れをするが、視線の先にジュリアンナの姿を見つけ、ジュリアンナが微笑みながら頷くのを見て安堵する。そして、言葉を繋いだ。
「聖女様は崎本 美緒と言う名前があります。彼女は幼少の頃、両親からの酷い待遇に耐え生きてきました。後に孤児院に入りますが、その孤児院を出た後もとても辛く、悲しい毎日を過ごします。
その中で、彼女は心から愛せる人と出会いました。彼女はそのおかげで生きる希望を貰えたと話していました。彼女の辛い人生を救った、彼女が幸せになれた一時でもありました。そんな中、神の加護を受け、皆さんの元へやってきました。
愛する人と離れた日々は、とても悲しく辛かったと思います。
ですが、彼女は自分が辛い過去を持っているからこそ、見捨ててはいけない慈しむ人がいるのだと、全身全霊で力を注ぎました。
彼女はとても強くて、心優しい女性でした。
美緒さんを知っている人は、僕を見て不思議に思うでしょう。
見た目も名前もここの人達とは違うからです。そして、美緒さんと似ているからです。僕も、僕も導かれここへ来ました」
その言葉に辺りが静まる。
それでも樹は言葉を続ける。
「僕には父がいません。母は僕を愛してくれず放置しました。
そのせいで言葉も話せず、酷い栄養失調で目にも後遺症を残しました。足も時折引き攣る時があります。そんな僕を引き取って、ひたすらに愛し、慈しんでくれた祖母もすでに他界しました。
とても辛い毎日を送り、生きる自信を無くした時にここへ来ました。
ここには懐かしい友人がいました。
友人は僕を大切にしてくれ、僕の居場所を作ってくれました。僕に生きる勇気と愛情をくれました。その友人が今は僕の心から愛する人です。
僕の愛する人は友を作ってくれました。帰る家を作ってくれました。そして、母と父を作ってくれました。
皆、僕の大切な家族です。愛する家族達です。
そして、美緒さんも僕の大切な家族です。
美緒さんは僕に愛をくれました。僕を弟だといい、優しさをくれました。
そして、人は誰でも幸せになる権利があると教えてくれました。
僕に幸せになっていいのだと微笑んでくれました。
今日、美緒さんの銅像の足元にはたくさんのかすみ草が並べてあります。
彼女が好きだと言っていた花です。
かすみ草には「感謝」という意味もありますが、「幸福」という意味もあります。
ですから、みなさん、帰りにはぜひ、持ち帰ってください。
美緒さんはいつでも皆さんの幸せと笑顔を願っていたので、きっと喜んでくれます」
樹は銅像の周りに用意されたかすみ草を手で差しながら微笑む。
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