第65話 愛を知る

樹が邸宅に戻り、二週間が経った。

テオ達の懸命な介抱と、ジュリアンナが泊まり込みで世話をしてくれたおかげで、自分で立って歩くまで回復していた。

徐々に笑顔を取り戻す樹を見て、レイも安心して少しつづ勤務に戻って行った。

だが、時折、眠りについたかと思えば、突然起きては泣き出す樹を、レイも含め、皆が気に病んでいた。


樹が立って歩くまで回復したと聞き、街の住民達が変わるがわるお見舞いに訪れた。ジュリアンナもその頃には家に戻っていたが、毎日の様に訪れては樹の話相手になっていた。

時には施設の子供達を連れて訪れる事もあり、邸宅はいつも賑やかだった。

そんなある日、テオから庭に行こうと誘われ、樹は手を引かれ庭に出ると、引越しした日に植えた花達が一斉に咲き誇っていた。

辺り一面に咲き誇る花を見て、樹は涙する。

その花達は、美代子の好きな花達だった。そして、美緒と知り合ってから、美緒が好きだと言っていたかすみ草の花も一斉に咲いていた。

その花のそばに行き、花を優しく撫でると風が吹き、ゆらゆらと揺れる。


美緒にどうしてかすみ草が好きなのか尋ねた事があった。

すると美緒は顔を赤ながら、彼から初めてもらった花束がかすみ草だったと答えていた。警官になってさほど時が立っていない彼は、給料がそんなに多いわけではなかった。そんな彼がかすみ草だけをを束ねた花束を美緒にプレゼントし、付き合って欲しいと告白をしたそうだ。

それから、プロポーズをした際にも大きなかすみ草の花束をくれたとか。初めてもらった時から美緒はかすみ草が好きになったと嬉しそうに話してくれた。

その話を聞き、樹はすぐに庭にかすみ草を植えた。

この花が咲く頃に、開門の事案が少しでも進む事を願い、その時は美緒を邸宅に招待したいと思いながら一つ一つ大事に育てた。


花が揺れる度に美緒が、美代子が大丈夫だよと囁いているように見えた。

樹はしばらくの間、そこで涙を流し続けた。

僕も頑張るよ・・・そう心の中で2人に言葉を返しながら、ただただ花達を見つめ涙を流した。


その夜、テオから話を聞いたレイはすでに寝入っていた樹に寄り添うように、横たわる。そして優しく抱き寄せた。

「・・・レイ?」

「すまない。起こしたか?」

「大丈夫だよ。なんか暖かいなぁと思って目が覚めただけ」

樹はレイに抱きつきながら、レイの胸に顔を埋める。

「ねぇ、レイ」

「なんだ?」

「庭の花見た?」

「あぁ。見事な咲っぷりだった」

「ふふっ、そうだね。僕もびっくりした。でもね、その花達が揺れる度に、不思議なんだけど、おばあちゃんと美緒さんの声が聞こえたの」

「そうか・・・」

「僕にね、大丈夫だよって囁いてくれた。だから、僕も大丈夫だよって、頑張るねって答えた。ねぇ、レイ。僕ね、ここに戻ってきてから、邸宅のみんなやジュリアンナさん達、街のみんなに大事に思われてたんだなぁって気付いたんだ。

だから、いつまでも泣いてちゃダメだよね。僕が泣いてるとみんなが心配する。

おばあちゃんや美緒さんだって安心して眠れないよね。それに、僕が泣くとレイがいつも悲しそうな顔をする。僕はそれが一番辛い」

「樹・・・・」

「早く元気にならなきゃって思うんだけど、まだ、あの日の事が夢に出て来るの。それに、何故かおばあちゃんの最後の日まで夢に出てきちゃって、どうしても涙が止まらなくなるの」

「樹、悲しみを無理に閉じ込める必要はない。いつか時が経てば、悲しみは少しずつ笑顔へと変わる。それは忘れるという事ではない。楽しかった思い出が悲しみを包んでくれるんだ。そうすると、いつしか思い出すのは楽しかったことばかりになる。その思い出が胸に沢山積もって、笑顔を取り戻してくれるんだ。

だから、辛い事を我慢しなくていい。その時は、こうやって私が抱きしめる。

悲しみや辛さが少しでも和らぐように、私が側で抱きしめ続けるから、大丈夫だ」

「うん・・・レイ、僕を愛してくれてありがとう。僕もレイに何かあったらこうして抱きしめてあげるね」

「あぁ。その時は頼む」

樹は小さく微笑むと、顔を上げる。

「僕、みんなからも愛を分けてもらって、レイからも大きくてたくさんの愛をもらえて、本当に幸せだよ。レイ、大好きだよ。心からレイを愛してる」

樹はそう言うとそっとレイにキスをする。そして、またレイの胸に顔を埋めてポツリと呟いた。

「僕、早くレイと番になりたい。きっとそれが僕に勇気をくれる。だから、僕を早く番にして」

樹の言葉にレイはたまらくなり、強く抱き寄せ、樹に何度もキスをする。

それは次第に深く情愛を込めたキスになり、何度も何度も唇を重ねた。

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