第63話 愛する人の元へ

三日後、樹は目を覚ました。

側にはレイと引き返してきたカルド達がいた。その表情が美緒が亡くなったのは現実だと物語っていた。

樹はゆっくりと体を起こすと、美緒の体はどうなったのかと尋ねる。

レイは樹が目覚めるまで、棺に魔法をかけて眠らせていると告げた。

すると、樹はレイの手を払い、ゆっくりと立ち上がり、王様に会いたいと言葉を漏らす。そして、ふらふらと歩き始めた。

その後をレイが寄り添うように歩く。カルドとマルクもまた、静かに後を追う。

急な訪れに、王と王子も嫌な顔をせず、樹を招き入れた。

樹はその場で土下座をする。

その姿に皆は目を大きく見開く。レイが側で樹の背中を摩るが、樹は床に頭をつけたまま頑なにあげようとしなかった。そして、ゆっくりと口を開く。

「王様にお願いがあります」

樹のしっかりとした声に誰もが口を噤む。

「聖女様を・・美緒さんを元の世界に帰してあげてください」

「樹殿・・・しかし・・・」

樹の願いに王は戸惑ったように言葉を濁す。

「神殿にあった壁画の様に、この国に不思議な木があると思います。また、獣人の国にもその木がある事はご存知ですよね?」

その言葉に皆が口を閉ざし、静かに見守る。

「美緒さんはその木を入り口と出口と言ってました。入り口がこの国の木なら、出口・・・帰る木は獣人国の木になります。美緒さんを獣人国へ連れて行き、元の世界へ帰してあげたいのです」

「だが、それは確実な方法ではないのであろう?」

「いいえ。僕は確信しています。召喚とはいえ、あの木に誘われて来たのであれば、また木によって元の場所へ帰れます。だから、美緒さんを返してあげてください」

「・・・・・」

「美緒さんは、これまで一所懸命生きてきました。1人で孤独と痛みに耐えて生きてきたのです。そんな美緒さんが、生きる希望を与えてくれた愛する人がいると言っていました。いつか、その人の元へ帰りたいと切に願っていました。

ここでの聖女としての役目は終えたはずです。ですから、もう二度と目を覚ます事は無いですが、この地に美緒さんを眠らせるのでなく、彼の元へ帰してあげてください。彼もまた、美緒さんの帰りをどんな形であろうと待っているはずです」

「父上、私からもお願いします」

樹の言葉に後押しするように王子が言葉を乗せる。

「お前は・・それでいいのか?お前も聖女に想いを寄せていたのではないのか?」

「それは私だけの想いです。美緒殿からは返された事はありません。何よりここへ来た当初から美緒殿は愛する婚約者がいるのだと訴えてました。その気持ちは月日が経っても変わっていなかったのです。美緒殿の指に添えてあるリングがそれを物語っています。美緒殿は我が国に十分力を尽くしました。どうか、美緒殿を愛する者の元へ帰してやってください」

王子もまた王へ深々と頭を下げる。王はしばらく沈黙の後、カルドへと視線を向ける。

「カルド王、聖女をお願いできるか?」

「はい。必ず聖女を元の世界へ送り出します」

その言葉を聞いた樹は、鼻を啜りながら声を漏らす。

「王様、カルド王様、僕の願いを、美緒さんの願いを聞き入れてくださり、ありがとうございます。これで、聖女は安らかに眠れます。どうか、どうかよろしくお願いします」

そう言葉を漏らすと、また嗚咽を漏らしながら樹は泣き続けた。レイは樹の体を上げさせ、樹を抱きしめる。樹もレイにしがみつきながら泣き続けた。


翌日、聖女の訃報が国中に伝わり、安らかな眠りの為に獣人国に連れて行くと付け加えられた。棺を乗せた馬車が王宮の門を出ると、人々がサイドに列を作り、美緒の為に嘆き、安らかな眠りを願いながらその馬車を見守る。

前方にカルド達の馬車が歩き、後方には人間国からの護衛が続く。

その間には美緒の棺が乗った馬車を、王子が馬に乗り寄りそう。

樹もまた、レイと一緒に馬に乗り、寄り添った。

人々の列は人間国の門まで続き、中間街では樹を守り、中間街の危機を救ったとされた美緒を、街中の人が列を作り、見守った。

その中にテオとジュリアンナの姿もあったが、樹はただ美緒を見つめるだけでテオ達に気付かず、中間街を渡っていく。

樹のやつれた姿にテオとジュリアンナは涙していたが、レイがその姿を見つけ、小く頷くと、2人は頭を下げた。

そのまま獣人国へ入ると、美緒の功績に敬愛を込め、またレイの番を身を挺して守ったと称賛し、獣人国の民もまた列を作り、美緒を迎え入れた。


樹達は立ち入り禁止になっている木の場所へ向かうと、その木の下に美緒の棺を静かに下ろす。すでに準備をしていた神官とティアナが追悼の祈りを捧げる。

樹は冷たくなった美緒の頬撫で、手を撫でる。

そして静かに涙を流しながら、美緒へと言葉をかける。

「美緒さん、やっと帰れますね・・・美緒さんと彼には愛おしい糸が繋がっているから、その糸を辿っていけばきっと会えます。僕のおばあちゃんが、美緒さんを導いてくれるはずです。おばあちゃんならその糸を繋ぎ合わせてくれますから・・・美緒さん、形は違ってしまったけど、彼の元に帰って幸せになって・・・」

樹が言葉を添え終わると、ティアナ達が祈りとは違う言葉を唱え始める。

すると木から光が溢れ、美緒の棺を包み込み、光と共に姿を消した。

樹は見届けた後、その場で力尽きたように、また意識を失った。

レイはすかさず樹を抱き止め、抱き上げた。美緒を見送るまで気丈に振る舞っていた樹は、それからまた長い眠りについた。

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