第61話 叶わぬ想い
右も左もわからないまま樹は走り続けると、小さな灯りが見え、何人かの声が聞こえた。その声の中に美緒の声が混ざっているのが聞こえ、樹はその声を辿って走る。
灯りの中に人影を捉えると樹はやめろっと大声で叫ぶ。
男達が一斉に樹に視線を向けた事で、美緒は自分の手を掴んでいた男の脛を蹴り上げ、樹の元へ駆け寄る。
「どうして戻ってきたの!?」
樹の手を握って怒る美緒に樹は涙を流しながら、その手を強く握る。
「美緒さんは僕にとっても家族だ。家族なら一緒にいるべきでしょ?」
「樹くん・・・」
樹の言葉に美緒の怒りは消え、樹を抱きしめる。
「なんかわからんが、人質が戻ったぞ。さっさと掴まえてこの場を離れるぞ」
1人の男の声に数人が動き出す。
「おい、待て。このまま、こいつらを殺ろう。連れて行っても意味がない」
その言葉に美緒はすぐに樹を背に隠す。
「いいのか?」
「あぁ。どうも気にかかるんだ。あの行列が・・・もしかすると罠かもしれん。もし罠であれば、こいつらを連れて行っても意味がないという事だ。逆に足手纏いになる。どの道、火は放つんだ。罠だとしたら見せしめにすればいい」
「それもそうだな・・・こいつらの命と、中間街の命を持ってすれば、俺達の意思がどれだけ本気か伝わるだろうからな」
そう言って男は腰に据えた剣を取り出す。樹と美緒は後退りをしながら男達を睨み続ける。その時、茂みからガサガサと音がして、男達の視線が外れたのを見計らい、美緒が樹の手を引いて走り出す。
樹もその手をしっかりと握り、美緒の後を追って走り出した。
後ろから大勢の声が聞こえるが、美緒と樹は振り向きもせずひたすら走った。
声が遠のいた頃、美緒が足を止める。
「樹くん、もしかしたら助けが来たのかもしれない。ここで隠れてましょう」
「はい・・・。僕、ここに戻りながら、血を垂らしてきたので獣人の騎士達がそれに気づいたのかもしれません」
「怪我をしたの!?」
美緒は慌てて樹の体を調べ始めると、手元が濡れているのに気付き、樹の両手に視線を落とす。
「あぁ・・・なんてバカな事を・・・痛かったでしょ?」
美緒はそういうと、樹の手に自分の手をかざし、小さな光を注ぐ。
すると、広がっていた傷口が閉じていくのがわかった。
樹はお礼を言おうと美緒に視線を向けた途端、後ろの黒い影に気付き、美緒の名前を叫ぶ。美緒はすぐに樹を庇うように抱きしめると、一瞬キラリと光った物が美緒の背後に降りた。
「ぐぅ・・・」
美緒から漏れる声に、その光ったものが何かを悟る。
樹は震える声で美緒の名を呼ぶが美緒からは熱い息が溢れるだけだった。
そして、その光った物がまた自分達に向けて振りかざされるのを見て、樹は美緒を抱きしめながら叫ぶ。
「やめてーっ!!」
樹が声をあげた瞬間、辺りに光を放なたれる。その光に男がうめき声をあげて倒れた。次第にあかりが消え始めた頃、遠くから数人の足音が聞こえる。
「樹!いるのか!?」
その声に樹は大粒の涙を流しながら、名前を呼ぶ。
「レイっ!レイっ!」
その声を聞いたレイが一目散に樹の元へ駆け寄る。レイの姿が近くに迫るにつれて樹は、嗚咽を漏らしながらレイの名を呼び続けた。
「レイ・・・レイ・・・美緒さんを助けて・・・お願い、美緒さんが怪我をしたの・・・美緒さんを助けて・・・」
泣きじゃくる樹の姿に、レイは樹が抱えていた美緒へと視線を向ける。
「おいっ!ここだっ!聖女が怪我をした!急いで運ぶぞ!」
レイの声に数人が駆け寄り、美緒に応急処理をすると美緒を担ぎ、城へと急ぐ。
握りしめていた美緒の手がするりと樹の手を抜けると、樹は首を振りながら嗚咽を漏らす。
「僕も・・・僕も行く・・美緒さんのそばにいる・・・」
樹の泣き叫ぶ姿に、レイは顔を歪め、樹を強く抱きしめる。
「樹、私が連れていく。美緒殿のそばに連れて行く。きっと大丈夫だ」
「レイ・・・レイ・・・僕、美緒さんの側に行きたい」
「あぁ・・すぐに連れてってやる」
レイは樹を抱き抱えると急いで後を追う。樹はレイにしがみつきながら体を震わせる。
「レイ・・・美緒さん・・僕を庇って怪我をしたの・・・レイ・・・僕、怖い・・・」
そう言って泣き続ける樹の肩を強く握りしめながら、レイは大丈夫だと樹に言い聞かせて走り続けた。
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