第60話 叶わぬ想い
はぁ、はぁと暗い森の中2人の息遣いだけが響く。
美緒が言っていたように、今の場所が把握できているかの様に樹の手を引いて、迷う事なく美緒は走る。その手をしっかり掴み、樹も懸命に走る。
大きな岩場に辿り着き、美緒が少し休もうと樹に声をかけると樹も頷く。
岩場の側で2人は腰を下ろし、上がる息を整える。
「もうすぐのはずよ。走る前より気配を感じるの。ただ、このまま突き抜けてどの場所に出るのかがわからない。獣人国の人達が国を出ていくのを確かめると言ってた、あいつらに鉢合わせしない事を願うわ」
「そうですね・・・上手く連れ去られた塀の穴に辿り着くといいんですが・・・」
2人がヒソヒソと話をしていると、ガサガサと音が聞こえて岩場に身を隠す。
「何か、怪しくないか?」
「そうだな・・・今まで遠征に行っても、雨の日以外フードを被った事がない。それに王や王子の姿は確認できたが、レイ様の姿が確認できなかった」
「番がいなくなって、ショックでフード被ってるのか?」
「それもあり得るが、何かが引っ掛かる」
3、4人くらいの足音と話し声に美緒と樹はより一層身を屈める。
話の内容からその男達が獣人だと気付いたからだ。
暗闇でも姿を捉える事ができる上に、樹達の匂いに気付かれるかもしれないという不安が2人の中に湧き上がる。
「おい、なんであいつらここにいるんだ?」
1人の男の声に樹達も耳を澄ますと、美緒がまずいわと小さな声を漏らす。
「おい!聖女達を見かけなかったか?」
「何?逃したのか!?」
「すまない。何かのガラスの破片を持っていたみたいだ。縄を切って小窓から逃げた」
「馬鹿野郎!何をやっているんだ!」
「おい、まずいのではないか?もし、聖女達が国に入れば、作戦が水の泡だ」
「待て。レイ様の番は目が不自由で暗闇はまともに歩けないと聞いている。ならば、まだ、この辺にいるはずだ。目が悪い番を連れて早くは走れないはずだからな」
その声に樹は鼓動が早くなる。
どうしよう・・・このままでは美緒さんも捕まる・・・
そんな不安が樹の中を駆け巡る。
「美緒さん、僕を置いて逃げてください」
「ダメよっ」
「僕はここで隠れています。だから、美緒さんだけでも逃げて。僕を連れては逃げ切れない。美緒さんだけでも逃げてくれないと、中間街の人達が大勢死ぬ事になります。僕は中間街の人達が好きなんです。どうか、みんなを助けてください」
樹は懇願するように美緒を見つめる。美緒は戸惑いながらも考えを巡らせる。
「樹くん、私が囮になる」
「ダメです。僕1人では逃げきれません」
「いいえ、できるわ。いい?この向き、この向きに真っ直ぐ走るのよ」
美緒はそう言いながら、樹の体の向きを整える。
「そんなに遠く無いはず。この向きを忘れずにひたすら走るの」
「イヤです・・・1人ではいきません。それなら、2人で走りましょう」
涙声で美緒に訴えるも、美緒は首を横に振る。
「さっきレイ様の姿が見えなかったって言ってたわ。きっと何か作戦を立てて樹くんを探しているはず。獣人は匂いに敏感でしょ?私が1人で逃げるより、樹くんの匂いならレイ様が見つけやすいわ」
「でも・・・でも・・・」
「しっかりして。樹くんには待っている人がいるでしょ?私にもそうよ。私は諦めないから、樹くんも諦めないで」
美緒の言葉に涙を流しながら樹は頷く。それを見て美緒は優しく微笑み、樹を抱きしめる。
「樹くんは私の可愛い弟よ。私のたった1人の家族なの。だから、無事にレイ様の元に戻るのよ」
樹は美緒の腕の中で何度も頷きながら、美緒さんも無事でいてねと呟く。
そして意を決して、美緒は飛び出していく。樹も教えられた方角へと走り出す。
互いに互いの無事を願ってひたすらに走る。
美緒の思惑通り、その音に気付いた男達が美緒の方へと走り出す。
その音を遠くに聞きながら、樹はグズグズと鼻を啜りながら走る。
途中でつまづいて転んでもすぐに立ち上げりひたすら走り続けた。
すると遠くの方で、美緒の声が聞こえる。その声に樹は足を止め、暗闇に視線を向ける。美緒が捕まったかもしれないと言う恐怖が樹の足を止め続けた。
そして、樹は急いでメガネを外して体を返し、元来た方角へと走り出した。
その手にはメガネの破片に指を食い込ませ、レイに気付いて欲しいと願いながら血を滴らせ、美緒の元へ走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます