第59話 暗闇の中へ

「樹くん、そのメガネ、直せるのよね?」

美緒の問いかけに、きょとんとしながら樹は頷く。

すると美緒は樹に背中を向け、膝を立てメガネに手を掛けると、割れ目が入っている方のレンズに手をかけ、パリンッと割る。

そして、元の体制に戻ると何やら後ろをモゾモゾと動かし始める。

その動きを見ながら樹はレンズの破片で縄を切るつもりだと悟ると、美緒の動きを隠すように少し前へ身を乗り出す。

「もう少しよ・・・」

そう呟いた時、部屋のドアが開かれ、美緒は慌てて動きを止め、手のひらに破片を隠す。

数人の男達がドカドカと入ってくると、1人の男が樹と美緒に向かって言葉をかける。

「王達は要求を呑んだ。夜に獣人国の奴らは国に帰る。それを見届けて人間国の門を閉ざした後、お前達を解放する。まぁ、俺達も顔が割れているだろうから、森に捨てて逃げるだけだがな。もし、約束が反故される事があれば、中間街を火の海にすると言付けろ。すでにその準備も出来ているとな。それがお前達を生かす理由だ」

男はそう告げると、ヒソヒソと話を始め、1人だけを残し、部屋を出ていった。

「あなた達は約束の反故関係なく、火を付けるつもりなのね・・・」

「どうしてそう思う?」

「あなた達から出るオーラが良くないからよ」

「さすが聖女様だ。お前達が森に捨てられ、城へ帰る頃には事が終わっているはずだ。どちらにせよ、間に合わない」

「どうしてそんな事を・・・中間街にはあなたと同じ人間もいるし、仲間である獣人側の人もいるのに・・・」

「関係ない。あそこに住んでいる奴らは、どちらの国も捨てた奴らばかりだ。そんな奴らが互いの国の規律を守る為に犠牲になるのであれば、こんな光栄な事はないだろう?」

「そんな・・・」

男の答えに樹は言葉を無くす。

「天罰が下るわよ。神でもないあなた達が、正義を振り翳し、安易に人の命を奪っていいはずがない」

美緒から出る怒りの声に、樹も男を睨むが、男は肩をすくめて笑う。

「これが正解なんだ。いつの時代にも物事を正すには犠牲が必要だろ?神だってそれを望んでいる」

「それは違うわ。神は互いの国が手を取る事を望んでいる。聖女である私が一番それを理解しているわ」

「お前は所詮、別の場所から来た人間だ。我々の国での歴史や悲しみを知るわけがない。そんなお前が、いくら聖女と崇められていても正解ではない」

「そうね、都合が悪い時に勝手に呼び出して、都合が良くなれば悪者扱い。私だって聖女なんてやりたくないわよ。でもね、この国の民達の事は誰よりも慈しんでる。あんたみたいな人間がいても、この国の平和を願っているの。だからこそ、捨てていい犠牲なんてあり得ない」

美緒の言葉を男は鼻で笑い、部屋のドアノブに手をかける。

そして、美緒と樹に視線を向けるとニタニタと笑いながら言葉を投げかける。

「どちらにせよ、もう日は落ちた。あと数時間もすれば全て終わる」

その言葉だけを残すと男は部屋を出て行った。

遠のく足音が消えた時、美緒が樹に耳打ちをする。

「樹くん、私を隠して」

その声に振り向くと、いつの間にか縄を解ききった美緒が、樹の縄に手をかける。樹は頷くと美緒を隠すように身を乗り出す。

「樹くん、メガネをかければ足元はぼんやりと見えるのよね?」

「はい・・・」

「いい?このまま森に捨てられるまで待つつもりだったけど、あいつらは必ず火をつける。それまでにここを出て、王宮の人達に伝えなくてはいけないの。外は暗いだろうけど、私がしっかり手を繋いでサポートするから、足元ではなく私が握った手だけを見て、私を信じて走ってちょうだい」

「わかりました」

樹は小さな声で返事をすると、美緒が縄を解くのをじっと待つ。

その間にどこかから抜け出せないかと辺りを見渡す。

「解けたわ」

美緒の声と同時に手が自由になる感覚がする。樹は腕を摩りながら美緒にあそこ・・と声をかける。

視線の先には、積み上げられた箱の上に小窓があるのが見える。美緒は頷くと樹の手を取り、その箱を登っていく。

静かにその窓を開けると、クスリっと小さく笑った。

「私達、ここの人達より小柄で良かったわ」

美緒の言葉に樹も小さく笑う。それから美緒が先に窓から出ると、樹を誘導しながらゆっくりと窓から下ろす。

辺りに誰もいない事を確かめてから、美緒はまたしっかりと樹の手を握る。

「何となく向かう場所はわかるの。神殿の気配がわかるから。だから、しっかりと私の手を握って走るのよ?」

「はい。絶対に手を離しません。美緒さん・・・」

「何?」

「必ず2人で帰りましょう」

「えぇ。目の前に希望があるんだもの。私は諦めないわ」

美緒はそう言って微笑むと、樹の手をぎゅっと握り、走り出した。

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