第56話 誘導
四日目の朝、最後の会議ではほぼ話がまとまり、正式に互いの門を開門する日取りが決まった。
その開門式を中間街で行う事になり、互いの国から中間街へ人を送り準備をする事に手筈が決まり、それを取り仕切るのがレイと樹に託された。
その際に互いに書類にサインをし、まずは中間街の門が取り外される。
早めに話がまとまったのは、反対勢を強引に押し切り、重圧する狙いもあった。
サインを交わして仕舞えば、もし、互いの国で何かあった場合、その国の兵士達が制圧できるからだ。
今までは捕える事ができても処罰できる事は出来ず、ましてや剣を交えたとしても殺める事は出来ない。
それに加え、相手の国へ引き渡す手順などをに時間や人手を要していたが、これからはその国で処罰する事ができる。
その処罰についても互いに取り決めをし、罪の重さによっては処刑も辞さないと話を決めた。
昼食を終えた後、帰還の準備をする予定だったが、管理職の貴族の1人から帰還前に一度育った孤児院を訪ねてはどうかと提案される。
ジュリアンナは国でも有名なほどボランティアに力を入れていて、あの孤児院をとても気にかけていたので、まだ十分な力を注げていないが、様変わりした孤児院を訪れて、その様子をジュリアンナに伝えて欲しいと言ってきた。
急な申し出にカルド達も眉を顰めるが、樹はここで何か疑われてはいけないと思い、その提案を受ける事にした。
第一王子と美緒、そしてレイと樹で護衛を数人連れ孤児院を訪れる。
そこは、人間国の門と近い場所にあるこじんまりとした施設だった。
綺麗な造りに反して、施設の子供達はどこか元気の無い様子だった。
美緒の話では半数は貧困で育ち、両親を亡くしてこの施設に来た者が多く、その中には貧困が故に親に売られた子がひどい虐待を受け、逃げてきた者もいるそうだ。
美緒はその子達を王へ報告し、施設に関わる人間以外の立ち入りを禁止していた。
逃げてきた子供達を守る為の処置だった。
きっと美緒が受けた経験が、その処置を取ったのだと樹は悟る。
貧困の地域なのもあって静かな場所ではあるが、守られているという安心感は子供達の傷を癒す事ができるだろう。
ただ、不遇な子供に加え、貧困が故、子供を置いていく人間が増えた。その結果、金銭的に余裕がないのが現状だ。
安心できる場所があっても、お腹を空かせる環境は心を蝕むと美緒は言葉を溢す。
そして、訪問の際はいつも持っていくと言うパンや果実を馬車から下ろすと、集まってきた子供達に配る。その匂いに釣られ、近隣からも集まってくるが、美緒は慣れた仕草でパンを配る。
樹もそれを手伝いながら、子供達と会話を交わす。
そして、食事を終えた後、樹は子供達とボール遊びを始めた。
子供の1人がボールを強く蹴りすぎ、転がったボールを追いかけて施設の脇に樹は走る。やっと追いついたボールを手に取り、戻ろうとした時、塀に不自然な膨らみを見つけ、それを凝視する。
しばらく見つめていると、空になった小箱を持ってやってきた美緒に声をかけられた。
「美緒さん、これは何でしょうか?」
樹の問いに、美緒も近寄り覗き見る。そして、膨らんでいる草を樹が退けると、塀に大きな穴を見つけ、美緒はすぐさま樹に大きな声を上げる。
「樹くん、すぐに離れてっ!」
「え・・・?」
樹が不思議に思い、美緒の方へ振り向くと後ろから手が伸び出来て、口を塞がれる。美緒の後ろにも人影が見え、口を塞がれた。
樹はとっさに塀に指を擦り付け、血を滲ませた。
美緒が上げた声と、血の匂いでレイが駆けつけてくれると判断したからだ。
先に項垂れた美緒を穴の中へと引きづり込み、その後に樹が引きづられる。
睡眠剤が使われているのか、意識が朦朧とする。
「樹っ!」
遠のく意識の中、レイの声が聞こえる。そして目の前に煙のような物が立ち込めると、微かに見えていたレイの姿が目の前から消えた。
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