第55話 女の戦場
三日目の朝、レイ達は会議へと向かう。
そのまま昼食を一緒に取り、少しの休憩の後、また会議となる為、樹は1人部屋に篭っていた。
午後からは美緒に言われた通り、王妃とのティーパーティに参加しなければならない。樹は部屋の中で、ジュリアンナに教わった事を思い出し、1人で練習をする。
ジュリアンナが持たせた注意書きのメモも、何度も読み返す。
そこには、ジュリアンナが知る王妃や皇妃の情報も記されていた。
あくまでも社交場で会った時の情報で、古い物だから参考にするだけにして、相手の発する言葉をよく聞き、理解するのだとジュリアンナは繰り返し言っていた。
そして、思い出せる限りの貴族令嬢達の情報も記されていた。
皇族を支える名家紋、そこから王宮の集まりに参加するであろう令嬢達、王妃が目にかけている貴族令嬢などがぎっしりと記されていた。
これをもらってから、樹は何度も何度も読み返していた。
そのおかげかほぼ完璧に覚えてはいたが、いざ、この情報を使う状況になった今、不安でたまらなかった。
ジュリアンナが言っていた社交場は戦場、ラルフが言っていた女性の戦場、その言葉がずっと頭の中で繰り返される。ここでミスは許されない。
獣人国を代表する妃として参加するのだ。
その思いが樹をいつになく追い詰めていた。
「樹様、この度は人間国へのご訪問、改めて歓迎申し上げます。そして、このパーティーへの参加を受けて頂き、感謝します」
王妃が笑顔で樹に挨拶をする。樹も手を胸にあて、丁寧に挨拶を返す。
「こちらこそ、盛大な歓迎をして頂き、心より感謝申し上げます。国の太陽であらせられる王と王妃様に会えて、とても光栄に思っています」
樹から出る言葉に周りに貴族達がヒソヒソと声を漏らすが、樹は怯む事なく堂々とした態度を見せる。
席に案内され、隣に美緒がいる事で、樹は安堵の笑みを溢すが、腰を下ろした瞬間、貴族達から向けられる視線に自然と顔が強張る。
「樹様はとても可愛らしい顔をなさっているのね。こうして聖女様と並ぶと美女姉妹に見えますわ」
王妃の隣に座っていた皇妃が笑みを浮かべながら、話しかけてくる。
「ありがとうございます。僕も不思議なんですが、聖女様とは何かしら縁を感じておりまして、聖女様とも親しくさせてもらっています」
なるべく動じない姿勢を見せながら、樹も笑顔で答える。
その後も他の貴族から色んな質問が飛び交うが、樹は一つ一つ耳を傾け、丁寧に答えを返す。
「それにしても・・・獣人と言ってもほぼ人間と変わらないのですね。以前は対立があったといえど、この国では獣人を見る機会がなかったので驚きました」
「えぇ。僕は中間街で住んでいたので、それほど驚きはなかったのですが、獣人国の人達もさほど人間と変わりません。耳と尾っぽがあるだけで、人柄も温厚で明るい方ばかりです」
「そうなんですの?荒々しい方ばかりと聞いておりましたわ」
「それは恐らく戦争での誤解だと思います。少なくても僕が知り合った獣人は皆、心優しく情に溢れています」
「そうなんでしょうね。樹様が妃になるくらいですから・・・」
その言葉に樹は戸惑う。その言葉には色んな意味が含まれているとわかるからだ。
決していい意味では無い。少し俯いた樹の手を美緒が優しく握る。
「獣人国では番と言う物があり、それは容姿や身分、性別関係なく魂との繋がりがある伴侶の事を言うそうです。そして、一度番になると脇目も降らず、互いを愛し慈しむそうです。私はそんな関係を羨ましく思いますわ」
美緒は助け舟を出すように言葉に出す。
「それに、これから獣人国と人間国は共に手を取ろうとしています。私にはそれが元の在り方だと確信しています。ですので、今のお言葉は懸命にそれを成し遂げよとしている互いの国の王族への冒涜になりますので、お気をつけ下さいね」
そう言い終わると、美緒は貴族達に皮肉めいた笑顔を向ける。
樹は美緒の手を握り返し、また顔をしっかりと上げた。
「僕はレイ殿下から多大なる愛を受けています。それは僕の誇りであり、僕も殿下の想いを心から嬉しく思っています。至らない点はこれから努力をしていくつもりです。これからは人間国とも良い関係を築く為に、獣人国の王家の者として努力をしていきますので、よろしくお願いします」
樹が深々と頭を下げると、周りの貴族達はすっかり口を閉ざした。
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