第45話 帰還と思わぬ事案

5日後、無事に獣人国から帰還した美緒達は早急に自国へ戻らないといけない案件があると告げ、2時間ほど会議と休憩をした後、すぐに人間国へ出発した。

会議の間、美緒と話ができる機会を得た樹は、治療経過を見るという名目で別室へ入り、時間がないから集中したいと伝え、2人きりになる許可を貰う。


「レイ様から話は聞いたと思うけど、思ったより事が深刻なの。反対勢が何故か人間国の反対勢と手を組んだらしいの。その事で互いの国の体制が厳重になるわ。

恐らくここの体制も・・・そんな中で獣人国の訪問があるから、みな神経がピリピリしているの」

美緒の表情と言葉からもその深刻さは樹へと伝わる。それから少し言いにくそうに言葉を繋ぐ。

「樹くん・・・これはね、私も知らなかった事なんだけど、獣人国の訪問にレイ様と樹くんが来る事を要請したらしいの」

「えっ・・・・?」

「レイ様に聞いたと思うけど、人間国は樹くんにとても興味を示しているの。だから、もし来る事が決まったらレイ様から絶対離れてはダメよ。何か話合いと称して呼ばれても、必ずレイ様を同席する事を条件に出してね。人間国はその事に反論は出来ないわ。一応、レイ様は獣人国の王族でもあるからね。出来るだけ私が目をかけるけど、前にも話した通り私は向こうでは自由が効くわけではないの。だから、絶対1人にならないで。いい?」

美緒に力強く言葉を押され、樹は不安な表情を浮かべたまま何度も頷く。

それから、今度は樹から美緒に尋ねる。

「美緒さん、王様とは話は出来ましたか?」

その問いに、固くなっていた表情が和らぐ。

「えぇ。2人きりではなかったけど、言葉の端々に返事をくれたわ。結論を言えば、方法はあると。ただ、安易では無いから待って欲しいと・・・嬉しかったわ。その夜、嬉しくて泣いたくらいよ。

会議でもね、この議案が上手くいけば友好国として、何かあれば獣人国も力を貸す事を約束してくれて、その際に獣人国には聖女が存在しないから、時折訪問しては教会の者に教えを施してほしいと言われてたの。つまり、私を呼んで色々話をする機会を作ってくれたって事よ。これがチャンスに繋がる事になるの。それがどれほど嬉しかったか、わかる?」

目に見えて喜ぶ姿に、樹も満面の笑みを浮かべる。

「良かった・・・本当に良かった・・・」

樹がそう呟くと、美緒は樹を優しく抱きしめる。

「この案件が決まるまでは、お互いに気を引き締めて過ごさないといけないわ。私も樹くんも今まで辛い思いをしてきた。だから、幸せになる事を絶対諦めないで。私も諦めない」

美緒の力強い言葉に樹は涙声に約束しますと返した。


美緒達が人間国へと帰還した後、中間街は慌ただしくなる。

美緒が話してくれた様に、警備体制を厳重にする為だ。

樹達への危害の懸念も含め、互いに仲良く暮らしている中間街の住民への危害も懸念されたからだ。

すぐに人間国からも派遣されるが、獣人国からも警備の為、兵が増員された。

街の住人にも夜の外出を控えさせ、日中でも1人での外出は控える様にと通達される。特に街外れにあるジュリアンナと孤児院へは、標的にされやすいのもあり、警備隊が数人配置される事になった。

身寄りの無い子供達は格好の餌食だ。一度拉致されてここに来た子供達を、また危険に晒す事はあってはならないと、レイもそこには力を入れた。

重々しい雰囲気を醸し出す街を見ながら、樹も不安を隠せずにいた。

だが、こういう時だからこそ警備隊長の番として、王様に託された中間街での役目を果たすべきだと、テオや邸宅の使用人を連れて街を徘徊しながら住民を元気付けた。

なるべく明るく振る舞い、すれ違う人達に声をかけ、いつもの日常を演じた。

樹の普段通りの振る舞いと、屈託のない明るい笑顔に、最初は緊張した面持ちをしていた住民も少しずつ笑顔を取り戻す。

ここに住んでいる者達は、この案件が通る事を心から願っている。

それを知っている樹は、住民の気持ちが恐怖で揺るがないようにと笑顔を絶やす事なく、気丈に振る舞った。

レイやテオ達はそんな樹を心配していたが、樹はみんなが返してくれる笑顔が力になってるから大丈夫だと答えた。その力が自分を強くしてくれるとも・・・。

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