第41話 疑惑
晩餐が終わってから美緒がレイと少し話がしたいと、集団より少し離れた所へ2人で移動していた。
樹は例の件でお礼を述べているのだろうと、和かな気持ちでレイを待っていた。
「樹殿」
不意に名前を呼ばれ振り返ると、モナカ王子が立っていた。樹は軽くお辞儀をする。
「君はフローレス卿の養子と聞いているが合っているかな?」
一瞬聞き覚えの無い名前に言葉を詰まらせるが、すぐにジュリアンナの事だと気付き、そうですと返事を返す。
ジュリアンナとラルフは、中間街へ移り住む時に貴族としての名を捨てたと聞いていた。(フローレス)は2人の苗字だ。
「そうか・・・実はな、人間国を出る時は書類を提出する事になっているが、君の名を見た覚えがなくてな」
王子の言葉にギクリとするが、樹は事前に打ち合わせしていた通りの答えを口に出す。
「僕は孤児同然に育ちました。人間国では孤児は名前すら登録されない事は少なくありません。ジュリアンナさんは人間国にいた時からボランティアで孤児の面倒を見ていました。その時にとてもお世話になって、僕が目が悪い事を知って引き取ってくださったんです」
獣人街とは少し違う答えだが、カルドが事前に想定していた人間国への回答だった。その答えに少し腑に落ちないような顔をするが、樹の全身を隈なく見つめると笑みを溢す。
「君は聖女によく似ている。顔がと言うよりその黒髪と黒目、そして年齢よりは幼く見える容姿、どれも人間国では見れない容姿だ。それに、聖女は綺麗だが、君は可愛らしいな」
王子の言葉に内心、心臓が飛び出しそうなくらい鼓動が早くなるが、バレてはいけないという気持ちから顔に出すまいと愛想笑いを浮かべる。
「聖女様と似ているとは光栄です。僕が幼いのはただ単に幼少の頃、栄養が足りて無いからでしょう。栄養が足りてたら、きっともっと大男になれたと思います。それに、きっと稀に見ないこの色のせいで僕は孤児になったのかもしれません」
声が震えるのをグッと堪えながら話を終えると、王子はふふっと笑う。
「大男か・・・君は孤児であった事を悲しんでいないのか?」
「それは・・・もう気にしていません。悲しいより沢山の愛情を貰いましたし、今は大切な人に出会えましたから」
ふむっと声を漏らし王子は腕を組む。樹は心の中でレイの名前を何度も呼ぶ。
嘘に慣れていない樹には、これ以上の対応が難しかったからだ。もし、バレたらみんなに迷惑がかかる・・・・その事が樹の頭の中を駆け巡り、背中に汗が滴る。
その声が届いたのか、レイと美緒が戻ってくる。
樹は2人の姿を見て安堵の笑みを溢す。それに気付いたのかレイが王子に話しかける。
「王子、もうすっかり暗くなりましたので、これで失礼してもよろしいでしょうか?明日は早いので、王子も聖女様も早く休んで下さい」
レイの言葉に美緒が王子に微笑む。王子は不服そうな顔で言葉を返す。
「2人して何を話していたのだ?」
「樹様の治療についてです。私がいればもう少し早く改善が見られるのですが、そうもいかないのでレイ様に今後の治療の話をしておりました。樹様には治療の際に話したのですが、一応伴侶であるレイ様にも伝えておかないと、人間と獣人との治療の方法は異なりますので・・・」
美緒の華麗な言葉返しに樹は感嘆しながら、ありがとうございますとお礼を言う。
「そうか。では、馬車を出すか?」
「いえ、邸宅はさほど遠くはありませんし、今日は月も綺麗ですので散歩しながら帰ります」
レイはそう言うと樹に腕を差し出す。樹はその腕に手を絡め、レイに微笑むとレイも微笑み返す。
「本当に仲が良いな。同性とは思えん」
「ご存知の通り獣人にとって番に性別は関係ありません。互いに愛し合い、心から慈しむ気持ちがあればいいのです。それが獣人の番です」
「そうか・・・私も早くそういった伴侶を見つけないといけないな」
王子は微笑みなら答える。
「樹様」
「テオ!迎えに来てくれたの?」
「はい。ご主人様が一緒なので心配はいらないかと思ったのですが、夜もだいぶ更けて夜道が暗いですので、念の為、灯りを持って来ました」
テオはそう言うと両手に持つランプを差し出す。樹はありがとうと呟くと、レイの腕を小さくクイっと引っ張る。レイは頷き、王子と美緒に頭を下げる。
「王子、使用人も迎えに来ましたので、これで失礼します。明日、早朝にはこちらに来ますので、それまでゆっくりとお休みください」
レイはそう言うと、樹が絡ませた手をにぎりゆっくりと歩き始めた。
三人の後ろ姿を見つめながら王子がぽつりと呟く。
「少し過保護すぎるな」
王子の呟きに美緒は微笑み答える。
「樹様はとても心優しく愛らしい方です。幸せになって欲しいと心から願うばかりです」
美緒はそう言いながら、仲睦まじく歩くレイと樹の姿を微笑ましく見つめていた。
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