第39話 中間街での生活

「樹様、今日は診察日かい?」

市場の果物屋のおばさんが樹に声をかけると、樹が笑顔で答える。

「ううん。今日は買い物しに来たの」

「それなら、さっき魚屋でいい魚が獲れたって騒いでいたよ」

「本当!?ジェフ、行ってみよう!」

樹は振り返りながら、後ろを歩いていた犬獣人のジェフに声をかける。

「そうですね。今日は魚料理にしましょうか」

ジェフは笑顔で答え、魚屋の方へと体を切り返す。樹は果物屋のおばさんにお礼を言い、テオの手を引っ張りながら早くと声をかける。


中間街へ来て、半年が経とうとしていた。

初めは王族が来る事に期待半分、懸念半分の住民だったが、レイが来てからは警備体制が整い平穏な日々になった事に安堵し、また樹の人柄に住民達はすっかり心を許し、2人を心から信頼し受け入れていた。

レイは忙しく仕事をこなし、時には一隊員として夜勤の見回りなどにも積極的に参加していたが、樹との時間も大事にしていた。

その事が樹の支えとなり、樹もまたレイの為にと積極的に住民達と交流をしていた。

一ヶ月経った頃には、週に一度はジュリアンナの所へ行き、孤児院の手伝いをするようにもなった。

それと言うのも、元々会いに行く予定ではあったが、レイが何度か盗賊を捕らえてから、その時に拉致されていた人や獣人達の世話に追われ、身元がわかりそれぞれの国に戻れる者は帰し、そうで無い者には中間街での住まいなどを手配していた。

その中で、どうしても増えてしまうのが身寄りのない子供達だった。

どこから来たのかすらもわからない子供達を、ジュリアンナに預ける為尋ねたが、手が回らないのが現状だ。

手助けをしてくれる人を募り、樹もまた一緒に世話をする事を買って出た。

レイは初めは心配していたが、ジュリアンナの元から帰ると楽しそうに話す樹の姿を見て、無理をしない事を条件に通う事を許している。

それから月一で、診療所にも通い目の治療を続けていた。

美緒の力に比べると治癒力は弱いものの、少しずつではあるが暗闇が薄れてきている事を樹は実感していた。


「ねぇ、ジェフ。僕にも魚料理を教えてくれる?」

「構いませんが、何か作りたい物があるんですか?」

樹の問いに不思議そうな顔でジェフが答えると、樹はニコっと笑う。

「ううん。今度、レオと魚釣りに行こうと思って。街外れの川に大きな魚がいるんだって。それを釣って、施設のみんなにご馳走してあげたいんだ」

「そうでしたか。それでしたら、私も一緒にお手伝いします」

「本当!?じゃあ、テオとレイとジェフ、4人で行こう。あっ、他の人も行くかな?」

樹は少し悩んだ表情で考え込む。その様子をテオとジェフが微笑みながら見つめる。

ジェフは元々邸宅の料理人だった。主がいないキッチンに居ても腕が腐るだけだと中間街へついて来てくれた。

他についてきてくれる人がいなかったが、元々邸宅で樹は手伝いをしていたし、以前は美代子の為に、料理をしていたから問題なく過ごせている。

逆に人数が少ない分、邸宅にいた時よりも使用人達との距離は身直に感じていた。樹はそれが嬉しかった。

いきなり邸宅に現れた人間、移住する事でこれからは主であるレイと同様に、人間を主として仕えないといけない事が、使用人達にとって不満では無いかと密かに思っていたからだ。

邸宅の使用人達は、本当にレイの事を敬愛し忠誠を尽くしてくれていたが、樹の事をどう思っているのかテオにすら聞けずにいた。だからこそ、移住が決まってからは積極的に関わりを持つようにしてきたのが実ったようで、樹は嬉しくてたまらなかった。

今までは頑張ってもなかなか上手く行かない事が多かった。

他の人より遅く学校という集団に入り、他の人より早くその集団から抜けてしまったせいで、同じ年頃の子とのコミュニケーションが上手く取れずにいた。

周りにいるのは年がかなり離れた大人ばかり。

それも、樹の事情を知っていて労ってくれる人達ばかりだったが、仕事となるとそうも行かない。それが、樹をさらに孤独にさせていた。

だが、ここでは年の近いテオと一番先に仲良くなり、そう離れていないジェフや使用人達とも仲良くなれた。それが嬉しかった。

「レイ、起きたかな?」

夜勤明けで、昼頃まで仮眠を取ると言って寝室へ行ったレイを思い浮かべ、樹がポツリと呟く。

「あぁ、もうこんな時間ですか」

テオがポケットから時計を取り出し時間を確認する。ジェフもその時計を覗き込み大変だと呟く。

「レイ様、きっとお腹を空かせて待ってらっしゃいます。何より樹様がいないと不機嫌になりますから、急いで帰りましょう」

そう言って樹を急かすと、樹は笑いながらそれは大変だと急足で帰路へ向かった。

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