第37話 慌ただしい日々
帰還してから色んな事が目まぐるしく行われた。
すぐに獣人国には樹の存在が噂となり、樹は邸宅から出れない日々が続いた。
その間に、人間国からの訪問日程が決まった事、レイが樹を番として迎え入れた事が国中に発表された。
そして、2人の婚礼は人間国との完全な和解と壁の撤去、それが済むまであげる事はなく、その間2人は中間街へ移り住む事も伝えられた。
レイは色々な引き継ぎの為に王宮へ籠る日々が続き、樹は邸宅でレイの代わりに引越しの段取りを行なっていた。
なかなか2人で過ごす時間がないまま、10日が過ぎた頃、邸宅に訪問者が現れた。
それは、レイの部下と名乗る数人だった。
「樹殿、お久しぶりです」
数人の来客の中でも一番大柄な男が深々と頭を下げる。その言葉に樹も頭を下げた後、顔を見つめあっと小さな声を上げる。
樹が地下牢にいた時、ぼやけた視界の中で何となく見えた大柄な熊の耳をした男だった。はっきりと顔を見たのは今回が初めてだったが、何を言っているか分からなかったその男の姿と声には覚えがあったのだ。
「その節は助けて頂いてありがとうございます。お礼が遅くなってすみませんでした」
樹は深々と頭を下げると、男は頭を上げる様に促す。
「すみません。レイは・・・レイ様は今、王宮に行っていて不在なのです。何か急用でしたか?」
樹は椅子に座る様に促しながら、言葉をかける。樹の促しに、大柄の男だけが椅子に腰を下ろし、その後ろに数人が立つ。
「団長が王宮にいるのは存じています。我々は、独断できました」
「そうでしたか・・・・では、僕にご用なんですね」
樹はテオにお茶を出すように伝えた後、何かを覚悟したように男に言葉を返した。
「単刀直入にいいます。樹殿、1人で中間街へ移り住む事を考えていただけないでしょうか?」
「・・・・・」
「失礼なのは存じています。樹殿は王様方も見染めた方、何より団長が番いたいと望んだ方だとわかっているのですが、団長がこの国を離れるのは我々は納得できないのです。特に王族でもある団長が、中間街で身分も下の隊員隊長として派遣される事に納得がいかないのです。
団長はこの国にいなくてはいけない存在です。これから人間国との介入が入ってくる以上、尚更ここに残って国の安全の為、両国の安全の為、我々の指揮をとって頂きたいのです。私もですが、ここにいる者達も団長に憧れ騎士になった者達です。我々にはまだ団長が必要なんです」
真っ直ぐに樹を捉え、そう話す男に樹も姿勢を崩す事なく見つめる。
「話はわかりました」
「ではっ」
男は期待に満ちた顔で言葉を漏らすが、樹はそれを遮りすみませんと頭を下げる。
それからゆっくりと頭を上げると、まっすぐに男達を見つめる。
「僕はレイ様と・・・レイと側を離れないと誓いました。なので、お話はお断りさせていただきます」
樹の言葉に男達は眉を顰めた。
「移り住む事は僕も凄く悩みました。最初は僕も反対だったんです。ですが、レイは僕と一緒にいる事を強く望んでくれました。その為に、多くの決断も準備もしてくれました。僕はそんなレイに応えてあげたいんです。
僕の世界では番とかの誓約はありません。正直、それが普通の結婚と何が違うのか、まだわからない部分があります。
でも、レイは僕の事を心から想ってくれてます。それと同じ様に僕もレイの事がとても大切です。だから、ごめんなさい。レイの側を離れたくはないです」
「そういう事だ」
樹の言葉に後にドアがガチャリと開き、レイが現れる。
レイは怒った表情で樹の側に歩み寄り腰を下ろす。
「お前達は勝手に何をやっているんだ?こんな事をしている暇があるのか?」
「レイ・・・どうして・・・」
「テオが使いを寄越したんだ。樹、すまなかった。私の部下が迷惑をかけた」
「そんな事ないよ。皆さんが、レイの事を思ってした事だから怒らないで」
樹の心配そうな顔にレイは優しく微笑み、わかったと伝える。
それから、男達に視線を向けると低い声で言葉をかける。
「お前達、これは私が望んだ事だ。樹がずっと反対していたのを私が説得したんだ。私は樹を番にすると決めている。それは揺るがない私の決意だ。その事で兄である王ともずっと話し合いをしてきた。
お前達には急な事で迷惑をかけてすまないと思っている。だが、私は私の後を立派に果たしてくれると信じているから、心置きなく出ていくのだ。いつまでも私は若くはないし、戦場などに出れば何が起こるかわからない。それもあって、今まで私はいつでもお前達が後を引き継いでいける様にと指導してきたつもりだ。
ここと違って中間街の隊は、小さい。だが、その者達も立派な国の騎士だ。
そして私はそこでやらねばならない事がある。
私は死に行くわけではない。いずれは戻ってくる。どのくらいかかるのかわからないが、私達の帰還の為にも、国の為にも私の兄弟達が力を尽くしてくれる。
そんな兄弟達をお前達に託したいのだ。私は私で愛する人を守りながら、国の為に中間街で力を尽くし、必ず戻ってくる。だから、それまで心から信頼しているお前達にこの国をお願いしたい。頼む」
レイは男達に頭を下げる。そんなレイの姿に男達は戸惑いながらも、互いの顔を見合わせ頷く。そして、大柄な男に小さく声をかけると男も頷く。
「団長、団長の気持ちはわかりました。団長が安心して中間街で働ける様、帰還されるまで私達でここを守ります。ですから、無事に必ず戻って来て下さい」
男の言葉にレイは力強く頷き、隣にいた樹は目を潤ませありがとうと頭を下げた。
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