第36話 番の誓い
中間街訪問の最終日、レイが暗くなる前にと樹を連れて、街の中央にある屋敷に来ていた。そこは、レイが移り住むと決めた日から、ずっと探していた邸宅だった。
獣人国にある邸宅に比べると半分もない屋敷ではあったが、中間街では一番大きな建物で、元々は共同で住んでいた屋敷を一棟買取り、内装を施していた。
三階建ての建物は、3階を使用人、2階は樹とレイの住居スペース、書斎と客間、一階をダイニングと応接間、そこにも予備の客間を仕立てる予定で造りを変えていた。
レイは外門扉を開けると、邸宅へと続く道の両サイドにあるまだ何も植えていない花壇を樹に見せる。
「ここには美代子殿が好きだった花を沢山植えたい。だから、後で花のリストを書いてくれるか?」
レイの言葉に樹は目をキラキラさせて喜ぶ。その笑顔にレイも微笑み返す。
中に入り一階から順に案内していく。
まだ家具が揃っていない屋敷はだいぶ殺風景だったが、2人で楽しそうにどこに何を配置するかなどを話しながら、邸宅内での暮らしを想像する。日も傾き始めたのを見てレイがそろそろ帰ろうと促す。
そして、玄関を出た時、レイが樹の手を取り、片膝を着く。
「どの位かかるのかわからないが、私達はここからまた新しい生活を始める。樹、不安な事もあるだろうが、私に全てを預けてついてきて欲しい」
レイはそういうと、胸ポケットに挿してあった小さなブーケを、樹に手向ける。
「樹の・・・人間のプロポーズがどんな物か知らない。だから、獣人国でのやり方にした。樹、私と番になって欲しい。私は樹の全てを心から愛しいと思っている。樹がまだ心を決めていないのは知っているが、ここに移り住む前に私の気持ちをきちんと伝えたかった。樹を心から愛し、生涯をかけて樹を、樹との幸せを守り抜くと誓う。いつでも私の心は樹の側にある。この思いを受け取って欲しい。樹、愛している」
切実な眼差しで、一瞬も目を逸らさずに樹を見つめる。
「レイ・・・本当に僕なんかでいいの?」
「樹がいい。樹でないとダメだ。樹だけが欲しい」
渇望にも似た眼差しで言い放つレイに、樹は一瞬戸惑いはしたが、レイに優しく微笑み返す。そして、レイが手向けたブーケを取った。
「レイ、僕もレイが好きだ。レイが僕を想う気持ちには程遠いかもしれないけど、それでも今はレイの側にいたいと強く願っている。こんな気持ちでも答えになってるかな?」
「あぁ。十分だ。私の側にいたいと願ってくれるだけで、私は幸せだ」
レイはそう言うとゆっくり立ち上がり、樹を抱きしめる。
「樹、好きだ。愛している。心の底から樹だけを愛している」
「僕も大好きだよ。ずっと側にいてね」
その言葉にレイは満面の笑みで樹を抱え上げ、樹の目を真っ直ぐに見上げる。
「約束だ。私はずっと側にいる。樹、ありがとう。愛している」
樹はそっとレイの頬に触れ、触れるだけのキスをすると、樹もまたレイへと満面の笑みを浮かべた。
帰宅しながら微笑ましい程、仲睦まじく歩く2人の姿を多くの人が目撃した事で、さほど多くはない中間街での人々の間でたちまち噂になる事なる。
その噂は一夜を待たず、宿泊所や街外れのジュリアンナの耳まで届いた。
ジュリアンナは自分の事の様に喜び、宿泊所では人間国の使徒団や美緒に祝福の言葉を向けられた。
そして、翌朝、美緒との別れを悲しみ、また涙する樹の姿があった。
美緒もつられてか涙を流しながら、必ずまた会いましょうと告げた。
馬車に乗り込んだ後、樹はレイに寄り添い涙を流し、レイもまた樹を抱きしめ、樹の心に寄り添うように慈しんだ。
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