第35話 美緒の想い
「レイ様、樹様はいつからこんな状態に?」
治療の間は口を開かないようにと言われていた樹だが、その問いに自分で答えようと口を開くが、美緒がしゃべってはダメだと制する。
「樹様と色々話をさせて頂いて、何となくわかったのです。樹様とレイ様は昔からのお知り合いですよね?短期間でこんなに互いを信頼し合えるとは思えませんもの。だから、レイ様にお聞きしたんです」
その言葉にレイと樹は口を閉ざす。
「ふふっ、わかりました。では、質問を元に戻しましょう。樹様はいつから目が不自由なんですか?」
「幼少の頃です。ひどい栄養失調で視力の大半を失いました」
レイがポツリと話すと、美緒はその言葉を聞いてそうですかと呟く。
「樹様は大変辛い過去をお持ちなんですね」
「どうしてそう思う?」
「小さな子供がそうなるって事は、それしか原因がありませんですわ。それに、私も経験があるのです。私は10歳まで親に虐待をされていました。その時にまともにご飯を食べれない時があって、施設に入るまで栄養失調だったのです。
幸い私は回復するのに時間は要しましたが、特に後遺症もなく元気に過ごす事ができました。ですが、その時受けた体の傷も心の傷もそのまま残っております」
「そうでしたか・・・」
「私はいい施設に恵まれました。施設によっては酷い環境の所があると聞きましたが、そんな事は一切なく温かな環境で生きてこれました。18になり施設を出てからは生きて行く為にひたすら働きました。ですが、どんなに頑張っても上手くいかない事が多くて、1人になって初めて私は孤独なんだと思い知りました。
孤独にさせた親を恨み、道を逸れて荒れてた時に彼と出会ったんです。彼は警官でした。彼は17で両親を事故で亡くしましたが、孤独に負けず真っ直ぐに生きている人で私には暗闇の中で一筋に光る光の様な存在でした。
彼は荒れていた私を決して見捨てず、ずっと側で励ましてくれました。そんな彼といつしか恋仲になり結婚の約束をしてたんです」
美緒の寂しそうな声に、樹はグスグスと鼻を鳴らし泣き始めた。そんな樹に美緒は優しく声をかける。
「樹様は本当に優しくていい子なんですね。私の為に泣いてくれるなんて・・・ですが、今は治療中です。涙を止めてください」
美緒にそう言われ、樹は小さく頷きながら一生懸命鼻を啜る。そんな樹の姿に、美緒とレイは小さく笑った。
「樹様、今日は目の様子を見ながら治療しましたが、根深い物なので何度か治療を重ねないといけません。それに、もっと早く治療ができていれば良かったのですが、あの状態で年月が経っていますので、完全に治るかどうかまでははっきりと申し上げられません。ただ、少なくてもメガネをかけた状態でなら、暗闇を歩く事までは回復すると思います」
「ありがとうございます。それだけ回復できるなら、それで十分です。ずっとテオやレイに負担をかけていたので、心苦しく思っていたのです」
樹の言葉にレイとテオが眉を顰める。それを見た美緒がふふッと笑う。
「お二人はそんな事、気にしていないように見えますよ。逆に夜、お世話できなくなって寂しく思うかもしれませんね」
「そんな事・・・」
樹が口をつぐませたのを見て、美緒が言葉をかける。
「樹様、私も1人の時はわからなかったのですが、彼と知り合ってから自分も誰かに愛されて、幸せになれるのだと知りました。樹様は1人ではありません。こうして愛してくれる人がいます。いろんな形の愛がありますが、どれも樹様にとって意味があるもので、それは樹様を幸せに導くものです。だから、それをしっかり感じて手放してはいけませんよ」
「わかりました・・・」
樹の返事にニコリと微笑むと、席を立ちレイに挨拶をする。レイが握手を求めると美緒はそれに応じる。そして、その時レイは美緒に耳打ちをする。
「私達は美緒殿の力になれます。ですが、先に案件の可決をしなければ解決へと辿りつきません。ですから、もうしばらく我慢していただけますか?」
レイの言葉に目を見開き樹を見ると、樹は力強く頷いた。美緒は目を潤ませ、よろしくお願いしますと頭を下げた。
それから、使用人達を連れて部屋を出ていく。その後ろ姿を見ながら樹がレイに手を伸ばす。レイはその手を取り樹を抱きしめた。
「レイ、ありがとう。僕、美緒さんを彼に会わせてあげたい。だから、僕からもよろしくお願いします」
「あぁ。樹に力を尽くす事を誓おう。樹と彼女、そして待っているであろう彼の為にも・・・」
「うん。きっと彼は帰りを待ってる・・・」
樹はそう言うと、レイにしがみ付き、鼻をスンと鳴らした。
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